この世に生を受けて最初に覚えているのは何歳の頃のどんな思い出だろうか。驚くべきことにこの最初の記憶の40%は“ニセの思い出”であることが最近の研究で報告されている。
■人生最初の記憶の40%は“ニセの思い出”
幼児にいわゆる“物心”がつくのは3歳から3歳半の頃といわれていて、最初の記憶もこの時期に得られると考えられている。これより以前の幼児は幼児期健忘症(childhood amnesia)の状態にあって、自分の体験をほとんど記憶していないとも説明されている。
英・ロンドン大学、ブラッドフォード大学、ノッティンガム・トレント大学の合同研究チームが2018年7月に心理学系学術ジャーナル「Psychological Science」で発表した研究では、6641人もの人々を対象に“最初の記憶”を調査・研究している。
収集したデータを分析した結果、意外なことに約39%の人々が最初の記憶は2歳以下の頃で、さらに約7.5%の人々が最初の記憶が1歳以下であると回答している。そしてこのように明らかに幼すぎる最初の記憶の年齢を報告しているのは、大半が中高年以降の人々であった。
研究チームはこれら最初の記憶が2歳以下の人々の思い出の内容を詳しく分析した。そしてこれらの人々が話す最初の記憶は、出来事ではなくビジュアル的なイメージや感情である心的表象(mental representation)に基づくものであることを突き止めた。
「参加者の説明を分析したところ、これらの“最初の記憶”の多くは幼児期に関連することが多く、典型的な例はベビーカーを中心とした記憶であることがわかりました。このタイプの記憶は例えば『あなたの母親は大きな緑色のベビーカーを使っていました』というような周囲の人物の発言を後から聞かされたことによって生じた可能性があります。時間が経つにつれて、これらの断片的な情報が記憶になり、しばしば別の情報や知識が追加されていきます」と研究チームのマーチン・コンウェイ氏は語る。
人生で“最初の記憶”が2歳以下であることはあまり考えられないことから、研究チームはそうした“最初の記憶”は後から知った事実や聞かされた思い出話、あるいは似通っているもののまったく別の情報(テレビや映画、写真など)が組み合わさり、架空の“ニセの思い出”になっていると結論づけている。そして高齢になればなるほど、この“創作”された思い出が強化されてくるのである。4割近い人々の人生の最初の記憶は本人にも自覚できない“捏造”されたものであるとすれば驚く限りだ。
■高齢者は“ニセの記憶”を作り出しやすい?
加齢によって昔の記憶が“捏造”されてくるとすればいろんな問題をはらんでくるのかもしれないが、この原因の一端には齢を重ねる毎に体験の概要だけを把握するようになるからであることが、最近の研究で報告されている。要点や概要に主眼を置き、細部の詳細を省く傾向は“ニセの記憶”を作り出しやすいということだ。
米・ペンシルベニア州立大学の研究チームが2018年2月に老年学系学術ジャーナル「Journals of Gerontology」で発表した研究では、加齢によって体験を意味記憶(schematic memory)で覚える傾向が強まり、これによってニセの記憶(false memory)が作られやすくなることを指摘している。
記憶は大別するとエピソード記憶と意味記憶に分かれる。エピソード記憶とは体験を通じて自然に覚えることで、例えば海外旅行に行った時の思い出など、印象深い体験の細部をよく覚えている傾向がある。
一方で意味記憶は、記憶する必要を感じて覚えた記憶で、それが体験であった場合は要点や概要だけを覚えるケースが多くなる。例えば毎日同じ環境で仕事をしていると日々の細部の記憶は薄れてくるが、過去の特定の日に何があったか、誰と会ったかなど、それば重要なものであった場合は覚えているだろう。
意味記憶は物事や体験の“ポイント”を素早く把握するには都合が良いともいえるが、研究チームによれば意味記憶を後から思い出す場合にはニセの記憶が生み出されやすいことを指摘している。
平均年齢75歳の高齢者20人が参加した実験では、たとえば農場などのありふれた風景写真を26枚、それぞれ10秒間見て記憶してもらった。その後、物体が単品で写っている写真を見せられ、この物体が風景写真の中にあったかどうかを判別してもらった。回答データを分析した結果、高齢者はニセの記憶が生まれやすくなっていることが浮き彫りになったのだ。
また脳活動からもこの現象を説明できるということだ。記憶を呼び覚まそうする場合、一般的には海馬の前方が活発になるのだが、高齢者が記憶を思い出そうとする場合は海馬の後方部分が活発になるという。加齢によって活動部分が海馬の前方から後方へとシフトしていくのだが、この変化がニセの記憶の生成に関係していると考えられるということである。
加齢によってどうしてこのような現象が起るのかはまだよくわかっていないのだが、もしこのメカニズムが解明できれば“記憶力のアンチエイジング”も可能になるのかもしれない。
■昼寝でニセの記憶が生まれる?
高齢者ばかりがニセの記憶の“創作者”ではない。そもそも記憶は考えている以上にあやふやなもので、裁判での証言がよく食い違うことなどからもわかる。
英・ランカスター大学の研究チームが2017年12月に「Neuropsychologia」で発表した研究では、ニセの記憶と睡眠の関係を探っている。
研究チームは睡眠の初期段階にあらわれる睡眠紡錘波(sleep spindle)を“容疑者”と考えて実験を行なった。睡眠紡錘波は入眠状態から睡眠に入ったレベル2の睡眠であらわれる脳波で、それまでの脳活動が一気に低下し、心拍数がスローダウンし眼球の動きが止まる。いわば現実と夢の世界の境目にあるレベル2で睡眠紡錘波が出ている時に、夢と現実がゴッチャになってニセの記憶が作り出されるのではないと研究チームは考えたのだ。
32人の大学生が参加した実験で参加者はひとつのテーマに関連した一連の単語を見せられて記憶してもらった。
その後、参加者はランダムに2グループに分けられ90分間を過ごしたのだが、Aグループは自然が題材のドキュメンタリーを観賞し、Bグループは真っ暗で静かな部屋でベッドに横たわって昼寝をした。昼寝をした大学生の脳は機器でモニターされており、ただ横になっていたのではなく、いったんは完全に眠っていることが確かめられた。
この後、一連の単語を思い出してもらうテストを行なったのだが、そのテスト方法は見せられた単語があったかなかったかを回答するという形式だ。そして研究チームは見せる単語の中にテーマ的には関係があるが一連の単語にはなかった“おとり”の単語も用意した。
実験の結果、昼寝をしたBグループのほうがはるかに高い確率で“おとり”問題にひっかかることが判明したのだ。これは昼寝によってニセの記憶が生み出されたためであると考えられるのである。
睡眠中には短期記憶をふるいにかけて長期記憶へと保存する作業が脳の中で行なわれているのだが、この作業が短い昼寝で不十分なまま終わってしまうとニセの記憶が作られやすくなるのかもしれない。またニセの記憶の生成には右脳が深く関わっているということだ。
昼寝は疲労回復とリフレッシュに優れた効果があるが一瞬でも眠ってしまった場合、目覚めてすぐの作業では各種の確認を慎重に行なってみるべきかもしれない。
参考:「Nottingham Trent University」、「The Pennsylvania State University」、「ScienceDirect」ほか
文=仲田しんじ
コメント