ひいきのチームや選手が試合に勝ったり、宝くじやギャンブルで大当たりした時などは嬉しさもひとしおだろう。望外の喜びに有頂天になるのは無理からぬところだが、最近の研究では嬉しさを鎮める力もまた重要な能力であるという。
■嬉しい時でもあまり喜び過ぎてはいけなかった?
嬉しい出来事はいつまでも余韻に耽りたくもなるだろうが、いつまでも喜んでばかりはいられないようだ。喜びの感情を抑えることができないと、その後の行動がリスキーになってしまうというのだ。
メンタルヘルスの健康のためには怒りや悲しみといったネガティブな感情をできる限り抑制し、小さな喜びであっても幸せを噛みしめられるようになることが重要だといわれている。ということは、喜びを抑え込む能力は特に必要とはされてないのだろうか。
カナダ・トロント大学の研究チームが2019年7月に「Journal of Personality Assessment」で発表した研究では、人々の感情制御能力を探る分析を行っている。
720人の参加者には、自分が感情をどのくらいコントロールできているのかという「感情制御の自己効力感(Regulatory Emotional Self-Efficacy、RESE)」を計測するテストが課された。感情制御能力には、ネガティブな感情を鎮める能力、ポジティブな感情を増幅できる能力に加え、新たにポジティブな感情を鎮める能力についても計測された。
収集したデータを分析したところ、研究チームはポジティブな感情を鎮める能力が高い者には、愛着不安(attachment anxiety)のレベルが低く、回復力が強く、入院した時の入院日数が少ない傾向があることがわかった。
そしてこのポジティブな感情を鎮める能力は、ネガティブな感情を鎮める能力と、ポジティブな感情を増幅させる能力とは別の能力であることも突き止められた。ポジティブな感情を鎮める能力が低い者はリスキーな行動に及びやすくなると仮定できるということだ。
たとえばギャンブルで当てた時、嬉しい感情を鎮めることができないと、さらにギャンブルに深入りして結果的に良くない事態を招くのかもしれない。舞い込んだ幸運には格別な気分にさせられるが、いつまでも喜んではいられないということだろうか。
■ネガティブな感情を断ち切る“ユーモアの力”
ポジティブな喜びの感情であってもしかるべき時には鎮めることの重要性が指摘されているのだが、もちろんうつ気分にも対処が必要だ。
うつ気分を効果的に和らげる手軽な方法はないものだろうか。最近の研究ではその鍵を握っているのが“ユーモア”であるという。
ポーランド・SWPS大学の研究チームが2019年1月に「Brain and Behavior」で発表した研究では、“ユーモア”がうつを防止するためのきわめて強力なツールになることを報告している。
55人が参加した課題では、戦争、暴力、病人などに関連するネガティブな反応を引き起こす一連の画像が見せられ、それぞれについてどれほどの程度ネガティブな気持ちにさせられたかを自己採点した。
続く課題で参加者は引き続きネガティブな画像を見せられたのだが、この時には次の3つの方法のいずれかで返答することを求められた。1つは画像で表現されているものをニュートラルに叙述することで、2つめはポジティブな方法でそれを再評価すること、そして3つめはその画像につにいて何らかのユーモラスなジョークを言うというものである。
回答データを分析したところ、ある意味では当然のことながら、ポジティブな再評価とユーモアに取り組んだ者はその画像から受けるネガティブな感情が薄まったと報告している。
研究チームはネガティブな画像をユーモアに変える作業において、対象からの心理的な“距離”が離れてくるのだと説明している。うつ傾向の人の特徴として、ネガティブなシーンや出来事に“浸って”しまい、“負のスパイラル”でさらにネガティブになってしまうことが挙げられる。
しかしこのジョークやユーモアを作り出す取り組みで、ネガティブなシーンや出来事から距離を置いてより客観的に眺めることができるようになるということだ。ネガティブな物事に“浸る”ことがなくなり、負のスパイラルの連鎖を断ち切ることができるのだ。“ユーモアの力”の威力を思い知らされる話題である。
■ネガティブな気分は免疫機能を低下させる
ネガティブな気分でいると何が良くないのか。例えばこれまでの研究で慢性的なストレスは記憶力の低下につながり、ネガティブ思考が循環器系疾患リスクを高めることが報告されている。そして最近の研究では、ネガティブな気分は免疫系の機能低下に繋がることが示されている。
米・ペンシルベニア州立大学の研究チームが2018年9月に「Brain, Behavior, and Immunity」で発表した研究では、実験を通じてネガティブな気分は、免疫機能の働きを変え、炎症を悪化させるリスクを高めると結論づけている。
220人が参加した調査では、過去1ヵ月間の気分を思い出すアンケートに回答するとともに、その後14日間に1日5回のポジティブな感情とネガティブな感情を報告するよう求められた。その間に血液サンプルも採取され、体内の炎症レベルが測定された。
収集したデータを分析したところ、1日の間にネガティブな気分が多い者ほど、炎症性バイオマーカーのレベルが高いことが判明した。つまり炎症のリスクが高まっているのだ。
さらに研究チームはポジティブな気分でいることが多い男性参加者は炎症レベルが低い傾向にあることも突き止めた。ポジティブな気分でいると免疫力が高まっているのである。
慢性的な炎症は、心血管疾患、糖尿病、一部のがんを含むさまざまな病気や健康状態の要因として特定されており、以前の研究では、より高い炎症レベルがうつ病に関連していることも示唆されている。したがってネガティブな気分は免疫機能を低下させ、当人の健康全般に悪影響を及ぼすものになり得る。気分が落ち込んだ時には適切に気分転換やストレス解消を行いたいものだ。
参考:「Taylor & Francis Online」、「NLM」、「ScienceDirect」ほか
文=仲田しんじ
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