嫌味でありながらも知性を刺激する皮肉と毒舌を科学する

サイコロジー

 ユーモラスな人物は往々にして人々から好感をもたれるが、毒舌家や皮肉屋は間違っても好印象を与えないだろう。しかし興味深いことに昨今、嫌味な皮肉屋がどういうわけか一部で注目を集めているようだ。

■皮肉屋は知的に優れている

 毒舌や皮肉をことあるごとに口にする人は、実は知的で高いクリエイティビティを宿した人物であることが2015年にハーバード大学の研究で指摘されて世の注目を集めた。皮肉屋がどうして知的に優れているのか、ライターで写真家のマルジリン・マッサー氏が解説している。

1.皮肉屋は“正体”を見抜く
 イスラエル・ハイファ大学の精神科医であるシェイマン・ツーリ医師によれば、人物の精神状態を正確に把握する能力と皮肉癖には関係があるという。つまり皮肉屋は目の前の人物の“正体”を正確に見抜いているのだ。

2.皮肉屋は頭脳明晰
 皮肉や毒舌はその内容の意味がすぐにはわからなかったりするものだ。そうした内容の言辞をすぐに組み立てて表現できるということはそれだけ頭脳が明晰で回転が早いということになる。

3.皮肉屋は問題解決能力に優れる
 皮肉は一種のクリエイティブシンキングだととらえれば、皮肉屋は問題解決能力に優れているはずである。

4.皮肉屋は今日の社会で必要とされるソーシャルスキルを備えている
 マカレスター大学の言語学者であるジョン・ハイマン氏によれば、皮肉や毒舌は今日の社会で必要とされている重要なスキルであるという。それは話を前へ前へと進めていく話法スキルで、あまり嫌味を含めないとすればきわめて今日の社会で重宝する技術なのだ。

5.皮肉屋はメンタルに優れているばかりでなく面の皮も厚い
 皮肉屋は人物や物事を理解することに長けているが、一方で真に受けることがない。よく理解するものの対象から距離をとっているので感情的になることなく大胆な言動に及ぶことができるのだ。

6.皮肉屋の脳は健康である
 カリフォルニア大学サンフランシスコ校のかつての研究によれば、前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia)の患者は皮肉を思いついたり理解することができないことが報告されている。逆に言えば皮肉を口にして、相手の皮肉を理解できることはそれだけ脳が健康であることの証である。

7.皮肉屋は友人を得やすく周囲の人間も知的にする
 嫌味を言う皮肉屋には実は友人が多いというのも“皮肉な話”である。そのひとつの理由として友人たちは彼の皮肉から知的な刺激を受けられるメリット感じているからであるという。皮肉屋はある意味では有難がられる存在なのだ。

8.皮肉屋は後に効く傷を残す
 皮肉屋は“感情戦争”のエキスパートである。こうした皮肉屋と言い争ったことのある人は長く、場合によっては永遠に残る心の傷を負う。

9.皮肉屋はすぐには気づかれずに侮辱することができる
 皮肉屋は後からよく考えると侮辱だったことがわかる皮肉をいとも簡単に言葉にすることができる。

10.皮肉屋は真の友人を得る
 皮肉や毒舌にあきれることなく交遊を続ける友人たちは彼を愛している。皮肉屋は友人たちに愛されており、彼もまたそれをよく理解している。

 皮肉屋や毒舌家は実はけっこう愛されている存在であることが指摘されているようだ。あなたの周囲にこうした人物はいるだろうか。

■クリエイティブな“皮肉屋メソッド”だが学校教育には相応しくない

 皮肉や毒舌が一部の人々に対してはポジティブな影響を及ぼしていることがわかったのだが、この効能を教育にも活用できるのではないかという気運が盛り上がり、実際に検討された経緯もある。最近の研究では、皮肉を交えて解説する“皮肉屋メソッド”は発信者が信頼に足る人物である限りにおいて、生徒たちのクリエイティブシンキングを向上させることが報告されている。また図らずとも教員の一部の中には“皮肉屋タイプ”の先生も少なくなさそうだ。

 しかしながらマンチェスター・メトロポリタン大学の教育学者であるリチャード・ダンク氏によれば、学校教育においてやはり“皮肉屋メソッド”を用いるべきではないと主張している。その最大の理由は、若年層には皮肉は理解し難いという点だ。また“皮肉屋メソッド”の有効性が確かめられている研究はまだ数少なく、正規の教育現場に導入するのはリスクが大きいということだ。

“皮肉屋メソッド”によってクリエイティビティが高められたのは18歳から69歳の大人の受講生であり、皮肉が理解できる人々である。そして子どもの場合は話の内容よりも声のトーンや話し方のほうにより強く影響されるため、“皮肉屋メソッド”は通じ難いという。話の面白さよりも、子ども相手には変な顔や変な声のほうがよりインパクトを与えることは想像に難くない。

 また生徒との信頼関係を築いていない新学期の担任や新任教師にには皮肉や風刺が望み通りには受け取られず、誤解される可能性も高くなる。皮肉が誤解されてしまえば陰口や差別発言だと受け取られかねず、教師にとってリスクが高まるだろう。

 学校の教室、研究室、ワークショップなどは包括的な場所で、さまざまな背景とニーズを持つ学習者が同じ空間で課題に取り組んでいるので、“皮肉屋メソッド”を適用するのはやはり疑問は拭い去れない。また母国語が異なる受講生や、学習障害を伴う受講生が含まれている場合もまた“皮肉屋メソッド”は不適切なものになる。さらにADHDの子どもは、逆説的な皮肉を理解する能力に欠けていることが報告されている。クリエイティビティを刺激する“皮肉屋メソッド”だが、公の場所ではそれなりのリスクを伴うものであることを今一度確認したい。

■AIが皮肉を学習して8割の精度で検出可能に

 ある意味ではきわめて人間的である皮肉や毒舌だけに、ロボットが理解したり表現するのは難しいといわれている。しかし現在、AI(人工知能)が皮肉をディープラーニングによって学習中であるというから興味深い。

 インド工科大学パトナー校の学長でコンピュータ科学者であるパッシュパック・バタチャリーヤ教授は、AIによってネット上の皮肉でカモフラージュされた悪意あるコメントを検出する研究を行っている。

 なぜネット上の“皮肉”を発見しなければならないのか? それはやはり今日、SNSをはじめとするネットの発信力がますます高まっているからにほかならない。自分についての評判を気にする国家元首、政治家、セレブ、企業などはツイッターなどのSNSで交わされている自分たち評判を常にチェックしている。

 しかし当然ながら皮肉コメントを特定するには、AIに皮肉とは何なのかを明確に示さなければならない。これまでにもAIが文章から感情を汲み取る「感情分析」の試みは行なわれているが、言葉が文字通りの意味では使われていない“皮肉”を理解するには、従来の感情分析では歯が立たないものである。

 各種の分析を通じてバタチャリーヤ教授は皮肉の本質が不釣り合い(incongruity)にあると結論付けたのだ。例えば「私は無視されていることを愛している(I love being ignored)」という皮肉では、私は愛す(I love)というポジティブな表現と、無視される(be ignored)というネガティブな状態が不釣合いに組み合わされている。この不自然さ、不調和さが皮肉のエッセンスであると定義したのだ。

 そしてAIにネット上の大量のコメントから映画評論、1990年代の人気ドラマ『フレンズ』のセリフなどの大量のテキストデータを学習させてこれまでの感情分析よりもはるかに正確に皮肉を特定できるまでにAIを“成長”させることに成功した。数字を含むフレーズについては80%のという今までの3倍以上の精度で皮肉を検出できたということだ。

 この成果をもとに開発チームが結成されて“皮肉検索”エンジンである「Sarcasm Suite」や、皮肉を生成させるアルゴリズム「SarcasmBot」を開発。試しにこのSarcasmBotに「グレッグのことはどう思う?」と質問してみたとろころ、

「そうだね、グレッグのことは好きだよ。無責任な人は無条件に好きなんだ」

 という“皮肉”をさっそく披瀝している。今後はAIと皮肉まじりの会話が可能になるとすれば興味深くはあるのだが……。

参考:「Lifehack」、「The Conversation」、「NVIDIA」ほか

文=仲田しんじ

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