仕事で同じミスを繰り返したり、どういうわけか同じ場所で何度も忘れ物をすると訴える人は少なくない。同じ過ちを繰り返すまいと反省しても、どうしてまた同様の失敗をしてしまうのか、そのメカニズムに迫る研究が発表されている。
■失敗はあまり反省しないほうが良い?
ニューヨーク大学の研究チームが2016年1月に発表した研究では、同じミスを繰り返してしまう認知のメカニズムを説明している。なんとミスをして“深く反省”しても、往々にして再び同じ過ちを犯すというから驚きだ。
普通に考えて、ミスを犯した後にじっくり反省し、どこがいけなかったのかについての“失敗の研究”をすることで、再び同じ過ちを犯す“再犯率”がグッと下がると期待するのは尤もなことだろう。しかしこの“深い反省”は次に失敗をしないための有効な手段ではないという。いったいどういうことなのか。
これまでも人間の脳は、ミスを犯した後に判断のスピードが遅くなることは知られていたのだが、それが脳神経学的にどのような意味を持っているのかは分かっていなかった。しかし今回の研究で、ミスを犯した後の脳は、より多くの判断材料を集めようとするために、判断のスピードが遅くなることが指摘されることになったのだ。
時間をかけてじっくり考えた末の判断は妥当なものである期待が高くなるのだが、判断材料を多く集めたぶんだけ、それぞれの情報のクオリティが相対的に低くなり、誤った判断に導かれやすくなるという。つまりせっかく“深く反省”したのに、あまり考える必要のないことまでいろいろ詮索するようになることで、その効果が相殺されてしまうのである。そうだとすれば、犯してしまったミスをあまりくよくよと思い悩むのは時間のムダということにもなりかねない。
人間の実験参加者とサルを対象にして実験が行なわれ、PCディスプレイ上でさまざまな動きを見せる“点”が最終的にどこへ向かうのかを続けざまに判断してもらうテストを行なった。一定の方向に一定の速度で動く点の行き先は予想しやすいが、変則的な動きを見せる点は当然ながら予測は難しくなる。
人もサルも、予測を間違えた後の課題では、判断に要する時間が延びた。つまり、判断を下すまでにいろいろな判断材料を集めて検討するようになるのだ。しかしながら、時間をかけた判断でも、即断した場合でも、正答率はほとんど変らなかった。ということは、時間をかけた判断というのは、結果的には余計なことをたくさん考えているということにもなる。極論すれば、ミスを犯した後はあまり反省しなくてもよいということだ。
まさに“下手な考え休むに似たり”ということわざの正しさを証明するものにもなりそうな研究結果である。語学のリスニング試験などで分からない問題が出てくると、メンタル面のダメージが後を引いてその次の問題に無心で取り組めなくなる経験をしたことはないだろうか。そういったこともこの認知のメカニズムで説明できるのかもしれない。
■順序立てて考えるよりも直感のほうが正しい?
決して冗談ではなく“下手な考え休むに似たり”を裏付ける研究が報告されている。直感による判断は、分析的思考による判断よりも“正答率”が高いというのだ。
英語の「aha moment」は、「突然のひらめき」や直訳風に「アハ体験」などと呼ばれているが、つまりそれまでモヤモヤしていたことの全体像が見えてきてスッと腑に落ちる瞬間のことだ。そして時間制限のある問題については、このひらめきや直感で下した判断のほうが概して“正答率”が高いことが報告されている。
米ペンシルベニア州フィラデルフィアにあるドレクセル大学の研究チームが行なった実験では、それぞれの実験参加者にアルファベットで単語を完成させるパズルと、絵を完成させるパズルを50題から180題、時間制限15秒(問題によっては16秒)以内で次々と解いてもらった。問題はいずれも簡単でシンプルなものだ。そして一連の解答を終えた後、今解き終えたそれぞれのパズル問題について、考えて解いたのか、直感で解いたのかを詳しく申告してもらったのだ。
するとどの問題においても、直感で解いた時のほうが正答率が高かったのだ。直感で解いた場合、単語パズル問題では94%、絵のパズル問題では78%の正答率を記録したのである。もちろん直感的判断が必ずしもいつも正しいわけではないが、確かに正答率は高いのだ。
直感で判断することの最大の利点は素早く判断できることであるが、確かに解答に要した時間が大きく正答率に影響していることもまた浮き彫りになった。制限時間の残り5秒以内(つまり所要時間10~15秒)に解答した場合、その72%が不正解であったということだ。そしてこのケースの場合は、そのほとんどは直感ではなく順序だって考えた結果である。
もし“ひらめき”が訪れれば判断は早いものになるのだが、ある程度複雑な問題やクリエイティブな作業においては、“ひらめき”を待つというケースも考えられる。したがって、実際のビジネスにおいてクリエイティブな企画や設計、コンテンツを求めて発注する場合は、あまりタイトなスケジュールを設定せず、納期もある程度流動的にすることが示唆されることになる。つまり“ひらめき”を待つ時間をあらかじめ組み込むということだ。
人工知能やロボットが社会に普及していくなかにあって、“理詰め”ではない発想やアイディアがますます重要になってくるということだろうか。
■空腹時の意思決定
空腹の時に思考がクリアになると主張する人がいる一方、「腹が減っては戦はできぬ」とばかりに、空腹時には細かいことが考えられなくなると訴える向きも少なくない。では何らかの判断を下す場合、科学的生理学的に空腹のほうが良いのか否か? これがどういうわけか、学説でも意見が真っ二つ分かれている。
2015年にスウェーデン・ヨーテボリ大学から発表された研究によれば、空腹時に胃から多く産生されるペプチドホルモンであるグレリンが、思考と行動の衝動性を高めていることが指摘されている。つまり空腹状態では短絡的な欲望が優先されやすくなり、慎重な意思決定にマイナスの影響を及ぼすことが示唆されることになったのだ。
研究チームはレバーを押すとエサがもらえることを学習したマウスにグレリンを投与して、いわば強制的に空腹を感じさせた状態で行動を観察し、行動の衝動性と判断の非合理性を評価した。すると空腹の状態ではすぐにエサを入手できる行動を選びがちになり、目先の欲求に支配されてしまうことがわかったという。
子どもの頃、1、2時間後に夕食だとわかっていてもお腹が減っているときにはついつい菓子類などを食べていた経験を多くが持っているのではないだろうか。つまり空腹だと、今現在の欲望を満たすことが一番にきてしまい、長期的な展望に立って落ち着いて考えることができなくなってしまうということだ。
しかしその一方で、2014年にオランダのユトレヒト大学の研究チームが発表した論文では、空腹状態で高まる衝動性は意思決定に有害ではなく、むしろ冷静な判断へと導くものになるという、前出の研究とは真逆の見解を示している。
研究チームは、実験参加者30人を2グループに分けた。Aグループは前夜から飲食しないまま朝食も摂らずに空腹状態である。一方Bグループは普段どおりの食生活を送り空腹ではない。そして2グループは「アイオワ・ギャンブリング課題」というカードを使ったギャンブルを行ったのだが、それぞれがゲームで下した判断を分析してみると空腹状態のAグループのほうが、長期的な観点に立って得をする手を選んでいる傾向が明らかになったのだ。つまり空腹状態にある者は将来のことを考えて冷静な判断を下しているということになる。
空腹でないということは、現在何も問題がないことになり、その判断に余裕が生まれリスクをとった“冒険”ができるともいえる。一方、空腹であれば冒険は避けてなるべく確実に利益を手にできる手段を慎重に選ぶことになるのではないかということだ。また適度な空腹状態では理論的思考よりも直感と感受性に頼りやすくなり、これがギャンブルのような不確実性の高い状況の中での判断に有効に働いているのではないかとも指摘されている。
矛盾する双方の研究を少し考察した感想としては、例えば転職やマイホーム購入などの人生を左右する意思決定はあまり空腹な状態で行なってはならないような感じがする一方、時間制限のある試験やギャンブルなどは多少空腹であったほうが感覚が鋭くなって有利に働くのではないかという気がしてくる。いずれにしても今後の研究がさらに深まることを期待したい。
参考:「New York University」、「Medical Daily」、「IBTimes」、「Canadian Business」ほか
文=仲田しんじ
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