口汚い皮肉屋がなぜ社会的成功を収めるのか?

サイエンス

 真面目で誠実な人物がリーダーに相応しいのは言うまでもないが、その一方であまりにも“堅物”であるのも面白味に欠ける側面もあるだろう。そして実際に真面目な人よりも“面白い人”のほうが人気が出るケースが多い。最近の研究ではある程度の“風刺家”や“皮肉屋”のほうが社会的に成功しているというから興味深い。

■風刺や皮肉で仕事が捗る?

 うまい風刺や皮肉は周囲を笑いに包んだり、ちょっとした鬱憤を晴らしてくれたりするものだが、職場においてはさらにポジティブな効能があるようだ。

 フランスのビジネススクール「INSEAD」と米・ハーバード大学とコロンビア大学の合同研究チームが2015年に発表した研究では、風刺や皮肉が本人と周囲に及ぼす影響を探る実験を行なっている。

 研究チームは4つの実験を通して、風刺や皮肉は当人にも周囲にも多少の物議をかもすが、総じてどちらにとってもクリエイティビティを向上させるものであることを報告している。特に口にしている人物が信頼の置ける人物であるほどに、当人にとっても周囲にとっても創造性が刺激されるということだ。風刺や皮肉は職場の雰囲気を盛り上げ、生産性を向上させる実に有効なツールであったのだ。

 風刺や皮肉を作ったり読み解くためには、表現者と受取人の両方が、皮肉な表現の文字通りの意味と実際の意味との間の矛盾を克服する必要があり、抽象化によって活性化する創造的思考を促進するプロセスであるとすと研究チームは説明する。

 また風刺や皮肉が耳に入る状況に置かれた人々は優れた創造性を発揮できると解説し、皮肉はチーム全体をより創造的なものにしてくれるので、こうした嫌味ではあるが面白い発言に時折耳を傾けることで仕事が捗るというのである。

 つい風刺や皮肉を口にしてしまいがちな人にとっては嬉しいニュースということになるのかもしれないが、確認しておきたいのは周囲との間に信頼関係が築かれていることが必要条件であることだ。転職したばかりの職場でいきなり皮肉めいた発言をしても印象が悪くなるだけで、また職場を変えざるを得なくなるかもしれない(!?)ので注意が必要だ。

■罵り言葉が信頼性と説得力を高める

 皮肉や口汚い罵り言葉、いわゆる“四文字言葉”をけっこう頻繁に口にする人物に対する評価は普通に考えれば低くなると思えるだろう。しかしながらサイエンスライターで人工知能研究者のエマ・バーン氏によれば、発言者の罵り言葉は時によって説得力を増すものであることを指摘している。

 バーン氏の近著『Swearing is Good for You: The Amazing Science of Bad Language』では、スピーチの中での罵り言葉が信頼性と説得力にどう影響するのかを探った実験が解説されている。

 ペンシルバニア州立大学とノーザンイリノイ大学の合同研究チームは88人の大学生にビデオを見せたのだが、その内容は登場人物が大学の学費を下げなければならないと主張するものであった。

 実はビデオは3種類用意されていて、1つは下品な言葉など一切無いスピーチで、もう1つは「くそっ!(damn)」という罵り言葉が中盤に登場するスピーチで、残る1つは最初から「くそっ!」と罵り言葉ではじまるスピーチであった。スピーチの内容自体はどのビデオもまったく同じである。

 ビデオを視聴した学生たちにスピーチをした人物を評価してもらったのだが、罵り言葉を口にした人物はそれが最初であれ中盤であれ、熱意のある人物であると評価された。加えてこの人物の信頼性は失われていなかったのである。さらに罵り言葉を口にしたスピーチを視聴した学生のほうがより多く学費の値下げに賛成したということだ。罵り言葉を口にした人物のほうが熱意に溢れ、説得力を持っていると評価されたのだ。

 公共の場で見知らぬ人々に囲まれているときなどは口汚い言葉は出てこないものだが、気心知れた仲間と一緒にいれば下品な言葉も出やすくなるだろう。したがって口汚い罵り言葉は一種の“親近感”を演出するものにもなる。

 そしてバーン氏によれば、意図的に罵り言葉や荒っぽい言葉を織り交ぜることで、印象的で信頼性のあるスピーチを組み立てることができるということだ。口汚い言葉の意外な効能が専門家からも指摘されているのは興味深い。

■罵り言葉は痛みを和らげる

 つま先を家具にぶつけたり、扉に頭をぶつけたりしたときなどストレートに口をついて出てくる「痛っ!」という言葉のほかにも、「くそっ!」、「ちくしょう!」などの罵り言葉が出てくることがあるかもしれない。そして実際に罵り言葉は肉体的な痛みを和らげる効果もあることがサイエンスの側から報告されている。

 英・キール大学の研究チームが2009年に学術ジャーナル「Neuroreport」で発表した研究では、痛みと罵り言葉の関係を探る実験が行なわれた。

 氷水の中に手を浸す行為は何かの罰ゲームのようにも思えてくるが、サイエンスの世界では寒冷昇圧テスト(cold pressor test)と呼ばれて苦痛に耐えるテストとして活用されている。

 実験参加者にこの寒冷昇圧テスト、つまり氷水の中に手を浸してできる限り長い時間耐えてもらう実験を行なったのだが、その際に机に置かれた紙に記された「ファ●ク」などの一連の罵り言葉を口にしながら行うパターンと、「光る」などのニュートラルな言葉を口にしながら行なう2パターンで挑んでもらった。

 実験の結果、罵り言葉を口にした時のほうが、ニュートラルな言葉を口にした時よりも平均で50%、長く手を浸していられることが判明した。罵り言葉で実際に痛みへの耐性が増すのである。

 罵り言葉を口にした時は心拍数が上がっていることもまた明らかになった。研究チームは罵り言葉を連続で口にすることで身体が「闘うか逃げるか反応(fight-or-flight response)」の状態になり、アドレナリンとコルチゾールが放出された結果、鎮痛効果を引き起こして痛みに対する耐性が上がると説明している。

 罵り言葉は自分を肉体的に強くし、恐怖感をも払拭できるというちょっとしたドーピングのような効果があることになる。もちろん品位に欠ける言動は慎みたいものだが、口汚い言葉が持つこうしたメカニズムを知っておいてもいいのかもしれない。

参考:「Harvard Business School」、「BoingBoing」、「Live Science」ほか

文=仲田しんじ

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