反対意見に触れるとますます“意固地”になる?

サイコロジー

 信念や信条にのみ従って生きることは不可能ではないかもしれない。しかし今日の高度情報化社会ではさまざまな意見や見解を柔軟に受け入れる態度も求められている。反対意見であっても無下に拒絶せずによく検討してみればより良い意思決定に繋がるかもしれないが、話はそう単純ではないことが最近の研究から報告されている。我々は反対意見を検討してみればみるほど、皮肉なことに寛容ではなくなっていくというのだ。

■反対意見を検討するほど持説に固執するようになる

 特にアメリカを筆頭に政治的分極化(political polarization)が進んでいると言われている。いわゆる“社会的分断”を招き、民主主義を揺るがすと言われるこの政治的分極化を食い止めるにはどうすればよいのか。

 持説に固執せずに柔軟でより開かれた政治的態度の鍵になるのが、相手の立場になって考えてみる「パースペクティブ・テイキング(perspective taking)」であるといわれている。相手の視点から物事を考えてみることで、我々は社会の分断を回避できるのだろうか。

 しかし最近の研究では、このパースペクティブ・テイキングに疑いの目が向けられている。我々は反対意見を検討したほうが、持説に固執するようになるというのだ。

 米・スタンフォード大学経営大学院の研究チームが2019年1月に「Psychological Science」で発表した研究では3つの実験を通じて、反対意見の検討がその後の政治的意思決定に及ぼす影響を探っている。

 実験の1つでは巨大掲示板「Reddit」で募った484人の参加者に対して、人物プロフィール情報の提出を求めると共に、導入について議論が行なわれている国民皆保険(universal health care)に対する評価(100点満点)を下してもらった。

 参加者の半分には、その後の議論で交流する可能性のある人物の人物データと共に反対意見(それぞれの参加者の意見に反する意見になるように操作されている)を知らせて次の課題までよく検討してみることを求められた。

 その後、すべての参加者で国民皆保険の導入に関する議論を行なったのだが、反対意見を検討したグループのほうが持説を変えず、許容性が低くなっている傾向が浮き彫りになったのだ。

 今回の研究は反対意見はその意見を持つ人物のことを知らないほうが、素直に検討できることもまた示唆している。確かにそれを主張する人間が嫌いなためにその意見を拒絶しているケースもあるのかもしれない。こうしたことに意識的になるのはなかなか難しいとも言えるが、なるべく人物と意見は切り離して考えるようにしたいものだ。

■反対意見に適度に触れると持説が強まる?

 政治的見解の内容が最も重要だが、それを主張している人物からも我々はきわめて大きな影響を受けていることが指摘されている。そして他にももうひとつ政治的見解に大きな影響力を行使しているものがあるという。SNSだ。

 米・デューク大学をはじめとする合同研究チームが2018年8月に「PNAS」で発表した研究では、ツイッターユーザーがSNSで自分の立場に反する政治的見解に日常的に接することで、個人の考えがどのような影響を受けるのかを実験を通じて探っている。

 実験ではツイッターを頻繁に利用している共和党支持者と民主党支持者の2つのグループを対象に、ロボットを使って反対する政治的見解を定期的にツイートさせて目に触れさせた。この状態を1ヵ月間続けた後、政治的見解についての調査を行なってみたところ、共和党支持者も民主党支持者も以前よりも党派性を強めていることが明らかになった。特に共和党支持者はより保守的な政治的見解になったということだ。

 反対意見が目に触れる機会が多ければ、それだけ考えが柔軟になりそうにも思えるのだが、今回の研究ではどうやら実際はその逆の効果を及ぼす可能性が示唆されることになった。

 SNSの問題点としてはこれまで、自分の価値観に則した情報や交流にしかアクセスしなくなり、ますます自分の信念や信条が強まるというエコーチェンバー現象(echo chamber)が挙げられているのだが、今回の研究結果に従えば持説に固執させる“犯人”はエコーチェンバー現象だけではないということにもなる。

 反対意見や嫌悪を感じる物事に適度に触れることで、まったく触れないでいるよりも自分の価値観や“偏見”が強まるということなのかもしれない。こうした心理的メカニズムがあり得る可能性を知っていて損はなさそうだ。

■自己肯定感が高められるとアドバイスを受け入れる?

 適度に反対意見に触れることで、ますます“意固地”になる可能性が指摘されているのだが、では逆に他者の意見に寛容になって受け入れる時、サイエンス的にどのようなことが起っているのだろうか。

 米・ペンシルベニア大学をはじめとする合同研究チームが2015年に学術ジャーナル「PNAS」で発表した研究では、他者のアドバイスを受け入れる時の脳活動をfMRIでモニターする実験を行なっている。

 これまでの研究で、他者の意見を聞いてそれが“我が身のこと”であると納得している時には脳の前頭前野腹内側部(Ventromedial Prefrontal Cortex、VMPFC)という部分の活動が活発になっていることが突き止められている。VMPFCは情報を自分の問題として認識する自己関連付け(self-reference)のプロセスを担う。つまりVMPFCの活動が活発である時には、他者の考えやアドバイスをより受け入れやすい状態にあると言える。ではどうすればこのVMPFCを活発にさせることができるのだろうか。

 その鍵を握るのは「自己肯定(self-affirmation)」であると考えた研究チームは、一部の実験参加者に自己肯定感を高める一連のエクササイズを行なってから、医師からの健康アドバイス(座りっぱなしの生活を改めよ、など)を聞いてもらい、その間の脳活動をモニターした。

 収集したデータを分析したところ、自己肯定感を高められた者はアドバイスを聞いている間にVMPFCの活動が活発になり、そして実際にその後に生活態度が改まっている傾向が見られたのだ。自分で自分の存在が肯定できている時には、他者の助言やアドバイスを素直に受け入れやすくなっていることになる。

 これを逆手に取れば、人を説得したい時にはまず相手を褒めるなどして自己肯定感を高めてからお願いごとをするといいのかもしれない。そしてこうしたテクニックを使って影響力を及ぼそうとする者たちがいないとも限らない(一部には確実に存在する)ことも心得ておくべきだろう。

参考:「APS」、「PNAS」、「PNAS」ほか

文=仲田しんじ

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