創造性は鍛えられる!? クリエイティビティを増進する散歩とシャワーの効能

サイエンス

 これからのビジネスパーソンにますます必要とされてくる能力、それは創造性だ。斬新なアイデアはいったいどこからやってくるのか? クリエイティビティは所詮、生まれ持った才能ということになるのだろうか? しかしそんな心配は無用のようだ。訓練や心がけ次第ですべての人が創造性溢れる人物に変わることができるという。

■斬新なアイデアを生み出す“シャワータイムの効能”

 とりあえず急な用事がなくなり、ホッと一息つきながらシャワーを浴びている時に意外なアイデアが浮かんだり、過去の何らかの経験が突如よみがえってきたことはないだろうか。このような“シャワータイムの効能”は決して偶然などではなく、科学的に説明できるものであるということだ。

 情報サイト「Buffer」の2013年の記事は“シャワータイムの効能”を賞賛し、そのメカニズムを科学的なアプローチで解説している。我々すべての人間はクリエイティブで、それどころか我々全員、きわめて創造性に溢れた存在なのであるという主張に基づいた興味深い記事だ。

 アメリカ国立聴覚・伝達障害研究所(NIDCD)の研究者などによって2012年に発表された研究は、アドリブで歌詞を次々と言い放つラッパーの脳をfMRI(磁気共鳴機能画像法)で計測して脳の働きを研究している。つまりクリエイティブな状態にあるときの脳を詳しく分析したのだ。

 実験によれば、即興の歌詞を口ずさんでいるときのラッパーの脳は、日常の生活で活発に働くDLPFC(背外側前頭前皮質、dorsolateral prefrontal cortex)の活動は鈍くなり、代わってMPFC(内側前頭前皮質、medial prefrontal cortex)の活動が活性化していたということだ。日常生活で活躍するDLPFCは人間行動の計画、記憶、組織化、規制などを司っているといわれ、一方のMPFCは出来事や事の経緯を感情的な反応に結びつける活動、つまり創造性に関係しているといわれている。

 ではこのMPFCを活発ならしめているものは何なのか? それは脳内の神経伝達物質であるドーパミンであるという。人がクリエイティブな状態にあるとき、脳のMPFCの部分に盛んにドーパミンが流れ込んでいるのだ。逆に言えば、ドーパミンが脳をクリエイティブな状態にしているのである。

 また一方で、日常生活の主役であるDLPFCの活動がほとんど休止していることもまた創造性の発揮に大きく関係しているという。DLPFCの働きが止まることで、しばし日常を離れて自由な発想が生まれやすい状態にセッティングされるのである。ちなみに睡眠時もこのDLPFCの活動はきわめて低下している。

 ラッパーが即興で歌う際には、いわば自発的に日常を忘れてMPFCの働きを活発にしていることになるのだが、何も歌手や芸術家でなくとも、この2つの条件が揃う状況がある。そのひとつが“シャワータイム”なのだ。いったん頭の中をからっぽにして温かいお湯を浴びることで、ドーパミンが分泌されDLPFCが活発になり、いいアイデアが生まれるチャンスが高まるのである。したがって記事では不意に浮かんだ斬新なアイデアをすぐに書きとめておけるように、シャワールームにもメモ帳と筆記具を備えておくことを推奨している。

 もちろんシャワーだけでなく、バスタブに浸かっても同様の効果が得られるだろう。生活の中で訪れるこうした“芸術家モード”のタイミングをうまく活用しない手はない。

■思い立ったら今すぐできる“創造性向上法”9

「創造性は筋肉のようなものだ。鍛えれば強くなる」と語るのは、ウェブ上の広告運用サービスを提供するIT企業「WordStream」のCEO、ラリー・キム氏だ。創造性は決して先天的な才能ではなく、鍛えれば誰でもクリエイティブな人物になれるのだ。“創造性は筋肉”という自説をこれまで何度が提唱してきた氏だが、一昨年にアメリカのビジネス情報誌「Inc.」のオンライン版で、10分間の間に創造性を向上させる9つの方法を紹介、解説している。

1.自由に落書きをしてみる
 会議中に話を聞きながらノートに落書きをしてみたり、考え事をしながらペンを持った手を自由に動かすことで、これまで思いつかなかった新たな考えが生まれてくるという。

 サニー・ブラウン著『The Doodle Revolution』によれば、この“落書き発想法”は古くはヘンリー・フォードからスティーブ・ジョブズまで多くの起業家が実践しており、神経科学的にも過去の記憶を思い出して体験と光景をよみがらせる働きや、新たな洞察を生み出す作用があるということだ。常にメモと筆記具を持ち歩きたい。

2.新しいことを学ぶ
 自分がこれまでまったく興味のなかった分野のことをあまり深く考えずに当てずっぽうで学んでみることで新たな刺激と着想が得られるということだ。カルチャーセンターなどで陶芸や木工、料理などの講座に“目的を持たずに”参加するのもクリエイティビティの向上に貢献するという。

3.環境を整える
 刺激に満ちていながらリラックスできる環境作りもまた、クリエイティブな発想を生み出すために重要であるという。例えばGoogleの職場環境などを見ても頷けることで、これについてはあまり説明は必要なさそうだ。

4.歩く
 ウォーキングを筆頭に、身体を移動させ続けていることが創造的思考に好ましい影響を与えるということだ。そして異なる場所に身を置いて目下の課題を考えることで、問題解決のための新たな発想が浮かぶのだ。

5.スケッチの習慣をつける
 いつも紙とペンを持ち歩き、例えば外食して料理を待つ間のちょっとした時間などに目に入ったもの(食卓の調味料の瓶など何でも可)を気軽にスケッチする習慣をつけるのが創造性の向上に繋がるという。またスケッチはその時の記憶を定着させる優れた作業であることがわかっている。絵心がないとハードルが高そうだが、あくまでも気軽にはじめてみるのがよさそうだ。

6.デスクの上にオモチャを置く
 例えばルービックキューブや知恵の輪、プラスチック粘土、折り紙など、実際に手を動かして遊べるオモチャを常にデスクの上に置いて、何かのスキマ時間に取り組んでみることも精神のリフレッシュになり、新たな着想が生まれやすくなるという。PCのキーボート入力から手と指を暫し解放する意味も含まれている。

7.超短編小説を読んだり書いたりする
 ネット上のコミュニティでも楽しまれている「フラッシュフィクション」と呼ばれている超短編小説をスキマ時間に読んだり、自分でも即興で書いてみたり(100語程度でも可)することで短時間の間に創造性が刺激される。

8.“30の輪テスト”に1分間挑戦してみる
 スタンフォード大学機械工学部のロバートマッキム氏とデザインコンサルタント会社「IDEO」のCEO、ティム・ブラウンによって生み出された“30の輪テスト”を1分間のスキマ時間にやってみることで効果的な“脳トレ”ができる。

 やりかたはきわめて簡単で、紙の上に素早く30個の輪を描いた後、その輪に描写を加えてひとつずつ“何か”にしていくのだ。例えば太陽や地球など何でもいいので、1分間の間にできるだけ多くの輪を“何か”にしてみるのである。多くの成人にとってはなかなか30個を仕上げるのは大変である一方、子どもたちは楽しみながら自由な発想で次々とこなしていくということだ。このテストで思考の“柔軟性”を測ることもできるのである。

9.他人の身になって考えてみる
 クライアントや消費者、あるいは職場の同僚になったことを具体的に想定してみることで、新たな“気づき”が生まれるという。あくまでも具体的にシミュレートすることが肝心で、接点のあるビジネスの部分だけでなく私生活を含めてその人物になりきることで、これまで見逃してきた様々な問題を見つけることができるのだ。まさに“ロールプレイングゲーム”である。

 確かにどれも今すぐにできそうな“創造性向上法”ではないだろうか。もちろん、自分に向いたものが1つしかなかったとしても、続けていくことで効果がより高まるという。少なくとも“紙とペン”は常時携行していたほうがよさそうだ。

■1日6時間労働で「労働生産性」が向上する

 クリエイティブであるためには、リフレッシュする時間や“気晴らし”がいかに大切であるかが、これらの記事によってあらためて確認させられる次第だが、それで思い起こされるのが「労働生産性」ではないだろうか。

 日本ではこれまであまり省みられることのなかった「労働生産性」だが、これが先進国の中では問題視するに値するほど低いことで昨今物議を呼んでいることはご存知の通りだ。日本生産性本部による「労働生産性の国際比較2015年版」によれば、日本の労働生産性はOECD加盟34カ国で21位である。もちろん今にはじまったことではなく、主要先進7カ国の中ではずっと最下位が続いているのだが、やはり昨今の経済成長率の低迷でこの労働生産性の低さが大きな問題になってきている。

 残業を前提とした仕事量や、職場の人間関係が最優先される社会風土などが低い労働生産性の原因とされているが、労働生産性の向上はもちろん、社員の創造性の向上のためにも早急に対策が必要とされていることは間違いないだろう。

 2014年に米スタンフォード大学のジョン・ペンカベル氏が発表した研究によれば、軍需工場の労働者において労働時間は生産量に比例していないことが指摘され、一定時間以上の労働で生産効率は下がると結論づけている。また2013年のイギリス国家統計局のレポートによれば、イギリスの平均的労働者はフランス人やドイツ人よりも労働時間が長いが、彼らよりも生産性か27~31%低いということだ。

 現状では標準と考えられている1日8時間(週40時間)の労働時間そのものを見直すべきだという声もあがっている。これを受けて昨年、スウェーデン・ヨーテボリのケアホームでは、看護師の6時間労働が社会実験として行なわれたのだ。

 1990年代に創設されたケアホームだというが、ここで働く看護師にはこれまでかなりの“激務”が要求されていたということで、この社会実験に際し新たに16人もの看護師を雇用して勤務シフトを変更したのである。6時間労働で明らかに看護師の時間当たりの生産性はあがり、看護師たちのプライベートも充実して「ライフワークバランス」が著しく向上したことをヨーテボリ市当局は発表している。しかし当然ではあるが人件費がかさみ運営コストが増大したことは否めない。

 一方、同じくヨーテボリにあるトヨタの自動車工場では実はすでに10年前から6時間労働を採用している。労働者からも好評を博しており実際に極端に離職率が低いということである。単に労働時間が短くなるだけでなく、ラッシュアワーのピーク外に通勤できるため、道路が空いていて通勤時間も短くなるという願ったり叶ったりの恩恵を享受しているということだ。

 イギリスの哲学者で元首相のバートランド・ラッセルは著書『怠惰への賛歌(In Praise of Idleness)』(1935年)の中で1日4時間労働を提唱しているが、およそ1世紀もの時を経てようやく本格的に検討されるべき良いタイミングがやってきたとも言えそうだ。

参考:「Buffer」、「Inc.」、「Quartz」ほか

文=仲田しんじ

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