出張で熟睡できないのは当然だった! ホテルで良い眠りに就くための秘訣5

サイエンス

 出張や旅行の当日、早朝に起きて準備をして移動した先でも精力的に動き回り身体はそれなりに疲れているはずなのに、宿泊先であまり眠れなかった経験はないだろうか。一部の人々にとっては積年の疑問だったこの件が今、ようやく解明されたようだ。

■“違う枕”で熟睡できないのは当然だった

 米・ロードアイランド州のブラウン大学の研究チームが2016年4月、学術誌「Current Biology」で発表した研究では、初めての場所の“違う枕”で眠った時の脳の働きが詳細に分析されている。違う枕ではあまり良く眠れないというのもそのはず、脳の半分は起きているからだったのだ。

 実験は35人の実験参加者に研究室で数日間宿泊してもらう手筈で行なわれた。参加者には毎夜の就寝時に、睡眠中の脳活動を測定され、いびきや呼吸の乱れなどを記録する睡眠ポリグラフィ検査を受けた。

 研究チームが注目したのは実験初日の“初夜”の睡眠状態である。初めて研究室で眠った際、いずれの参加者も脳の左半球が睡眠時とは思えないほど活動していることがわかったのだ。一方、脳の右半球は通常の睡眠時にみられる低い活動状態であったという。

 イルカやクジラなどの海洋哺乳類は人間のように完全に意識をなくしてぐっすりと眠ることはなく、左右の大脳のうち片方を交互に休ませる「半球睡眠」で眠っており、睡眠中でも我が子の動向を監視したり、ゆっくり泳いだりすることができるといわれている。基本的に人間がこの半球睡眠をとることはできないが、初めて訪れた不慣れな場所で眠るときだけは、この半球睡眠に近い状態になるということが今回の研究で指摘されることになったのだ。

 付随して行なわれた睡眠中の音に関する実験では、脳の左半球を刺激する右耳から入る音のほうが目覚めやすくなるという結果も出ている。敏感な脳の左半球をいかに休ませることができるのかが、質の高い睡眠のカギを握っているようだ。

「我々の脳はおそらく、イルカやクジラの睡眠システムのミニチュア版を備えているのです」と研究論文は言及している。これまで訪れたことのない場所で眠ることは、自室や馴染みのある場所で眠るよりもリスクの高い行為であることは確かだろう。そこで脳の左半球は睡眠時でも起きて“寝ずの番”をしているのである。初めて泊まるホテルで熟睡できないのは、ある意味で当然であったことになる。

 そしてこの脳の左半球と右半球の活動の差が大きいほど熟睡できずに浅い眠りとなる。また、筋肉修復のためのホルモン分泌が鈍り、睡眠中に溜め込まれるグルコースの量も減ることから、新しい環境での睡眠は疲れがとれにくいものになるのだ。

 だが安心してほしいのは、これは“初夜”だけの現象で、2泊目の就寝からは脳の左半球の活動も低下し、ぐっすり眠れるようになるということである。したがって連泊する旅などでは、2日目の夜に長めに睡眠をとって疲労回復に努めるのがよさそうだ。比較的長期の出張や旅などを計画する際に、枕が変わった最初の夜は眠れないものだと頭に入れておくことで、無理のないスケジュールが立てられるのではないだろうか。

■旅先で熟睡するための5つの秘訣

 旅先の“違う枕”では熟睡できず疲れも取れにくいことが明らかになったわけだが、だからといって一泊で帰ってこなくてはならない用件が減るわけではない。特に国内出張業務などの大半は一泊旅ではないだろうか。

 普段通りに眠ることは難しいとはいえ、旅先でなるべく熟睡するためにはどうしたらよいのか。旅行情報サイト「Travel Skills」では、旅先のホテルでより良い睡眠をとるための5つの秘訣を紹介している。

●部屋で使っている目覚まし時計を持参する 
 ホテルのウェイクアップコールや部屋に備えつけのアラームに頼ることは、気づかないプレッシャーとなって安眠を妨げるものになり得る。普段スマホなどの目覚ましアプリを使っているのであれば、もちろん旅先でも同じ手筈で目覚めたい。あるいは普段目覚まし時計で起きているのなら、その時計をホテルに持ち込むべきだ。なるべく普段と同じ方法で目覚める環境を整えることで、安心して眠りに就くことができる。

●隣が空いている部屋にチェックインする
 階数や見晴らしなどで部屋を選ぶのではなく、フロントに尋ねて可能な限りその日に両隣に宿泊客がいない部屋を選ぶことを心がける。端の部屋を選べば、片側だけ空室であればよいことになるので条件は満たしやすくなる。外の通りを車が走る音などよりも、他人のイビキの音のほうが段違いに睡眠の妨げになるからだ。

●常に「就寝中です」(Do not disturb)の札をかけておく
 就寝時だけでなくドアには常に「Do not disturb」の札をかけておくことで従業員や同フロアの宿泊客からの配慮を常に受け、結果として夜も静かにしてもらえる可能性が高くなる。

●“ホワイトノイズ”を活用する
 外の通りや隣りの部屋からコンスタントに響いてくる音が気になるようであれば、部屋の換気扇をつけっぱなしにするなどして“ホワイトノイズ”を活用することで雑音が気にならなくなる。ホワイトノイズとはひと昔前のテレビ放送中断時間帯の“砂嵐”のような、すべての周波数で同じ強度となるノイズのことだが、他の雑音を“消す”効果もありうまく活用すれば入眠をサポートできる。最近ではホワイトノイズを鳴らすアプリ(睡眠導入アプリ)もあるので、気になった向きは試してみて活用するのもよいだろう。

●カギとなるのは部屋の位置
 当然ホテルには快適な部屋とそうではない部屋がある。エレベーターの位置や、自販機、製氷機などの位置もじゅうぶん把握してなるべく快適に過ごせる部屋を選びたい。隣に宿泊客がいたとしても、いい位置にある部屋であれば睡眠を妨げられる確率が低くなる。

 記事では他にもアイマスクや耳栓の活用にも触れているが、目覚ましをセットするのであれば耳栓は使用できないので当然ながら注意が必要だ。また、たいていのホテルでは耳栓を用意してあるので、持参してなくとも使いたい場合はフロントに聞いみるのもよいということだ。初めて利用するホテルであっても、これらの見解を参考にできるかぎり良い睡眠をとって疲労回復に繋げたいものだ。

■1週間の睡眠不足が心臓病を引き起こす

 社会の隅々までもがネットワークで繋がった高度情報化社会を迎え、かつてないほどのストレスに晒されている現代にあって、質の高い睡眠がますます重要視されはじめている。それと同時に睡眠不足により健康への悪影響が専門家によって警告されている。なんと1週間の睡眠不足が心臓疾患に結びつくというのだ。

 フィンランド・ヘルシンキ大学の研究チームが2016年4月に「Scientific Reports」で発表した研究では、睡眠不足が血管に悪い影響を及ぼすとして、心臓疾患を含む循環器疾患のリスクを高めると警告を発している。もちろんこれまでも睡眠不足が健康や美容を害するものであることは指摘されていたが、今回の研究では睡眠不足が血中コレステロールの運搬にも影響することがわかったのだ。

 ヘルシンキ大学の研究チームは、フィンランド人2221人の生活スタイル(睡眠時間)が記された血液サンプルを分析し、一方で実験参加者による実験を行い、睡眠不足が血液中のコレステロール運搬活動を低下させていることを突き止めた。血中コレステロールがスムーズに各所に運ばれなくなると免疫力が弱まると考えられ、これが様々な疾患を引き起こす可能性を高めることになる。1週間の睡眠不足だけでも身体の免疫反応と新陳代謝に悪影響を及ぼすということだ。

「我々は睡眠不足が身体機能に与える影響を調べました。睡眠不足による体調の変化は疾患へと繋がるリスクがあると言えます」と研究チームのヴィルマ・アホ氏は語る。睡眠不足によって、コレステロールを運搬するリポ蛋白(lipoprotein)が減り、コレステロールが血中で停滞しがちになってしまうのだ。これが高脂血症を引き起こし、各種の循環器疾患へと繋がるのだ。簡単に言えば、睡眠不足は“血管年齢”を引き上げるのである。

 フィンランド国民の血液サンプルデータからも、睡眠不足傾向のある人々に循環器疾患を患う者が多いことがわかっている。またこれまでの研究でも、睡眠不足が免疫システムや食欲、炎症リスクに与える悪影響が指摘されている。

 研究チームが次に取り組むのは、どの程度の睡眠不足が身体を不健康な状態に変えてしまうのかを割り出すことである。ともあれ無理矢理起きていればそのぶん、身体は確実に実年齢以上に歳を取ってしまうということであり、睡眠の重要性がますます叫ばれることになった。ダイエットや運動が大切なのは間違いないが、やはり最優先すべきは睡眠ということになりそうだ。

参考:「Live Science」、「Travel Skills」、「Mirror」ほか

文=仲田しんじ

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