“できる”ビジネスパーソンの人物像といえば、いつも身なりを整え時間に厳しくバリバリと精力的に仕事をこなしていくイメージがあると思うが、その認識は今や大きく修正されようとしているのかもしれない。有能な人物ほど仕事場で気が散りやすく、作業に優先順位をつけられないというのである。
■優秀なビジネスパーソンほど注意散漫に!?
職場環境の向上など組織運用の問題解決策を提供するグローバル企業「Steelcase」は、世界17ヵ国で1万人のオフィスワーカーを調査した研究を先頃発表している。それによれば、今日の職場環境において知的で有能と思われる人物ほど、気を散らしやすく、作業の優先順位をつけることが困難な傾向にあり、複数の作業を同時に進める“マルチタスク”により強いフラストレーションを感じていることが浮き彫りになったということだ。
職務に関連する最新情報なども容易に入手できるようになった現在の高度にオンライン化された職場環境では、気を散らす要素がますます増えており、加えて個人が所有しているスマホなどの携帯端末も目下の作業を中断させる元凶になっているという。この指摘が身に積まされる向きも少なくないのではないだろうか。
同社が昨年に行なったこの調査では、平均的オフィスワーカーは何らかの理由で3分間に1度仕事を中断させられており、PC画面に同時に開いている平均ウィンドウ数は8つにものぼるという。さらにメールチェックは1時間に平均30回も行なっており、またイギリス人のスマホユーザーは平均で1日に221回スマホをチェックしているという驚きのデータの数々がはじき出されているのだ。
そして前述のように、これは有能とされている人々により顕著にあらわれるという。ではなぜ、職務に邁進しているイメージのある優秀なオフォスワーカーが気を散らしやすくなっているのだろうか。それはどうやら、刻々と伝えられる最新情報に刺激されて新しいアイディアが次々に“湧き過ぎる”ことにあるようだ。
それらの新しいアイディアを形にすべく具体的に取り組もうとしても、当然ながらできることには限りがある。いくつもアイディアが次々に浮かぶのに、実際にものにできるのはそのほんの僅かであり、その結果「自分の無力さを痛感し、現在の作業全体もまた完遂できないように思えてくる」のであると、精神科医のネッド・ハロウェル医師は「The Telegraph」の記事で語っている。
またSteelcaseの副社長のボスティジャン・ルジュヴック氏は「有能な人材は上司からも周囲からも“できる”と思われていますが、マルチタスクや注意力を散漫にする要素からは普通のオフィスワーカーと同じように悪影響を受けています。ストレスと気を散らすものがどんどん増えている現在の職場環境は、脳への負担が増える一方なのです」と話している。気を散らすことで労働生産性が低下することはその個人や企業の損失ばかりでなく、生産年齢人口が今後減少していく経済全体にとっても見過ごすことができない問題だろう。働く環境を今一度見直すことが我々全員に求められているようだ。
■デスクが散らかっているほうがクリエイティブになれる!?
常時オンライン状態がもはや標準となった現代のオフィスでは、生産能率を損なわないためにも職場環境を整えることがますます重要になってきている。ということはデスク周りなどをキチンと整理整頓して余計なモノとの“断捨離”が今後ますます奨励されるべきなのだろうか。しかし面白いことに(!?)、この件に関しては事はそう単純ではないようだ。かつて「デスクが散らかっているほうがクリエイティブになれる」と主張する研究があったためだ。
米・ミネソタ大学のキャスリーン・ヴォース教授らの研究チームが2013年に発表した論文は、散らかった職場環境は新しいことに挑戦する意欲と固定観念にとらわれない行動に関係していると指摘したのだ。
研究では実際に整理整頓されたオフィスと、散らかったオフィスを舞台にした実験を行なっている。それぞれのオフィスにやってきた実験参加者に、その場でピンポン玉の新たな使い道を考えるようにリクエストしたところ、散らかったオフィスで考えた人々のほうが、斬新さやクリエイティビィティの面で独創的なアイディアを提案する傾向が強まったという。
これにより研究者たちは、散らかっている環境は創造的な思考に拍車をかけ、問題の解決策をより早く見つけ出すことができると主張したのだ。散らかった環境の中で人は、世界が常に秩序だって存在しているものでないことを実感し、それにより創造的な思考へ駆り立てられるということである。
昨今はノートパソコン1台あればかなりの仕事が可能になっているが、これを受けて一部の職場で取り入れられているのが、個人が特定のデスクを持たず会社の好きな場所で仕事をする“ホットデスキング”だ。オフィスの省エネ&省スペース化に大きな貢献をするこのホットデスキングだが、このヴォース教授らの研究に則れば、クリエイティブな仕事をするにはあまり向いていないということになる。
確かにホットデスキングはオフィス全体の作業の能率を高めるものだが、個人専用のスペースがないことには考えを深めたり、創造的な思考ををめぐらせるのが難しくなるという研究も報告されている。もちろん、創造性を要求されない業務内容であればホットデスキングは大きな効力を発揮するともいえるが、深い考察やクリエイティブワークにはやはり決まった“占有地”が必要なのかもしれない。しかし必ずしもその場所が会社内である必要もないわけではあるが……。
■散らかったデスクはコミュニケーションの障害に
思ってはいてもついついデスク周りが片付けられない向きには、汚いほうが創造性を発揮できるという学説はなかなか魅力的なのではないだろうか。掃除しない自分を納得させる“言い訳”にもなりそうだ(苦笑)。しかし自宅の部屋ならともかく、曲がりなりにもオフィスである以上は限度があるだろう。散らかっていたり、個人的な趣味を反映したグッズが多いデスクは、コミュニケーションの阻害要因になり得ると指摘する声もある。
「服装と作業空間であらわされることも、コミュケーションの一手段なのです。散らかったデスクはコミュニケーションの障害になります」と語るのはビジネスコンサルティング会社「Corner Office Image」のミッシェル・アウゲンシュタイン氏だ。障害になるばかりでなく、汚いデスクは当人の信用を損なうものにもなると警鐘を鳴らしている。さらに「机の状態は周囲に対する当人の職業倫理を反映しているのです」と手厳しい。机の汚さで人を判断するなと言われても、実際に汚いデスクを目にした者はそれぞれの印象を“主”に関連づけてしまうことは想像に難くない。
だからといってアウゲンシュタイン氏は、常にチリひとつない状態に保つことを主張しているわけではなく、デスクに自分や家族の写真をさりげなく飾ったり、小さな鉢植えの植物を置いたりすることなどは訪れた人に好印象を与えるということだ。
また、たとえ人目を気にしない覚悟を固めていたとしても、見たいと思った資料や書類などがすぐに引き出せずに、その都度“発掘作業”に勤しむようになっているとすれば、その散らかり具合は明らかに実害を伴うものであることになる。やはり散らかすにしても程度問題ということだろう。
イメージコンサルタント会社「Executive Image Consulting」の創設者でトレーナーのシルビー・ディ・ジュスト氏もまた片付けられないビジネスパーソンには辛辣だ。「オフィスを訪れた人はデスクを見てその主の“自分を律する能力”をジャッジします。判断内容が公正であるのかどうかは問題ではなく、ジャッジは自動的に行なわれて効力を持つのです」と警戒を呼びかけている。
確かにアインシュタインもマーク・トウェインもザッカーバーグもデスクが汚いことで有名なのだが、これに甘えることなく、自分のデスクと周囲の同僚のデスクの散らかり具合を、一度しっかりと比較してみてもいいかもしれない。
参考:「The Telegraph」、「Apartment Therapy」、「New York Post」ほか
文=仲田しんじ
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