何を見ているかで政治的立場も丸分かりに!? 驚異のアイトラッキング技術最前線!

サイエンス

 視界の中のどこに注目しているのかが簡単にわかるアイトラッキング技術を活用した研究が相次いで報告されている。

■気持ち悪がっている表情が気になる人は政治的保守!?

 テクノロジーの進歩で各種の科学的実験がより容易に、より低コストで行なうことが可能になっている。脳活動の動きをリアルタイムでモニターできるfMRI(磁気共鳴機能画像法)と並んで、近年めざましい発達を遂げているのが視界の中でどこを注視しているのかが簡単に分かるアイトラッキング技術である。この技術を用いて個人の視線の動きをリアルタイムで把握することができるのだ。

 ではこのアイトラッキング技術を駆使してどんなことがわかるのか。最近の研究では、なんとアイトラッキング技術でその個人の政治的な態度が浮き彫りになるというから興味深い。

 アメリカ・テキサス大学保健科学センターとウエストバージニア大学の合同研究チームが2017年9月に学術ジャーナル「Behavioural Brain Research」で発表した研究では、261人の大学生に各種のネガティブな光景の画像を見せてその視線の動きを追った実験を報告している。

 実験参加者はあらかじめ政治的に保守かリベラルかの立場を明らかにしていたのだが、興味深いことに政治的保守の参加者は他者の嫌悪感をあらわす表情により注意を払っていることが判明したのだ。

 嫌悪感に関連する視覚情報が政治的保守主義と強く結びついていることがわかり、これは嫌悪感の感じ方がイデオロギーの形成にとって重要である可能性を示していると研究チームは説明している。

 しかしどうして政治的に保守の人々は他人の嫌悪感を表した表情に敏感なのか? 研究チームの説明によれば、その表情はまさに「汚いものを見ている顔」であり、病人や腐っている食べ物などを避ける本能的なメカニズムに起因しているのではないかと説明している。

 では政治的にリベラルなら腐った食べ物にあまり抵抗感はないのかという話にはなるが、もちろん誰しも自ら勧んでお腹を壊したくはないだろう。しかしながらいろんな物を食べてみようというある種の“冒険心”が少しばかり強いのがリベラルということになるのかもしれない。はたしてあなたはほかの人が「気持ち悪っ!」となっている時の表情が気になるだろうか?

■絵を描く子どもの視線の動きを追跡

 ニューヨークを拠点にしたアート系オンラインメディア「Fractal」のYoyTubeチャンネル「Function」の動画では、アイトラッキング技術を使って、絵を描いている最中の視線の動きが、子どもとアーティストではどう違っているのかを分析する興味深い実験を行なっている。

 子どもは絵を描かせると一心不乱に没頭したりするが、やはり独特な目の動きをしていることがアイトラッキング技術で浮き彫りになった。

 実験では、7人の子どもと3人のプロのアーティストにアイトラッキンググラスをかけて絵を描いてもらった。絵の題材はポール・セザンヌの『カード遊びをする人々』を模したセットに2人のモデルが実際にカードをプレイしている光景である。

 アイトラッキングのデータを分析したところ、子どもとアーティストの視線の動きの違いは予想していたよりも大きく異なっていた。もっとも顕著な違いはモデルとキャンバスを見ている時間であった。アーティストは子どもの約2倍、モデルを眺めている時間が長かった。一方で子どもはモデルを見ている時間よりも描写中のキャンバスを見ている時間が長かったのだ。

 これはアーティストの場合、絵を描く動きに習熟しているため必要以上に手元を見る必要はなく、そのぶん対象物を見ることに集中できるからであるという。

 次に異なっているのは、アーティストが対象の全体像を見ようとするのに対し、子どもはその時々に1つのモノを集中的に見て描く傾向が浮き彫りになった。そのため、子どもの絵はモノの大きさの比率がまちまちで、今回の場合は例えばワインボトルの大きさが人物と比較して大きかったり、あるいは小さすぎたりとけっこうバラバラであった。

 そして子どもはこうし1つ1つ描いていくので、完成したと自己申告してもその絵の中でにはけっこう大きな要素が抜け落ちていたりするのだ。一方でアーチストの絵では光景の中のだいたいすべての要素を簡略する場合もあるにせよほぼすべて描いている。いずれにしても興味深い事実が浮き彫りになったといえるだろう。

■ベテラン作業員の視線を分析して研修プログラムを開発

 このようにさまざな学術研究に有意義に活用されているアイトラッキング技術だが、生産の現場の安全管理にきわめて心強い味方になることもまた報告されている。

 アイトラッキング業界最大手のトビー・テクノロジーの研究部門「Tobii Insight Pro」は2017年11月、アメリカのアルミニウム製鉄会社、H&H Castingの安全管理プログラムをアイトラッキング技術を用いて開発したことをアナウンスしている。

 製鉄所の現場作業は危険を伴う仕事だが、事故を起す可能性が特に高いのやはり仕事をはじめて間もない新米作業員である。そこでトビーは、ベテラン作業員の作業中の視線の動きに着目。同社のウェアラブルアイトラッカー「Tobii Pro グラス 2」を複数人のベテラン作業員に装着してもらい、作業中の目の動きを追跡してデータを収集した。回収したデータを分析すると、ベテラン作業員であるほど作業中はきわめて高い集中をしていることが判明した。そしてこのデータが、新人教育のために有効に活用できるのである。

「アイトラッキング技術は、作業現場で視覚が果たしている役割の真の姿を明らかにしました。溶融金属を使って作業している時は、近くまできて作業がどのように行われているか観察するのは困難です。アイトラッキング技術はそのギャップを埋めることで、新人作業員に作業手順に関するまったく新しい視点を与えることができます」とH&H Castingsのシムテムマネジャーであるジェイコブ・ハンミル氏は語る。

 そしてTobii Pro Insightでは、ベテラン作業員のユニークなビジュアルスキルを特定し、トレーニングプログラムを開発したのである。同社には今、研修生に作業を説明するビデオ教材があり、作業工程全体をより安全かつ効率的にするための手順を明確にレクチャーしている。

「新工場の従業員や臨時労働者を平均で毎月2回、金属溶解部門で訓練しています。平均的なトレーニングの所要時間は1週間です。このプログラムとビデオが従業員1人あたり2日間の時間の節約になることを見込んでいます。理想的には部門全体で年間400時間のトレーニング時間の削減が望まれています」(ジェイコブ・ハンミル氏)

 生産現場での新人研修にも活用されているアイトラッキング技術は、今後も意外な分野や研究で用いられる有望な技術であることは間違いないだろう。

参考:「ScienceDirect」、「Venture Beat」ほか

文=仲田しんじ

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