何がキャリアの成功を左右するのか?

サイエンス

 映画や楽曲、あるいは書籍や研究論文など、多くの支持を集め“ヒット”する要因はどこにあるのだろうか。もしも必ずヒットする“必勝法”があるのなら誰もが知りたいところだろうが、残念ながら最近の研究ではヒットするかしないかは半分以上は“運”が左右していることを指摘している。

■創作物の成功は半分以上が運

 創作物について、もちろん優れた内容であれば多くの目を集めるのだろうが、“ヒット”はまた別次元の社会現象となる。何がヒットする、しないを分けているのか。

 デンマーク・コペンハーゲンIT大学、ハンガリー・中央ヨーロッパ大学の合同研究チームが2019年9月に研究論文アーカイブ「arXiv」に提出した論文では、著作分野における“運”の影響力を探っている。研究チームは映画、音楽、出版物と15の学術研究分野に携わる400万人以上の人々を調査して、著作物の“成功”に無作為性(randomness)がどれほど関わっているのかを分析したのだ。

 はたして著作物がヒットする“必勝法”は存在するのか? 残念ながらというべきか研究の結果は、著作物の成功にはかなりの程度、“運”と呼ぶべき無作為性が関わっていることを示すものになったのだ。ヒットするのかしないのか、その確率のおよそ半分は運が左右していたのである。

 分野によって運が占める割合は若干異なってくる。ヒットにおいて最も運が必要とされるのが電子音楽の分野で0.546。逆に最も運が必要とされないのがクラシック音楽なのだが、それでも0.507と、半分以上は運が左右していることになる。

 さらに映画は0.545で、学術研究の分野では天文学が0.55、コンピュータサイエンスが0.517となっている。

 今回の研究の目的は、キャリアにおける成功の“浮き沈み”のモデルを作成することにあったという。これまでの研究では、あるクリエイターによるベストセラー本やヒットソングという“ヒット”はランダムに訪れることがわかっているのだが、研究チームは能力の高いクリエイターがそのキャリアを通じてどのような“浮き沈み”を体験するのか、そのキャリアモデルを理解しようと試みたのである。

 ある意味で当然ではあるが、能力の高いクリエイターはそのキャリアにおいてヒット作の“打率”は高くなることもまた示された。したがって“運”が重要であることは確かなのだが“打席数”が多ければ、つまり作品をコンスタントにリリースし続ければ、それだけヒットしやすくなるということにもなる。クリエイターや研究者はいかにキャリアを長く続けられるかということもまた運と同じくらい重要ということになりそうだ。

■成功にとって重要な「オープンネットワーク」

 ヒットするのかどうか、成功を占う半分以上は運によるものであることが指摘されているのだが、逆に言えば残る5割弱はやはり当人の実力や人脈、戦略といった具体的なものに裏打ちされてくることになる。

 成功を占うものとしてそのほかにもハードワーク、才能、忍耐強さ、グロース・マインドセット、知性、経験、スキル、実行力などいろいろ考えられるが、起業家で作家のマイケル・シモンズ氏によれば、成功を占う最大の予測因子は「オープンネットワーク」であると説明している。

 仕事に忙殺されればややもすれば人間関係が固定されてしまいがちになるが、それでも不特定多数の人々と接することができるSNSなどのオープンネットワークに繋がっていることが、キャリアの成功にとって最も重要であるとシモンズ氏は解説しているのだ。オープンネットワークに繋がっていることで、成功にとって欠かせない新たな異なるアイディアに触れる機会が増えることが指摘されているのである。

 オープンなネットワークに繋がっていることは、初めて訪れた遠い外国で見知らぬ人々の中で過ごす体験と同じようなものである。ここに来なければ経験することのなかった経験をし、学ぶことができるのである。

 これは普段の快適な環境から、日々の日常から、そして既定の自分から強制的に追い出される体験になる。そしてこの体験で変わった自分になって再び「ホーム」に戻るのだ。

 普段の日常に埋没してしまえば、新たなネットワークを作ることを忘れ、人への好奇心が薄れてくる。これでは新たな発想を得ることもできなくなってしまう。普段の生活では出会うことのない人々と繋がれるチャンネルを確保し、活用することで成功をもたらすさまざなチャンスが得られるということだろう。

■「ギリギリ不合格」の研究者は大成する?

 人的交流の開放性が成功の鍵を握っていることになるのだが、成功した研究者は往々にして若い時期に“失敗”を体験しているというから興味深い。サイエンス的にもまさに「失敗は成功のもと」であったのだ。

 ノースウェスタン大学の研究チームが2019年10月に「Nature Communications」で発表した研究では、1990年から2005年の間に国立衛生研究所(NIH)から研究助成金(R01)を申請した科学者のキャリアの初期の記録を分析している。

 調査対象の研究者は2つの基準で選ばれた。その2つの基準とは、ギリギリの評価で助成金を勝ち取った研究者と、同じくほんのわずかのスコアが足りずに助成金を得られなかった研究者である。

 続いて研究チームはこの2つのグループがその後10年間に平均して何本の論文を発表し、それらの論文がどれだけ注目を集めたのかを、それらの論文が参考にされた引用の数によって査定した。

 分析の結果、「ギリギリ不合格」の研究者は研究資金が少ないものの、「ギリギリ合格」の研究者と同等の論文数で、注目を集めた論文はむしろ多いことが明らかになった。具体的には「ギリギリ不合格」の研究者は「ギリギリ合格」の研究者と比較して、その後10年間で“ヒット論文”を発表する可能性が6.1%高いのである。

「ギリギリ不合格」を体験した研究者はその後、進退に決断を迫られていることがデータからも明らかになっている。研究の世界を離れる者も増える一方で、覚悟を決めて研究に打ち込む者もまた増えていると想定できるのだ。したがって研究チームは研究者にとって若い時期の“失敗”はその後のキャリアにむしろポジティブな効果を及ぼすと結論づけている。

 悔しくて惜しい“失敗”によってその後“本気”になって潜在能力が発揮されやすくなるということかもしれない。「若い時の苦労は買ってでもせよ」ということわざはサイエンス的にも正しかったということになりそうだ。

参考:「arXiv」、「Inc.」、「Nature」ほか

文=仲田しんじ

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