不満や愚痴を話せる関係にある人物の存在は、メンタルの健康にとってきわめて有益である。身の上話をするには相手を選ぶことにもなるが、意外なことに話し相手は人間よりもロボットのほうが適しているのかもしれない!?
■ロボットが理想的な「話し相手」として急浮上
悩みや不安といった本音を口にできるだけで、心労が緩和されることが各種のストレス研究からわかっている。しかしながらこうしたネガティブな感情をうち明けるには当然ながら相手を選ぶことになるだろう。心を許せる相手でなければ自分の弱みにもなり得る身の上話などできないからだ。
ではパートナーや親友、親族、恩師など身近な人を除いて、身の上話をうち明けられやすい人物とはどんな人だろうか。話し相手になりやすいひとつのモデルとしては、自分の現実の人間関係の範囲外にある人物で、身も蓋もない言い方をしてしまうと自分よりもかなり社会的身分が下にある(と思える)人物が挙げられる。こうした人物の前では“ノーガード”になって安心できるのである。
こうした条件を考慮すると、昨今の目覚ましい進化を遂げているAI(人工知能)が搭載されたロボットが理想的な「話し相手」として急浮上してくるから面白い。2017年8月に開催された人間とロボットとの相互交流を話し合う会議「Robot and Human Interactive Communication symposium」において、大阪大学の研究チームが興味深い研究を発表している。
実験では実験参加者に3種類の「カウンセラー」と身の上話をしてもらった。その3種類のカウンセラーとは人間の女性、人間の女性型ロボット、外観が透明ボックスの会話ロボットである。
参加者は45ある話題(その中にはポジティブな話題、ネガティブな話題、普通の話題が含まれている)のそれぞれについて、どのカウンセラーと話したいかを申告するように求められた。
ポジティブな話題については、参加者の70%は人間の女性に話すことを望んだ。人間型であれ箱型であれ、ポジティブな話題をロボットと話したいと思う参加者は30%に留まった。
そして興味深いことに普通の話題については、人間のカウンセラーと会話ロボットの比率は半々になり、ネガティブな体験談になると、人間よりもロボットに話したいという人が増えたのだ。
嫉妬にまつわる話題では女性型ロボットに聞いてもらいたいという人が多く、精神的未熟さや精神的に傷つけられた体験談については箱型の会話ロボットに話したいという人が多かった。
これはつまり、心理療法的観点から見てロボットと会話したほうがメンタルヘルスの改善がより見込めるということになる。
目の前のロボットの社会的身分が自分より相当程度下に感じるため、見栄や体裁を気にする必要がなく“ノーガード”になりやすいといえる。そのため、自分の弱みとなるような不安や心配を含む身の上話をあまり心理的な抵抗感なく話すことができるのだ。
そしてもちろん今後もAIの会話能力はますます向上していくことから、この「ロボットセラピスト」はますます有望視されてくることになる。こうしたことからも人間とロボットの関係が今後ますます密接になることはもはや確実なのだろう。
■食べ物でストレスを解消してはいけない
ロボットとの会話がメンタルの健康に今後大きく寄与する可能性が指摘されたのだが、そもそもカウンセラーのお世話になることのないよう、普段からストレスを溜め込まないことが肝要である。最新の研究では、仕事上のストレスが非健康的な食事に繋がり、健康悪化の悪循環を招くことが指摘されている。
米・ミシガン州立大学とイリノイ大学の合同研究チームは合計235人の中国のTI業界とコールセンターで働く勤労者の仕事と生活の実態を調査して、ストレスと食事と睡眠の関連を探っている。
「ストレスの多い仕事の日々を送る従業員は、通常よりも多くの量の食事をしていて、健康的な食事の代わりに“ジャンクフード”を好んで食べている傾向が明らかになりました。職場で引き起こしたネガティブな感情を自宅の食卓に持ち込んでいるのです」とミシガン州立大学のチュウシャン・デイジー・チャン准教授は研究論文の中で述べている。
過食や不健康なメニューに傾く原因となる職場でのストレスを引きずりたくないものだが、この悪循環を断ち切るのはやはり質の高い睡眠であることもまた指摘されることになった。
「別の重要な発見では、睡眠がいかに労働後のストレス解消のための過食を改善できるのかが示されました。前夜により良い睡眠を取っていれば、翌日にストレスを経験しても健康的な食事を摂る傾向があるのです」(チュウシャン・デイジー・チャン准教授)
IT企業とコールセンターで勤務するどちらの勤労者においても、職場のストレスがネガティブな感情に結びつき、さらに不健康な食事へと繋がっていることが示唆されることになった。これは第一に、ネガティブな気分を食事で払拭しようとすることで引き起こされ、第二には仕事のストレスが制御不能感をもたらし、それがコントロールを外れた過食に結びつくということである。そしてこの悪影響に対処できるのはやはり質の高い睡眠にあるという。
また現在の職場で広く行なわれている“おやつ休憩”には再考が求められているという。スイーツやお茶菓子などで仕事のヤル気を高める方策は、長期的には勤労者の健康を害する可能性があるのだ。習慣化した“おやつ休憩”によって食べ物でストレスを解消するクセがついてしまうのである。ということは“おやつ休憩”よりも“仮眠休憩”のほうがはるかに良さそうだ。食べ物でストレスを解消するクセをつけないためにも、質の高い睡眠を心がけたいものである。
■ネガティブな感情を受け入れることが“幸せの秘訣”
実生活においてはネガティブな感情を引き起こす出来事に遭遇することもあるだろう。イライラしたり立腹したり、あるいは悲しみや後悔などのネガティブな感情に襲われた場合、あなたならどうするだろうか。その対処の仕方がその後のメンタルヘルスを大きく左右するという研究が報告されている。
嫌なことや悲しい体験はさっさと忘れてしまいたいというのは人情だが、こうしたネガティブな感情を無視することは、実はその後のメンタルの健康にとって大きなリスクになることがいくつかの実験で確かめられている。
カナダ・トロント大学をはじめとする合同研究チームが2017年7月に発表した研究では、3つの実験が行なわれている。
1003人の成人が参加した1つめの研究はいわゆる心理テストで、一連の質問に回答することで各人の性格がネガティブな感情を受け入れるタイプかどうかが測定された。収集した回答データを分析した結果、ネガティブな感情を受け入れるキャラクターの人物ほど、メンタルの健康度が高いことが明らかになった。
2つめの実験では、156人の実験参加者に模擬就職面接に挑んでもらった。それぞれ自分の能力や特技をアピールする3分間のスピーチを行ってもらいそれを録音したのだが、終わったあとに各人は自分のスピーチを自分でどう感じたのかを報告してもらった。
就職面接での自己アピールはまさに“建前”の世界であり、場合によっては無理がある美辞麗句や脚色などが無きにしもあらずだろう。そして語った当人が後で後悔や羞恥を感じるケースもあり得る。
各人の報告を分析した結果、自分のスピーチを振り返ってネガティブな感情を抱かなかった者は、皮肉にも精神的苦痛を味わいやすい性格特性であることが判明したということだ。
3つめの実験では、222人の実験参加者に2週間日記をつけてもらった。日記にはその日に起きた悪い出来事と、それにどのように対処したのかを記録してもらった。2週間の記録を提出した6ヵ月後に参加者のメンタルの健康状態が測定された。
データを分析した結果、悪い出来事を忘れようとしたり思い出さないようにしようとする者は心配症やうつなどの気分障害を発症する確率が高いことが明らかになったということだ。
、時折襲われるネガティブな感情を排除せずに受け入れることが、逆説的ではあるが“幸せの秘訣”ということにもなりそうだ。ましてやヤケ酒などで気を紛らわせても何の解決にもならないということだろう。
参考:「IEEE Xplore」、「Michigan State University」、「National Library of Medicine」ほか
文=仲田しんじ
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