“人生100年時代”で重要なのは60歳時点の心身のコンディションだった

サイエンス

 好むと好まざるとにかかわらず、確実に人々の寿命は延びているが、長くなった人生で重要になってくるのが60代にさしかかる時期であるという。60歳前後で“人生の目的”を悟ることができるかどうかで、人生の終盤戦に大きな違いが生まれてくるというのである。

■寿命と健康を左右する60歳時の「人生の目的」

 今やありきたりな言葉になった感のある“人生100年時代”だが、大過なく過ごしていれば実際にやって来ることがほぼ確実であるのは各種のデータから見て明らかだ。

 米・ミシガン大学公衆衛生学部の研究チームが2019年5月に「JAMA Netw Open」で発表した研究では、高齢期において人生の目的を抱いていることと、全般的な心身の健康状態および生活の満足度の関係を探っている。

 研究チームが50歳以上のアメリカ人6985人を対象にした調査を分析し、人生の目的の有無とその後の死亡率の関係を検証した。

 人生に目的を感じている度合いを計測するテストではたとえば「将来の計画を立て、それを実現することを楽しんでいる」、「私の日常の活動は私にとって些細で重要ではないように見える」などの言説についてどれほど強く感じているかを6段階で評価し、「人生の目的スコア」が算出された。その後、研究チームはこのスコアを向こう5年間の参加者の死亡率と比較検証したのである。ちなみにこの間に、776人の参加者が亡くなっている。

 データを分析した結果、「人生の目的スコア」が最も低いグループは、スコアが高いグループよりも最大で2倍、早期死亡率が高まることが突き止められのだ。スコアが低いグループは特に循環器系の疾病で亡くなっている傾向も明らかになった。スコアの低さはうつのリスクが高まることも示された。

 研究チームによれば、人生の目的を持つことが寿命を延ばす理由はいくつか考えられ、たとえば過去の研究では、人生の目的を含むより強い幸福感が、体内の炎症を引き起こす遺伝子の活性を抑制することが示されているという。また別の研究では、人生のより強い目的志向が、「ストレスホルモン」であるコルチゾールのレベルを低下させ、体内の炎症を抑制していることもわかっている。

 特に男性の場合60歳前後は仕事面で“現役プレーヤー”でいられるかどうかの岐路に立たされるケースが多いと考えられる。自尊心を保つための自己イメージから仕事の要素が薄まったり、あるいは完全に失われた時、それまでとは違った“人生の目的”が持てるのかどうかは、今後さらに進む超高齢化社会でますます重要になってくるのだろう。

■60歳時点の活発な人的交流で認知症リスクが低下

 仕事からのリタイアを迎える前までにぜひとも人生の“メインテーマ”を見出したいものだが、60代の人生にはまだほかにも重要なことがあるようだ。それは友人知人との活発な人的交流である。60代での旺盛な人的交流により、その後の認知症リスクが12%低下することが最近の研究で報告されている。

 ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの2019年8月に「PLOS Medicine」で発表した研究では、長期間にわた追跡調査を通じて、60歳での人的交流の度合いがその後の認知症リスクを占う予測因子になることが示されている。

 1985年から1988年の間に、35歳から55歳であった1万人以上のイギリス人を2017年まで追跡した調査では、各種の健康診断データに加え、期間中6回のインタビューによって各人の日々の生活における人的交流の実態を聞き出し、加えて各種の認知機能テストが期間中に5回課された。

 収集したデータを分析した結果、60歳の時点で友人知人(親類は除く)との頻繁な交流を行っている者は、認知症リスクの低下と関係してることが突き止められた。具体的には、60歳の時点でほぼ毎日友人と会っていた者は、数カ月に1人または2人しか友人と会わなかった人と比較して、後で認知症を発症するリスクが12%低くなっていたのである。

 高齢になっても脳の機能を保てる「認知予備能(cognitive reserve)」が注目されているが、ソーシャルな人的交流が脳の柔軟性と即応性を保ち、この認知予備能の形成に役立つと考えられるという。

 一説では認知症の3分の1は確実に予防できるといわれており、60歳にさしかかる頃には誰もが1度は認知症リスクを考えてみるべきなのだろう。友人知人との活発な交流は中高年にこそ重要であるようだ。

■いつまでも“お盛ん”であることのメリット

 中高年の後期にはまたほかの重要な懸案事項がある。それはセックスだ。

 加齢が進むにつれて性欲が低下し、セックスの回数も減ることは自然なことだと考えられているが、それが人生の充実度に影響を及ぼすのだろうか。最近の研究では、中高年期のセックスは女性よりも男性にとってより重要であることが報告されている。

 英・アングリア・ラスキン大学、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンなどをはじめとする国際的な研究チームが2018年12月に「Sexual Medicine」で発表した研究では、中高年期においても一定の性的活動が、生活の満足度を高めていることが指摘されている。

 研究チームは平均年齢65歳の6879人の高齢者を対象に調査を行って収集したデータを分析したところ、過去12カ月の間に何らかの性的活動を行ったと報告した者は、性的に活動的でない人よりも人生を楽しんでいることが浮き彫りになった。

 性的活動の内容については男性と女性の間で少し事情が異なっていて、女性の場合はキスや愛撫やペッティングなどでも充分に満足感を得られているのに対し、男性のばあいはそうした行為に加えて性交が生活の満足度を高める強いファクターになっていたのだ。

 これまでの研究でも活発な性的活動はメンタルへの好影響だけでなく、がんや循環器系疾患のリスクを引き下げることも報告されている。いつまでも“お盛ん”であることは何の問題もないどころか、心身にさまざまなメリットをもたらしてくれるようだ。

参考:「JAMA Network」、「PLOS Medicine」、「ScienceDirect」ほか

文=仲田しんじ

コメント

タイトルとURLをコピーしました