人生の成功も失敗も住む場所次第!? あらためて考慮したい引越し先の住環境

サイコロジー

 隣の芝生は青い――。隣人の恵まれている側面がとりわけ気になってしまうという喩えだが、やはり住む場所の選定にあたっては、慎重に考えるべき点がいくつかありそうだ。うっかり(!?)裕福な家族の隣に住むと浪費しがちになるという研究が報告されている。

■富裕層居住区に引っ越すと浪費家になる?

 2014年にサンフランシスコ州立大学の研究チームが学術誌「Journal of Consumer Culture」で発表した論文は、住環境の社会経済的ステイタスと物欲の関係についての初めての研究となった。わかりやすく言えば、富裕層が多いエリアに住むことと消費行動の関係である。

 結論を先に言ってしまえば、新しく富裕層居住区に引っ越してきた者は、消費欲求が高まり出費が増える傾向にあった。やはり周囲の“豪勢な暮らしぶり”を実際に目にすると、物質的欲望に火が点けられてしまうようだ。そして特に年齢が若く、近隣よりも裕福でないことを実感している者にこの傾向が顕著にあらわれるという。

 研究チームの1人、サンフランシスコ州立大学の心理学者、ライアン・ハウエル教授によれば、富裕層の“仲間入り”をした者を消費に駆り立てているのは、相対的剥奪(relative deprivation)という心のメカニズムによるものであるという。

 相対的剥奪とは、他人と自分を比較して不満や欠乏の気持ちを抱き、何らかの手段でそれを埋め合わせることに躍起になる心の働きである。したがって金銭によってそれが解決できそうな場合、当然ながら出費がかさむことになる。

 研究では各地の住宅街の構成員の収入を調べると共に、その地域の金融機関の数や貧困率などの各種データから、それぞれ住民の消費行動を分析した。すると特に高級住宅街において、周囲よりも収入の低い者に高い物質的欲望と活発な消費行動が認められ、結果として貯蓄が少ない傾向が浮き彫りになったのだ。

 皮肉なのはこの相対的剥奪感を抱く“新参者”の目に映る隣人たちの“豪勢な暮らしぶり”は多くの場合誇張されて見えていて、実際のところエリア内の本当の富裕層はそれほど物質的欲望を満たす出費はしていないのだ。とすれば、この“新参者”の面々はまさに消費社会に踊らされているということになる。引越しや転居、不動産購入などを考えている向きには、少し頭に入れておいてもよさそうな話題だろう。

■住環境が学業に影響を及ぼしている

“隣人”は必ずしもネガティブな影響だけを及ぼしているわけではないようだ。隣人に恵まれることで、人生を成功に向かわせることができるという可能性が最新の研究によって指摘されている。

 米・ペンシルベニア大学の研究チームは、フィラデルフィアの生活支援機関「ACHIEVEability」が主催する優良賃貸住宅プログラムの参加者84人の生活のデータ2年間分を分析した。このプログラムは、貧しい家庭に育ちじゅうぶんな教育を受ける機会のなかった人に住居を貸し与え2年間大学に通わせるという住宅・教育支援である。希望してプログラムを受けた84人の大半は、若年社会人とシングルマザーであったという。

 ポイントとなるのは与えられた住居一帯の環境である。プログラム参加者に与えられた住居は、低所得者層が住んでいる西フィラデルフィアの街にあった。この街の特徴は、30ある区画によって犯罪発生率、貧困率、教育レベルにわりと大きなばらつきがある点である。深刻な貧困が親から子へと代々続いている場所もあれば、ある程度の社会的成功を収めた住民がすぐに転居してしまうため居住者の入れ替わりが多い区画もあるのだ。

 プログラム参加者84人はリスト順にこの地域で部屋を貸し与えられた。あくまでも登録順に割り振られるので、参加者が部屋を選ぶことはできない。つまりどの区画に住むことになるのかは運次第ということだ。

 そして2年間、参加者は働きながら大学に通った(挫折者も出た)のだが、居住した区画によって大学の成績に違いが出てきたということだ。貧困が深刻な区画に住んでいた者は中退したり、単位の取りこぼしが多い結果になったのだ。

 貧困率15%の区画に住んでいた者は平均27単位を取得し、貧困率45%の区画で暮らしていた参加者は平均18しか単位を取れなかったという。一方、住民の12%が大卒(この地域では高い大卒率)の区画に住んでいた参加者に比べ、住民の大卒率が5%の区画の者は、取得単位が平均5単位少なくなったということだ。つまり好影響であれ、悪影響であれ、住んでいる環境が学業に影響を及ぼしていることが指摘されることになったのだ。

 行政側にしてみれば、逆に今までいないタイプの住民を呼び込むことでその地域を変えられる可能性もあることになる。居住地域と学力の関係は個人差も大きいためはっきりと結論づけることはできないと思うが、データとしていろいろな傾向がわかりつつあるということだろう。

■住環境は子どもに大きな影響を及ぼす

 そして生活エリアの環境は、我々大人よりもむしろ子どもにとって大きな影響を及ぼしていることに理解が求められているようだ。これは自身の子ども時代を振りかえってみれば納得がいく話ではないだろうか。多くの子どもにとって自宅周辺が“全世界”なのである。

 スウェーデンのルンド大学、アメリカのスタンフォード・メディカル・センター、バージニア・コモンウェルス大学の合同研究チームが、54万2195人の子どもを対象に11年間にも及ぶ追跡調査を行い、児童期と思春期の精神疾患において、家族と近隣の人々の影響がどれほどあるのかについての研究が行なわれた。

 調査対象の子どもたちのうち、2万6000人の子どもに精神疾患の徴候がみられたという。そのうち26%は家族によって引き起こされたもので、5%は隣人が原因になっていたということだ。

 隣人との対人関係リスクは隣人阻害(Neighborhood deprivation)と呼ばれ、この隣人阻害に子どもが晒されると、例えばADHD(注意欠陥多動性障害)などの外在化障害(externalizing disorders)を発症するリスクが2倍になるといわれている。また2013年に米ニュージャージー州プリンストンの「Robert Wood Johnson Foundation」が発表した研究によれば、隣人阻害は各種の精神疾患ばかりでなく、2型糖尿病の発症リスクも高めているということだ。もちろん子どもに対して最も強い影響力を持っているのは親をはじめとする家族だが、子どもと地域の隣人たちとの関係も決して軽視できないもののようだ。

 そして昨年に発表された米・デューク大学の研究では、高所得者層と低所得者層が混在して住んでいるエリアの危険性が指摘されている。混在地域に住む低所得者層側の家族の子どもたちは、反社会性を強め非行に走るリスクが高くなるということである。多感な時期の子どもたちにしてみれば、他の家族の“経済格差”を目の当たりにすることで悲観的になり、その反動が反社会的な行動へと駆り立てていると考えられる。

 人事異動や転勤、転職、あるいは結婚などプライベートな事情で住む場所を変える予定の向きも少なくないだろうが、もし場所を選べるのであればこのような話を少し参考にしてもよいかもしれない。

参考:「San Francisco State University」、「The Cut」、「Medical Daily」、「BBC」ほか

文=仲田しんじ

コメント

タイトルとURLをコピーしました