アスリートに求められているのは強いフィジカルとハイレベルの技術だ。しかしそこにもうひとつ、パフォーマンスを左右する重要な要素があるという。それは“心の知能”であるEIだ。
■EIとハーフマラソンのタイムに強い関係性
“心の知能”とも呼ばれるEI(Emotional Intelligence)は、自己や他者の感情を敏感に察知する能力と、自分の感情をコントロールする能力を指している。このEIの高さがハーフマラソンのタイムに関係していることが最新の研究で報告されている。
イタリア・パドヴァ大学の研究チームはハーフマラソン大会に参加した237人のランナーのタイムとEI指数の関係を分析した。マラソン大会の前日にそれぞれのランナーに各種の質問を行った上でEIを測定するテスト(EIQ)を受けてもらったのだ。
マラソン大会終了後の分析で、各人のタイムとEI指数にきわめて強い結びつきがあることがわかったのだ。EI指数で高いスコアを獲得した選手ほど、マラソン大会の成績が良い傾向が浮き彫りになったのである。日々の練習量や過去の大会参加歴といった要素を含めてみても、EIとタイムとの強い関係が打ち消されることはなかった。
大会で良い成績を収めるためには身体的トレーニングだけが重要なのではなく、感情をコントロールする能力も必要とされていることですと研究は説明している。これはEIの高い人はEIの低い人よりも粘り強さがあることを示すというこれまでの研究に一致するものであり、これらの知見は人々がストレスや疲労を経験するさまざまな場所(例えば職場)に共通するものである可能性が高いということだ。
EIの高さは作業現場における粘り強い“底力”を占うものであることがこれまでの研究で指摘されているのだが、スポーツの成績にも適用されるものであることが今回の研究で明らかになった。
さらに今回の研究結果でスポーツにおけるメンタルトレーニングの重要性がさらに増すものになり、新たなトレーニングメソッドを開発する有効な指針にもなるということだ。純粋な“体力勝負”のイメージもあるマラソンだが、実はメンタルの能力も大いに関係していたことになる。
■EIは向上し続ける
対人関係を処理するだけでなく、我々の運動能力にも大いに関係していることがわかったEIだが、かといって身体的能力と同じように加齢と共に落ち込むわけではない。最新の研究ではEIは60歳過ぎまで向上を続けることが指摘されている。
カリフォルニア大学バークレー校の研究チームは、20歳代から60歳代までの実験参加者144人に、さまざまな感情を引き起こすドラマ仕立てのビデオクリップを見てもらうという実験を行なっている。
各種のビデオを見た後に、参加者はそれぞれ一連の質問に答えたのだが、60歳代が最もビデオを幅広い観点からさまざまな視点で見ていることがわかった。具体的には、年齢が上の参加者のほうがよりビデオの内容に感情移入することができ、悲劇的であったり不快な内容であってもその中に救いや希望を見いだすことができるのである。
特に60歳代はドラマのストーリーを“複眼的”に見ることができる一方、20歳代・30歳代は不快な内容や悲劇的なドラマを無視してなるべく影響を受けないでいる技術に長けていることもわかった。
精神衛生のためであれば“無視する能力”が高いほうが良さそうにも思えるのだが、悲劇的であったり不快な内容であっても決して無視せずに複眼的な観点からドラマを見る高齢者には、生きるうえでのアドバンテージがあるという。それは他者と人間関係の深い理解に繋がるからである。
「人生後半の生活の軸となるのはソーシャルな交流と、人の世話をし自分も世話をされるという様相です。私たちは歳をとるにつれて対人関係に思いやりのある言動をとれるように神経系を“最適化”しながら文化人類学的な進化を遂げているようです」と研究を主導したロバート・レベンソン教授は語る。
そして悲劇を無視せずに正面から受け止めることは、人生の後半において人と有意義な関係性を構築する上で重要な能力であるという。これが高齢者のソーシャルな生活の質を高めるのに有利に働くのだ。歳を重ねることで自然に培われる“年寄りの智恵”は確かに存在することになる。
■EIを養成するための7つのステップ
体力や知能とは異なり、人生の後半戦になってもまだまだ伸びしろのあるEIなのだが、ではどうやって育んでいけばよいのか。そこには7つのステップがあるといわれている。
1.感情をコントロールする
感情に流されてはならない。自分の感情をコントロールできなければ、自分のお金もコントロールできないのだ。
意思決定においては「10:10:10メソッド」を意識してみたい。最終的な決断を下す間際に、その意思決定によって10分後の自分はどう感じるのか、10ヵ月後にはどのような思いを抱いているのか、そして10年後にはこの決断をどう振り返るのかを具体的に想定してみることで、決断がより確かなものになる。
2.タイプが異なる人々の接し方に習熟する
日常生活の中でも組織の中でも、自分と同じようなタイプの人々ばかりでないことは明らかである。リーダーシップにおいては、タイプの異なる人々に対してそれぞれ効果的な接し方をして導いていく方策を学ばなければならない。
3.好奇心旺盛であれ
幼少期において好奇心は学習や技術習得のために欠かせないものだが、大人になっても引き続き重要である。これまでの研究においても、好奇心が新たな情報を処理したり、新たな環境に適応するための重要な“原動力”となっていることが指摘されている。
4.自分を律すること
どんなに忙しい中にあっても、生活の中で自分で長期的ゴールを設定し、自分を律する部分を確保することが重要である。つまり決して日々を惰性で送ることなく、自分だけの目標に費やす時間を常にキープしておくことが肝要である。
5.他者に共感する
その人物がリーダーか否かを決するのは他者に対する共感能力にある。そしてこの共感能力はEIの高さを示す主要な能力だ。高い共感能力によって社交性が増すばかりでなく、潜在的なニーズを掘り起こしてビジネスチャンスに変えることもできる。
6.失敗から学ぶ
失敗体験を思い出したくない過去として葬り去ってしまうのではなく、失敗をよく顧みることで現在与えられている機会にポジティブにチャレンジできる。成功者は過去の体験の中から何を続けて、何を残していくのかを知っているということだ。
7.自分よりも優れた人の見解に常に注目する
自分よりも優れた人に接触する機会を常に求める。各種の講演会などに参加してもよい。もちろんそうした人物を信奉するということではなく、同時代の優れた人々から今に生きる重要な知見を吸収したい。
重要な情報を追い求めて人々の動きを把握し、独善に陥ることなく世の中を見渡す行動を続けていくことでEIもまた培われてくるということだろうか。人生の後半戦でますます重要になるEIを末永く養成していきたいものである。
参考:「ScienceDirect」、「UC Berkeley」ほか
文=仲田しんじ
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