怒りの感情に襲われたくないものだが、その行為の良し悪しは別にして、意外なことに怒るべき時により苛烈に怒ることが幸福で充足した生活に結びついていることが最近の研究で報告されている。
■怒りを押さえ込まないほうが人生が充実する?
「感情とは心地良いものであれ不快なものであれ、それぞれの文脈においてポジティブにもネガティブにもなります」と語るのはイスラエル・ヘブライ大学心理学部のマヤ・タミール教授だ。
タミール教授の研究チームはアメリカ、ブラジル、中国、ドイツ、ガーナ、イスラエル、シンガポールの8カ国計2324人の大学生が参加する大がかりな調査を行なった。参加者は自分にとって望ましい感情と、実際の生活の中で引き起こされている感情についての詳細な質問に回答した。加えて現在の生活についての満足度を評価し、うつ的な要素の有無とその程度についても答えてもらった。
分析した結果、生活の満足度が高くうつ的な要素が少ない者ほど、望ましい感情でいる状態が多いことがわかった。これはじゅうぶん予想できる結果であったが、怒りや憎悪を強く覚えることがあったとしても、生活の満足度を下げるものにはならないという興味深い傾向も浮かび上がったのだ。つまり怒るべきときにはより強く怒りの感情を覚える者のほうが充実した生活を送っているということになるのだ。
怒りや憎悪、敵意、侮辱などのあまり好ましくない感情は、自分の内部で煽って高めている面もあり、その行為自体はネガティブなものではないということだ。たとえば、児童虐待についてのニュースを目にした時にすぐに怒りがこみ上げてこなくとも、子どもたちが虐待されたことにもっと怒らなければならないと感じた場合、自分の中で怒りを“煽情”するケースもあり得る。そしてこれはむしろポジティブな行為であり、生活の充実度を高めるものになると説明できるのである。
もちろん参加者の多くは日々を楽しさや心地良さなどの好ましい感情で過ごしたいと考えているが、興味深いことに11%は愛情や共感などのより抽象的な感情に包まれて過ごしたいと望んでおり、10%はもっと怒りや憎悪などの好ましくない感情が必要であると感じているという。割合から見ても例外的な少数派というわけでもなさそうだ。
西欧文明では日々を心地良くハッピーな感情で過ごすことは良いことだと考えられているが、なるべく長時間ハッピーな気持ちでいようと尽力することはむしろ幸福を減少させる可能性があることもタミール教授は指摘している。
もちろん怒りに襲われることなどないにこしたことはないが、怒ることが正当な場合には怒りを押さえ込まずに感情を表出することがメンタルヘルスの面からも“健全な”行為であるということにもなるだろう。その場合でも怒りの矛先をあまり他者にぶつけないよう厳に戒めたいものだ。
■“ショートナッパー”の66%が「人生は幸福」
現在の感情について常に敏感であることが、幸福な生活の鍵にもなることがわかったが、もっとシンプルな“幸福の秘訣”がサイエンスの世界から提案されている。それは短い昼寝である。
イギリス・ハートフォードシャー大学の研究チームが2017年3月に発表した研究は、1000人以上の人々の睡眠状態を分析して、30分以内の昼寝が幸福な生活に結びつくことを指摘している。
これまでの研究でも、日中における30分以下の睡眠は集中力と生産性、創造性を高めることが報告されているが、今回の研究ではそれらに加えて“幸福”にも繋がることを証明するものになった。
毎年4月に英・エディンバラで開催されているエディンバラ国際サイエンスフェスティバルにおいて、1000人以上の人々を対象に昼寝の習慣についての調査が行なわれた。回答者は日頃の睡眠状況について詳細に答えると共に、生活の“幸福度”についての自己評価も報告した。
分析では昼寝の習慣がある人を2種類に分けて、30分以内の“ショートナッパー”と30分以上の“ロングナッパー”に分類している。結果は一目瞭然の結果となった。自分の人生が幸福であると申告している人の割合は“ショートナッパー”の66%、昼寝をしない人の60%、“ロングナッパー”の56%であった。
人生の“幸福度”を5段階評価で採点した平均得点は、“ショートナッパー”が3.67点、昼寝をしない人が3.52点、“ロングナッパー”が3.44点であった。
仕事にも生活にとってもきわめて有効な短い昼寝だが、ネックとなっているのはやはり職場の理解のようだ。調査でも勤務先の11%しか職場での本格的な昼寝を認めていないということだ。
「短時間の昼寝が仕事のパフォーマンスを高めることは多くの研究で指摘されています。Ben & Jerry’sやGoogleなど昼寝を奨励している高業績の企業も少なくありません」と、研究チームのリチャード・ワイズマン教授は語る。
くれぐれも職場でグッスリ寝てしまうようなことがないようにしたいが、昼休みなどを活用して20分程度であれ目を休めるだけでもずいぶんリフレッシュされるということだろう。
■人に“奢る”と幸せになれる?
感情に気を配ることや短時間の昼寝で生活に幸せがもたらされることがわかったが、別の最新研究ではさらにシンプルに幸福感を享受できる方法が報告されている。それは気前良く人に“奢る”ことである。
人に施しを与えるというのは、何も苦渋の決断でそうしているわけではなく、多くの場合自分の幸福感のために行なっていることが最近の研究から指摘されている。人のためになることをすることで、当人がハッピーな気分になれるばかりか脳活動が変化することも併せて報告されているのだ。
ドイツ・リューベック大学をはじめとする国際的研究チームはスイス人の実験参加者50人に毎週2700円(25スイスフラン)を4週連続で与えて消費行動をしてもらう実験を行なった。お金を使う際、参加者の半数には自分の利益ために使うように伝え、もう半数には他者のために使うようにと条件を課した。
お金をどのように使ったのかを適時報告してもらう一方、参加者の脳活動の様子をfMRIでモニターして記録した。すると、他者のためにお金を使っているグループは大脳皮質の一領域である側頭頭頂接合部(Temporo-parietal junction)の活動が活発であり、この活動が幸福感をもたらしていることが突き止められた。
さらに参加者は気前の良さを推し量る意思決定テストに取り組んでもらい、テスト中の脳活動の動きもモニターされた。するとやはり気前の良い判断を行なう傾向が高い者ほど側頭頭頂接合部が活発に働いていて強い幸福感を体験していたのだ。そして4週間他者のためにお金を使うことで、この活動が強化されていることもわかった。つまり他人に“奢る”行為はクセになるということだ。
また、施した金額の多寡は幸福感に影響しないこともわかった。これはつまり一度に多額の寄付をするよりも、小額でもいいのでこまめに寄付や募金をするほうがメンタルの満足感を高める行為になるということだ。
「我々の研究は気前の良さと幸せの関係に行動科学と神経科学的な根拠があることを提示しています。これらの発見は神経科学の分野だけでなく、教育、政治、経済、健康にとっても重要なものです」と研究チームの1員であるリューベック大学のソヨン・パーク氏は語る。
寄付や募金、あるいはちょっとした“奢り”は、相手を利するだけでなく自分自身のメンタルの健康に繋がるものであるとすればまさに“ウィンウィン”の行為であるとも言える。募金活動に対する認識も改められる話題かもしれない。
参考:「APA」、「MedicalXpress」、「Nature」ほか
文=仲田しんじ
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