職業上の将来の成功を占う最も重要なファクターは何か? 昨今話題の「やり抜く力(グリッド)」なのだろうか。最近の研究では将来のキャリアの成功において、いくつかのファクターがそれぞれ別の働きをしていることが報告されている。
■“やり抜く力”は唯一無二ではない
グリッド(grit)は「やり抜く力」と訳されて、将来の成功を占うファクターとして注目されてきたが、最近の研究では話はそれほど単純ではないことが指摘されている。
米・ペンシルベニア大学、デューク大学、そして米陸軍士官学校(ウェストポイント)の合同研究チームが2019年11月に「PNAS(米国科学アカデミー紀要 )」で発表した研究では、1万人以上の陸軍士官学校の生徒を長期間追跡調査し、性格特性と認知能力、身体能力が将来の成功にどのような影響を及ぼしているのかを探っている。
対象のすべての生徒は入学時点で認知能力、身体能力が計測され、加えて「やり抜く力」も専門に開発された診断テスト(12-Item Grit Scale)によって計測された。
長期にわたる追跡調査で収集されたデータを分析したところ、学校成績においてそれぞれのファクターが別の働きをしていることが浮き彫りになった。
たとえば入学して最初の6週間の過酷な“ブートキャンプ”においては、「やり抜く力」が高いとやはり落伍する可能性は低くなった。
しかし4年間に及ぶ学業と身体鍛錬の学生生活の中で優秀な成績を収める可能性が高まるのは、認知能力が最も強い予測因子となった。そしてこの4年間の間に退学する可能性が低いのは、「やり抜く力」と身体能力の高い生徒であった。
今回の研究でも「やり抜く力」の重要性が指摘されることになったが、決して唯一無二のものというわけでもなく、長いスパンでの成功を考慮した場合、認知能力や身体能力もバランスよく醸成することが求められているとも言えそうだ。
■職場での成功を占う“誠実性”
「やり抜く力」のほかにも、将来の仕事上の成功を占う鍵となる性格特性が報告されている。それは誠実性だ。
カナダ・トロント大学スカボロ校と米・ミネソタ大学の合同研究チームが2019年10月に「PNAS(米国科学アカデミー紀要 )」で発表した研究では、主要な性格特性である「ビックファイブ」の中の誠実性(conscientiousness)が、職業上の成功を占ううえで、最も有力な非認知的予測因子であることを報告している。
研究チームはこれまでの92の研究をメタ分析したのだが、それらには複数の国のさまざまな職業、教育、転職事情、職務評価などキャリアに関する研究が含まれていた。
性格特性としての誠実性は勤勉で、秩序があり、他者に対して責任があり、自制し、規則に従うことと定義されるが、今回のメタ分析で仕事の業績を予測するファクターとしても誠実性はトップに挙げられる性格特性であることが確かめられた。
誠実性の高い人は、きわめて目標志向的であり、信頼性を求め、共有の目標を達成するために他者と協調し、職場で高いパフォーマンスを発揮できるということだ。
ほとんどの職業で誠実性は“成功”における合理的、かつ説得力のあるファクターになるのだが、複雑性の高い職種においては、その関係性は弱まると考えられることを研究チームは指摘していて、次の研究課題であると言及している。ともあれ多くの人が関わる仕事の現場において、誠実性は最も望ましい性格特性の1つであることは間違いない。
■中途採用において前職のキャリアと実績は無意味!?
キャリアの成功を占う「やり抜く力」と「誠実性」なのだが、転職においては通常、前職のキャリアと業績を会社側は重視するだろう。しかし驚くべきことに、最近のメタ分析による研究で、転職後の成功を占うファクターとして前職のキャリアと業績はほとんど関係がないという、衝撃の研究結果が報告されている。
米・フロリダ州立大学の組織心理学者であるChad H.Van Iddekinge教授が過去60年の人事研究から信頼性の高い81件をメタ分析したところ、転職において前職のキャリアと経験は、現職のパフォーマンスにまったくといっていいほど関係がないことが導き出された。これは企業の採用担当にとっては衝撃の研究結果となるだろう。
これはつまり採用において経験者と未経験者(応募資格のある未経験者)という区分が意味を持たなくなることになる。
中途採用においてほとんどの企業は採用候補者の前職でのキャリアと業績を重視している。実際に求人広告の82%が“経験者優遇”を表明しているということだ。しかしそれはほとんど意味がない可能性が出てきたのである。
どうしてこのような衝撃の結果が導き出されたのか。
可能性の1つとしては、履歴書や職務経歴書に綴られるキャリアや業績の“表現方法”がいわば“杓子定規”であることが挙げられるという。中途採用の人物の能力を測る指標は、キャリア年数、前社の在籍年数、経験した役職、年収などあまり多くはないが、そうした一般的な指標は実のところ転職先でのパフォーマンスを保証するものではない可能性があるということだ。
もちろん研究職など高度に専門的な職種ではこの限りではないのだろうが、今回の研究結果はほとんどの職業にあてはまることが示唆されている。
中途採用における“選考”の概念を根底から覆す衝撃の研究結果であるが、とすれば今後は中途採用においても人格特性を計測する各種のテストを課したり、あるいはAI(人工知能)による“選考”が進んでいくのかもしれない。いずれにしてもこの分野における今後の研究の進展に注目していくべきだろう。
参考:「PNAS」、「PNAS」、「Harvard Business Review」ほか
文=仲田しんじ
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