中年期の歩行スピードの衰えは急速な老化の兆候

サイエンス

 わずかな時間であれ運動習慣を持ちたいものだが、たとえちょっとした散歩あっても、心身の健康だけでなく脳にも良いことが最近の研究で報告されている。

■4000歩程度のウォーキングで脳機能が向上

 適度な運動習慣は体調を整え健康に大きく寄与するが、身体面だけでなく脳機能の維持・向上にもメリットがあることが最近の研究で報告されている。特にジムに通ったりせずとも、ちょっとしたウォーキング程度でじゅうぶんに効果的であるという。

 米・オレゴン健康科学大学の研究チームが2019年6月に「eLife」で発表した研究では、マウスを使った実験を通じて、短時間の運動習慣が学習と記憶に関わる海馬の神経細胞をより密接に結びつけることを報告している。

 研究チームは普段はあまり動かないマウスに回し車で短時間の運動させてから、脳の変化を詳しく調べた。マウスに課した運動はごく軽いもので、人間に当てはめれば4000歩のウォーキングに相当する。

 脳の海馬は学習と記憶に関わる脳機能を司っていると考えられているが、研究チームは短時間の軽い運動によって、マウスの脳の海馬にある樹状突起スパイン(dendritic spine)が増えて、神経細胞の結びつきが強まっていることを突き止めた。つまり運動によって脳機能が向上するのだ。

 具体的には運動をすることで神経細胞の中の「Mtss1L」という遺伝子が活性化され、樹状突起スパインの成長が促進されるのである。

 これまでにも運動が脳にも好ましい影響を与えることは指摘されているが、具体的なメカニズムについてはよく分かっていなかった。今回の研究で、たとえ4000歩程度のウォーキングでも脳機能が向上することが判明したのは大きな収穫といえるだろう。

■中年期の歩行速度の低下は急速な老化を占う

 ちょっとした散歩やウォーキングでも心身と脳に多大なメリットがあることが報告されているのだが、歩くスピードについて気になる研究が登場している。45歳の時点で普段の歩行スピードが遅いと、その後に身体機能と脳機能が急速に低下するというのである。

 米・デューク大学の研究チームが2019年10月に「JAMA Network Open」で発表した研究では、1000人のオーストラリア人を長期にわたって追跡調査し、45歳の時点での歩行スピードと脳の状態の関係を探っている。

 参加者は45歳の時点で3種類(通常歩行、タスクを行いながらの歩行、全速力歩行)の歩行スピードが計測され、加えて詳細な健康データとMRIを用いた脳のスキャンデータが収集された。

 収集したデータを分析したところ、歩行スピードが遅い人ほど、脳の総容積が少なく、皮質の厚みが薄く、脳の表面積が小さく、「大脳白質病変」の発症率が高い傾向が見られた。要するに脳の老化が進んでいるのだ。

 脳機能だけでなく歩行スピードの遅い人は、肺機能や歯の状態、免疫機能などの健康面も悪い傾向にあるという。

 高齢者が加齢に伴って歩行スピードが落ち、認知機能が低下してくるのはある意味では仕方のないことだが、その兆候は中年期に早くもあらわれていることになる。人生の後半戦を充実させるためにも、歩く機会をなるべく増やしたいものだ。

参考:「eLife」、「JAMA Network Open」ほか

文=仲田しんじ

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