“不安顔”の人が気になる理由は?

サイエンス

 相手の表情を読み取って適切な対応をすることはソーシャルな交流においてきわめて重要な能力である。しかしながら最近の研究では、我々は他者の表情をあまり正確には解釈できないことが指摘されている。

■表情には解釈の幅がある

 表情は言葉を介さずに感情を表現し、見た者に瞬時に伝わる優れたコミュニケーションツールだが、笑うのかと思ったら驚いたり、怒るのかと思ったら泣き出したりと、状況によっては見込みが外れて意外に思うこともあるかもしれない。

 ニューヨーク大学の研究チームが2018年8月に「Nature Human Behaviour」で発表した研究では、これまで考えられてきた以上に表情には解釈の幅があることを報告している。表情の解釈は人それぞれであるというのだ。

 1つの実験では、6種類の表情(怒り、恐怖、楽しさ、驚き、嫌悪、悲しみ)を表現した一連の顔写真を実験参加者にPCのディスプレイ上でマウスを使って素早く分類してもらう課題を行なった。その際、マウストラッキング技術を用いて、写真を見た時の第一印象の動きも追跡してデータを収集した。つまり表情をしっかり確認する前のマウスの動きを見ることで、第一印象ではどのように見えているのかがわかるのである。

 興味深いことにそれぞれの参加者は6種類の表情のうち2種類を似通ったものと受け止める傾向があり、これはその参加者自身が似通った感情であると感じていることが示されることになった。例えばある人々は“怒り”と“嫌悪”の表情をしばしば混同するのだが、それは当の本人が“怒り”と“嫌悪”を似通った感情として感じているからであるという。

 また別の実験では、各人がその6つの表情を実際にどのように認識しているのか、ある特定の感情にはどのような表情が相応しいと考えているのかを浮き彫りにする課題を行なった。6つの表情の典型例にランダムに僅かな修正を加えたものを2枚並べて、どちらがよりその感情に相応しい表情なのかを選んでもらったのだが、この一連の課題でも表情の解釈にかなりのバリエーションがあることが判明したのだ。

 我々の表情の認識は、相手の顔が物語るものだけを反映しているのではなく、見る側の感情への概念的解釈(conceptual understanding)もまた影響しており、他者の感情を理解するための手がかりとなる表情の解釈は、受け手の概念的解釈に依存するため、人によって若干異なることが示唆されると研究チームは説明する。

 同じ笑顔でも“苦笑い”や“作り笑顔”などいろいろあるが、相手の表情の“真意”に我々は意外にもあまり気づけていないことになりそうだ。

■他者の“恐怖”の表情は素早く検知できる

 表情を読み取るにあたっては人によってその解釈には結構な幅があることが指摘されているのだが、表情の変化に気づくことは進化人類学的に死活問題となる能力のようだ。特に危険に直面している人物の“恐怖”の表情にいち早く気づくことは、サバイバルの上ではきわめて重要であるからだ。

 思わぬ異変に気づくには、物事をクッキリと見る中心視野よりも、ある程度ボンヤリ見ている周辺視野のほうが重要であるといわれている。また周辺視野は解像度が低い分、詳細な視覚情報を得ることはできないのだが、潜在的な危険を素早く検知する能力に優れているとも考えられている。

 英・イーストアングリア大学の研究チームが2018年5月に学術ジャーナル「PLOS ONE」で発表した研究では、実験を通じてそれぞれの表情の“認識”と“検知”の実態を探っている。

 研究チームは14人の実験参加者に7種類の表情(怒り、恐怖、楽しさ、驚き、嫌悪、悲しみ、ニュートラル)をしている人物の一連の写真を見せて、その感情を判別してもらう課題を行なった。

 認知課題では、参加者の目の前で写真が中心視野、そして周辺視野である左右15度と30度の3パターンでランダムに表示され、その表情がどの感情を表現しているのかを判断してもらった。一方で検知課題では、その写真の表情が何らかの感情を表現しているのかどうかを素早く判断してしてもらったのである。

 実験の結果、“恐怖”の表情はその感情を認識するよりも素早く検知できていることが分かった。我々はやはり恐怖を感じている身近な人物を敏感に察知できるのだ。

 また“楽しさ”と“驚き”の表情も周辺視野で素早く検知し、より良く認識できることも示された。しかしながら“怒り”と“悲しみ”はあまり敏感には検知されず、その感情もまたあまり良く認識されていなかった。つまり“怒り”と“悲しみ”は無視されやすいということになる。

“恐怖”を顔にあらわしている人物を我々はきわめて敏感に察知できることが明らかになったのだが、あからさまな“恐怖”ではないにしても、なんとなく不安そうな“不安顔”の人もまた確かに気になるかもしれない。

■“目元の皺”は口ほどに物を言う!?

 ひと言で笑顔といっても、微笑、薄笑い、冷笑などいろいろあるが、本当にその人物がウソ偽りなく心の底から楽しんでいる笑顔を我々は判別できるという。そのカギを握るのが「デュシェンヌ・マーカー」と呼ばれる目元の筋肉の動きである。

 フランスの神経学者であるデュシェンヌ(Duchenne)の名にちなんだデュシェンヌ・マーカーだが、これによって作られた笑顔は目元に多くの皺が浮かんだデュシェンヌ・スマイルと呼ばれ、いわば“真の笑顔”であるとされている。

 これを確かめるため、米・マイアミ大学をはじめとする合同研究チームは、視野闘争(visual rivalry)と呼ばれる手法を用いて興味深い実験を行なっている。

 視野闘争実験とは、左右の目に異なる画像を同時に見せて、脳がどちらを重要視しているかを測定する実験である。実験参加者に同一人物のデュシェンヌ・スマイルと、デュシェンヌ・スマイルではない笑顔を左右の目でそれぞれ別々に同時に見てどちらを重要視するかが検分された。また笑顔のほかにも、悲しみの表情でもデュシェンヌ・マーカーがある表情とない表情を左右の目に同時に見せる課題も行なわれた。

 実験の結果、笑顔においても悲しみの表情においても目元に皺の寄ったデュシェンヌ・マーカーのある表情を優先的に知覚することが判明した。我々は目元に皺のある表情によりインパクトを受けているのである。

 また各種の表情の強さとその表情の“本物度”を評価してもらったのだが、これにおいてもデュシェンヌ・マーカーのある表情がより“本物”であると感じられていることも明らかになった。厳密にそれが正しいのかどうかは別にして、やはり我々は“真の笑顔”を判別していることになる。

“表情言語”の鍵の1つは、肯定的な表現と否定的な表現の両方を強めるように見える目の狭窄(デュシェンヌ・マーカー)であることを示唆していると研究チームは解説する。

 確かに心の底から楽しそうにしている“真の笑顔”を見せる人物は他より目立つように思えるし、そうした人物を見ればこちらも愉快な気持ちになるだろう。“目元の皺”は口ほどに物を言うということなのかもしれない。

参考:「NLM」、「PLOS ONE」、「University of Miami」ほか

文=仲田しんじ

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