「あのクソ野郎!」や「人間のクズめ!」という下品で悪辣な言葉をよく使う人々がいる。もちろんそうした言葉が本当に相応しい場合もあるのだろうが、それでもそうした人間性を貶める侮辱の言葉を使うことに思わぬリスクがあることが最近の研究で報告されている。
■無力感を感じると“ウソつきで気前が悪い”人物になる!?
米・ノースウェスタン大学の研究チームが2018年3月に心理学系学術ジャーナル「Psychological Science」で発表した研究では、人間性の欠如感と無力感が言動に及ぼす影響を探っている。
150人が参加した実験では、半数には普段の朝のルーティーン行動を書き記してもらい(コントロールグループ)、もう半数にはどういった状況や場面で人間としての無力感を感じるかを少し考えたり実体験を思い出したりして書き記してもらった。過去の無残で惨めな思い出を蒸し返してみれば、その内容によっては「あのクソ野郎!」という言葉が口をついて出てくるかもしれない。
その後、言葉を用いたパズルが4問出題されて、1問正解する毎に25セントの報酬が受け取れるという条件下で挑んでもらった。解答は自己申告だったのだが、実は4問のうち1問は絶対に解けないようにできている。したがって全問正解できたと申告して合計1ドルを受け取ろうとする者は“ウソつき”ということになるのだ。
収集したデータを分析した結果、朝のルーティーンを書き記したグループの“ウソつき率”は28.6%だったのに対し、人間性の欠如感や無力感を思い浮かべたグループでは46.6%と跳ね上がっていたのだ。
これに続く160人が参加した実験では、同様のライティング課題を行なってもらってから、今度は2つの問題が提示され、2つのうちのどちらかを選んで解いてもらった。2つの問題は一方は難しく複雑な問題で、他方はシンプルで簡単な問題であることが一目瞭然であった。そして研究チームは選ばなかったほうの問題は別の者が挑むことになると説明した。
結果は、朝のルーティーンを書き記したグループは66%が難しい問題を選んだ一方、人間性の欠如感や無力感を思い浮かべたグループで難しい問題を選んだのはわずか11%というきわめて大きなギャップが浮き彫りになった。人間性の欠如感や無力感に一度支配された者は非道徳的な“ウソつきで気前が悪い”人物ということになる。
研究チームはこの人間性の欠如感や無力感と非道徳的な行為は“負のスパイラル”に陥る可能性を指摘している。人間性を軽視することで言動が非道徳的になり、非道徳的行為を犯すことでさらに人間性を貶める発言を行ない、これがネガティブにループしていくのだ。
品性のない言葉遣いは自分に跳ね返ってくるということにもなり、自分自身のためにも発言には気をつけたほうがよさそうだ。
■人物評価は状況設定で変化する
ウソをついたり非道徳的な言動を行なって良いわけがないが、実のところ我々の道徳観念は時と場合によってはかなりフレキシブルであることが最近の研究で指摘されている。
ある1つの調査では参加者たちに「有能なスパイの採用を担当する」という状況設定で人物を評価してもらった。信頼のできなさ、つまり信頼性の低さは普通は人物評にネガティブな影響を及ぼすものだが、スパイの採用担当官という立場では、信頼できなさそうな非道徳的な人物がより高く評価される傾向が浮かび上がった。まさに生き馬の目を抜く諜報の世界では、信頼できない非道徳的な人間のほうが良い仕事ができそうに見えるのである。
また別の設定では裁判の陪審員の人物評価をしてもらったのだが、ここでも悪意に満ちた非道徳的な人物のほうが陪審員として有能であると評価された。実験ではこのほかにも不倫をしている人物、自己中心的な人物についても評価をしてもらい、いずれも状況設定次第ではその人物に対する好みと評価が変化することが突き止められた。
確かに人々に愛される“ワル”や“ダークヒーロー”といったキャラクターは存在するが、それは普通、その非道徳性を補って余りある別の魅力(外見など)を兼ね備えているからだと考えられているだろう。しかしながら今回の研究では、条件次第では不道徳さや品の悪さ、危険さや胡散臭さなどが実際に高い評価を受ける場合もあることが示されることになったのである。
■出会い系サイトは意外にもウソつきが少ない
ウソつきが多い場所といえばまず最初に挙げられるのがインターネットだ。特に出会い系サイトではウソまみれのコミュニケーションが交わされているイメージもあるだろう。
そこで米・オレゴン大学とスタンフォード大学の合同研究チームが出会い系アプリで交わされたユーザー200人のメッセージ約3000件を分析して、どれほどのウソがつかれているのか、その実態を調査している。分析されたメッセージは、ユーザー同士が最初に接触してから実際にデートをする前までの発見段階(discovery phase)と呼ばれる時期のものである。
分析の結果、意外にというべきなのか、明らかなウソのメッセージは全体の7%に留まった。イメージよりも意外にウソつきは少ないと言えるのかもしれない。ほとんどのユーザーはまったくウソをついていなかったのだ。
ウソの3分の2は「執事のウソ(butler lies)」と呼ばれる丁寧な断り文句で、出会いの日をセッティングする際に「その日は別の用事がある」とウソの口実を作ることなどである。それでもメッセージを交わすということは、将来のどこかの時点でデートする可能性は残していることにはなる。
プロフィールや経歴を“盛る”というウソもいくつかのケースで見られ珍しいことではなかったが、将来実際に出会えばバレる可能性も高いのであまり派手に“盛る”ことはできないだろう。イメージよりも意外に悪意あるウソは少ないと言えるのかもしれない。
ほかにも興味深い傾向が明らかになった。罪のないウソをついていると自覚している者ほど、相手もまたある程度ウソをついていると考える傾向が強いということだ。そしていつもウソをついているような常習的なウソつきユーザーはきわめて少ないという。
出会い系サイトでのウソは戦略的に行なわれるもので(SNSなどに比べて)制約が厳しいことがデータで示されており、ほとんどのメッセージは誠実なものであり、新しいロマンティックな関係を築くためのポジティブなものであると研究チームは説明している。いわば“言いっ放し”のSNSとは違い、その後に現実に会うことが予期される出会い系サイトではむしろウソがつきにくいといえるのかもしれない。
参考:「Northwestern University」、「PNAS」、「Oxford University Press」ほか
文=仲田しんじ
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