あわや交通事故に巻き込まれそうになっても、身体が機敏に反応してうまく身をかわすことができれば当然、生存率は高まる。しかしそういう単純な話以上に、リアクションタイムは寿命に関係しているというから興味深い。
■リアクションタイムが短い者ほど長生き
よーい、ドン! でスタートを切る陸上短距離種目はもちろんのこと、各種の球技や格闘技でも、俊敏なリアクションタイム(反応時間)はきわめて重要である。
リアクションタイムに優れていればスポーツでは確実に有利だが、人生という広い意味での“生き残りレース”でも敏速なリアクションタイムにアドバンテージがあることが最近の研究で報告されている。
英・グラスゴー大学、エディンバラ大学の研究チームが2019年4月に「Intelligence」で発表した研究では、リアクションタイム及びIQ(知能指数)と死亡率の関係を探っている。
研究チームは、スコットランド西部に住む人々の1986年からの健康データを29年間にわたって追跡調査した。調査の中には健康診断データと共にIQとリアクションタイムも含まれている。
調査対象となった1350名は1986年の時点で平均年齢56歳で、その後29年の間に833名が何らかの原因で亡くなっていた。死因は多い順に、循環器系疾患、がん、呼吸器系疾患、認知症で、85人は1つの原因を特定できない合併症などである。
データを分析した結果、この間に亡くなっていた人はIQが低く、リアクションタイムが遅くてばらつきがあるとい傾向が明らかになった。またその一方で別の特徴として「男性喫煙者」も浮かび上がった。
IQは社会的、文化的な要素も影響を及ぼし、場合によっては正確に計測できないケースもあり得るが、その点でリアクションタイムは個人の資質にあまり関係なく計測できる。したがって早期死亡を予測するものとしてリアクションタイムはより正確な指標になると研究チームは説明している。中高年以降になっても機敏な動きができるように体調を整えたいものである。
■運動神経を鍛える最新トレーニング法
禁止薬物の検出で処分を受けるアスリートがいる一方で、最先端の科学的トレーニングでは神経科学からのアプローチでリアクションタイムの短縮を含む運動神経の向上を促す特殊なトレーニング法が開発されている。
筋力や持久力とは違い、これまで運動神経は“持って生まれたもの”というのが主流の考えであったが、今はハイテクなトレーニング機器を使って養成することが可能になったのだ。
これまでMVPに2度輝いているNBAプレーヤーのステフィン・カリーは、「FITLIGHT」というトレーニング機器を用いて敏捷性、ボディバランス、動作の協調性、そしてリアクションタイムの向上を図っている。「FITLIGHT」のシステムでは、ディスク状の明滅する機器をいくつも用い、光った部分になるべく早くタッチするなどして敏捷性を鍛えるものだ。さらに光らせた機器の特定の組み合わせで、バスケットボールの特定の動き(例えばジャンプシュート、レイイン、フローター)をするように決めておくことでさらに複雑な動きが可能になる。
同じくNBAプレイヤーのカワイ・レナードはストロボグラス(strobe glasses)という特殊なグラス(ゴーグル)をかけてトレーニングをしている。このストロボグラスはまさにカメラのストロボのように任意の間隔で光がフラッシュし、これをかけて練習することで適度な“妨害”が入り、脳の情報処理に負荷をかけることができる。脳を鍛えることがプレイ中の素早い判断と身のこなしに繋がるのだ。
人体の感覚受容体の7割が目だけにあるといわれていて、視覚情報の処理速度は運動神経に直結すると考えられている。競技能力の向上はまさに目と脳を鍛えることにかかっているのである。
このほかにもNFLプレイヤーのTJ・キャリーやアメリカ代表のスキーチームなどは「Halo Neuroscience」という最新のトレーニングシステムで脳を鍛えるのに余念がないという。最先端のスポーツトレーニングの世界は、運動神経を直接鍛え上げる時代に突入していると言っても過言ではなさそうだ。
参考:「ScienceDirect」、「GlobalSport Matters」ほか
文=仲田しんじ
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