メンタルに危険を及ぼす“笑顔のダークサイド”とは

サイコロジー

 友好な対人関係を構築・維持することにおいて笑顔は重要な感情表現だが、特にビジネスにおいては必ずしも有効でなく、またいくつかの問題をはらんでいることが指摘されている。

■仕事メールにおいて“スマイリー”は良く思われない

 気持ちを伝えるのに何かと便利な絵文字だが、ビジネスにおいてはあまり良い印象を持たれないことが最新の研究で指摘されている。

 イスラエルのネゲヴ・ベン=グリオン大学とハイファ大学、オーストラリア・アムステルダム大学の合同研究チームが2017年8月に社会心理学系ジャーナル「Social Psychological and Personality Science」で発表した研究では、29ヵ国549人の実験参加者の協力で、笑顔が与える印象を探った実験を報告している。

 最初の実験では、参加者は面識のない人物から送られてきた仕事関連のメールの文面を見て、送信者の職務上の有能さと人柄の温かさを想像して評価してもらった。

 回答データを分析した結果、笑顔の絵文字(スマイリー)が入ったメールは、その目論見に反して人柄の温かさを向上させるものではなく、その一方で有能さのイメージを減少させていることがわかった。つまり仕事関連のメールでスマイリーを使うことは何の利益も生まないどころか評判を下げていることになる。

 別の実験では写真の人物を評価をしてもらったのだが、ここでも笑顔の人物は職務上の有能さが低く評価される傾向が明らかになった。しかしながら仕事に関係しないケースにおいては、笑顔は温かくフレンドリーな印象を与えている。

 またメール送信者の性別がわからない場合、スマイリーが含まれたメールの送信者は女性であると思われることが多くなるという。しかし女性であることが、有能さとフレンドリーさの評価に影響することはないということだ。

「スマイリーはバーチャルな笑顔であると受け止められますが、ビジネスシーンでは少なくとも初対面である限りにおいて、文中にスマイリーを記すことは誤った行為となります。スマイリーはすでにかなり面識のある相手にだけにしか笑顔の代替物にはなりません」とネゲヴ・ベン=グリオン大学のエラ・グリクソン氏は語る。

 スマイリーを使う側は、実際のフェイス・トゥ・フェイスの状況を想定して記していると思われるが、Ccメールなどで初対面の相手にも届く場合には注意が必要なのだろう。

■幸福追求のダークサイドとは

 2016年にアメリカの労働関連で興味深い出来事があった。全米労働関係委員会(NLRB)は、企業が従業員に常に笑顔でいることを強制してはならないという条項を全米労働関係法に加えたのだ。

 これは移動体通信サービス会社の「T-Mobile」の就業規則に従業員は「ポジティブな職場環境の維持に務める」とあり、NLRBはこれが労働者の権利を侵害しているとして同社に削除撤回を求め、これに関する新たな条項を法制化したのである。昨今、心理学系の専門家たちがサービス業の笑顔の接客が従業員のメンタルヘルスに悪影響を与えることを指摘している背景もこのNLRBの判断に影響していそうだ。

 つまりサービスの現場で企業は従業員に笑顔の接客を強制してはならないことになるが、メンタルへのリスクがあるのはサービス業に限った話ではない。意識するしないに関わらず自分から常に幸せを求めるのは危険であると専門家が指摘しているのだ。

 発売されるやベストセラーになった『Stand Firm: Resisting the Self-Improvement Craze』の著者でデンマーク・オールボー大学の心理学教授、スベント・ブリンクマン氏は“ポジティブ文化”にはダークサイドがあることを指摘している。

 もちろん自然な状態で明るくハッピーであるぶんには問題はないのだが、ブリンクマン氏によればいわゆる自己啓発本を読むのが好きで常に幸福であらねばならないと考える人には大きな落とし穴があるという。

 常にハッピーでいようとすれば、不幸な人を無視することになるだろう。あるいは不幸な人は彼らの自業自得でアンハッピーになっているのだと見なすようにもなる。しかし人生には不可避の不幸や不運が訪れることもあるのだ。こうしたネガティブな事態や感情を受け入れる用意がなければ、突然の不運が致命的なダメージになってしまうのである。

「人生にはワンダフルなことが次から次に来ることもあれば悲劇もやってきます。身近な人の死に直面したり、モノやお金を失うこともあります。もしネガティブな事態を受け入れる心の準備がなければ、これらの不運がより激しく襲いかかることになります」とブリンクマン氏は著書で述べている。

 そしてネガティブな感情にもそれぞれ意味があることも指摘している。罪悪感はモラルの維持のために欠かせないものであるし、怒りは正義のため、そして悲しみは悲劇に対処するためにそれぞれ必要な感情であるということだ。人生には笑いもあれば涙もあるものだということを再確認したい。

■高EQはストレスに苛まれやすい

 感情にまつわる話題といえば、心の知能指数、いわゆるEQ(Emotional Intelligence Quotient)はビジネスの成功や豊かな人生を送るための鍵を握る能力としてポジティブにとえられている。他者の気持ちを汲み取ることに優れ、商機やチャンスを逃さない高EQの人々は羨まれることも多いが、しかし最近の研究ではこのEQが高い人はストレスに苛まれやすいというネガティブな側面が報告されている。

 2016年にドイツの研究チームが発表した研究では、166人の学生のEQを測定し、模擬就職面接に臨んでもらう実験を行なっている。面接では厳(いかめ)しい顔の面接官を前に自己アピールをしてもらい、その前後に唾液中のコルチゾールの値をチェックした。コルチゾールは別名ストレスホルモンとも呼ばれ、ストレスを受けると多く分泌される。

 実験の結果、EQの高い学生ほど面接後に強いストレスを受けている傾向が浮き彫りになった。高EQの学生は厳しい表情で感情をあらわさない面接官に対しては、さまざまな憶測をめぐらせるために強いストレスにさらされてしまうようである。対等の立場にある人物であれば、場合によっては相手を操作することもできるといわれる高EQの人物だが、上下関係が固定した状況ではさまざまな逆転方法を模索するなどしてより強いストレスを受けてしまうということだろうか。

 高EQのネガティブな一面が示唆されることになったのだが、2002年の研究では、高EQの人物はうつ気分と絶望感に苛まれやすいという報告もある。また2013年の研究では高EQの人物は自分の利益のために他者を操作して利用する可能性が高いことも指摘されている。こうなると完全に“悪者扱い”である。

 しかし高EQの人物は基本的にはその名の通り同情心溢れる人物である。他者の心の痛みがわかるだけに、他人の不幸にさえ責任を感じてストレスを受けてしまうこともある。いずれにしても高EQの人物は自分がきわめて対人関係でストレスを受けやすいことを自覚し、時には他者の不幸にあまり注目しないようにするといった自衛のための心構えも必要とされているのだろう。

参考:「Ben-Gurion University of the Negev」、「Quartz」、「Scientific American」ほか

文=仲田しんじ

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