優れたマラソンランナーに特有の“マラソンランナー菌”が存在する!? マラソンランナーは独特の腸内環境を持っていることが最近の研究で報告されている。
■“マラソンランナー菌”が存在する
東京五輪を来年に控え、各競技のアスリートたちに注目が集まる昨今だが、優秀なマラソンランナーの強さの“秘密”の一端がサイエンスによって解き明かされている。腸内に“マラソンランナー菌”があったのだ。
米・ハーバード大学医学大学院をはじめとする合同研究チームが2019年6月に「Nature Medicine」で発表した研究では、マラソンランナーの腸内環境を分析してその特徴を探っている。
研究チームは2015年のボストンマラソンに出場した15人のエリートランナーのレース前後の検便データを分析し、ランナーではない10人の便との微生物の構成を比較した。
収集したデータを分析したところ、レース後のランナーの便にはベイロネラ(Veillonella)属の「Veillonella atypica(V.atypica)」というバクテリアが著しく多くなっていることが判明した。このV.atypicaこそがまさに“マラソンランナー菌”ということになる。
研究チームはこの“マラソンランナー菌”が非ランナーの有酸素運動のパフォーマンスを向上させるのかどうか、マウスにV.atypicaを投与する実験も行っている。そしてV.atypicaを投与されたマウスは投与されていないマウスよりも平均13%、回し車で長い距離を走っていることも判明した。
今回の研究結果を人体に適用させるにはまだいくつかのハードルがあるということだが、薬剤で持久力を向上させる可能性ばかりでなく、2型糖尿病や心臓疾患の新たな治療薬開発の可能性も広がっているということだ。ひょっとすると将来、この効き目抜群の“マラソンランナー菌”がスポーツ界で“禁止薬物”になる日が来るのかもしれない。
■加工食品の悪影響を打ち消す腸内細菌
持久力を高めてくれる腸内細菌が話題になっているわけだが、また別の意味で注目を集めている腸内細菌もある。加工食品の悪影響を打ち消してくれる腸内細菌があるというのだ。
米・ワシントン大学医学部をはじめとする研究チームが2019年10月に「Cell Host & Microbe」で発表した研究では、マウスを使った実験で特定の腸内細菌が加工食品摂食のネガティブな影響を解消してくれることを報告している。
現代社会をとりまく食環境の中にあって、加工食品、超加工食品の人体への悪影響が問題になっている。加工食品はその加工のプロセスでメイラード反応産物(MRP)が生成される。
血液中にMRPが増えることは、糖尿病やアテローム性動脈硬化症などの老化を早める疾病の発症に関係があるといわれている。また腎障害を引き起こす可能性や発がん性も指摘されている。
研究チームはコリンセラ・インテスティナリス(collinsella intestinalis)という腸内細菌に着目し、無菌状態で飼育したマウスにこのコリンセラ・インテスティナリスを投与して腸内に定着させてから、加工食品をエサとして与えた。
腸内にコリンセラ・インテスティナリスが定着したマウスは、加工食品の摂取で取り込んだMRPを無害な代謝物に分解し、さらにコリンセラ・インテスティナリスのレベルを高めることができたのだ。
研究チームは今回の発見がより栄養価が高く有害性の低い加工食品の開発に役立つことを思い描いている。腸内細菌の持つ“スーパーパワー”を我々はもっと活用していかなくてはならないのだろう。
■ビーガンダイエットで腸内環境が著しく改善
ぜひとも腸内環境を良好に保ちたいものだが、どのような食生活を心掛ければよいのだろうか。最新の研究ではやはりというべきか、野菜を中心とした食生活にアドバンテージがあることが報告されている。
米・ワシントンの「Physicians Committee for Responsible Medicine(責任ある医療のための医師会)」のハナ・カフロバ医師が2019年9月にスペイン・バルセロナで開催された欧州糖尿病学会(European Association for the Study of Diabetes、EASD)の年次会議で発表した研究では、16週間のビーガンダイエットによって、体重、体組成、血糖コントロールの改善に関連する腸内細菌を増やすことができることが示されている。
実験参加者に16週間のビーガンダイエット(動物性食材を排除)を続けてもらい、その後腸内環境を含む詳しい健康診断データが収集された。
16週間後、参加者は平均5.8キロの減量を達成し、特に内臓脂肪をはじめとする体脂肪が減少した。またインスリン感受性も大幅に改善していた。
また体重と体脂肪、内臓脂肪の減少に関係しているとされる腸内細菌、フィーカリバクテリウム・プラウスニッツィイ(Faecalibacterium prausnitzii)と、同じく体重と体脂肪、内臓脂肪の減少に加えてインスリン感受性の向上に関係しているバクテロイデス・フラジリス(Bacteroides fragilis)が腸内で著しく増えていることも突き止められた。
野菜、穀物、豆類を中心にしたビーガンダイエットを4ヵ月続けることで健康的に減量して腸内環境が改善できることが示された今回の研究だが、研究チームによれば腸内環境にとって最も重要なのは相当量の食物繊維の摂取であるという。16週間を越えて完全にビーガンになるのは人によっては難しいかもしれないが、いずれにせよ野菜を毎日よく食べることが健康の鍵を握っているということだろう。
参考:「Nature」、「ScienceDirect」、「NLM」ほか
文=仲田しんじ
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