ポジティブシンキングがもたらす3つのメリット

サイコロジー

 例えば5年後の自分の姿を想像してみると、はたして今現在よりも良くなっているのか、それとも悪くなっていると思うだろうか。楽観的な人もいれば悲観的な人もいるのはご存知の通りだが、我々は齢を重ねるほどにおおむね楽観的になることが最近の研究で報告されている。

■30代半ばから40代で“楽観主義”度が上昇

 夜も眠れないほどの心配をした経験は、人生はいつもうまく運ぶわけではないことを痛感する体験になるだろう。若さゆえの悩みや心配事は幾多の文学や物語で描かれているが、それでも我々は齢をとるほどに徐々に楽観的になっていることが最近の研究で明らかになっている。

 米・カリフォルニア大学デービス校の研究チームが2019年3月に「Social Psychological and Personality Science」で発表した研究では、長期に及ぶ追跡調査で人々の楽観主義度、悲観主義度の経年変化を探っている。

 研究チームは26歳から71歳の1169組のメキシコ系アメリカ人のカップルを7年間にわたって追跡調査した。7年間の間にそれぞれのカップルは4回、楽観主義度と悲観主義度を計測するテスト(Life Orientation Test、LOT)を受けてデータが収集された。

 データを分析した結果、人々の楽観主義度は20代で最も低くなり、その後30代半ばから40代でじわじわと上昇しはじめ、55歳でピークに達してそのまましばらく高止まりしている傾向が突き止められた。若い時期に悩みが多くとも、20代を乗り越えて30代も半ばにもなれば徐々に気分が好転してくることになる。

 2018年の研究では人々の自尊心(self-esteem)が60歳にピークに達するという報告があるのだが、今回の研究はそれと重なり合う部分が大きい結果となった。

 30代半ば以降は例えば結婚や昇進なと、人生の上でいくつかの重要な出来事があると思われるが、ポジティブなイベントを体験するとやはり楽観主義度は高まるのだが、一方でネガティブな体験をしても、それが楽観主義度を低下させる原因にはなっていないこともまた判明した。

 現在20代で将来に希望があまり感じられないという向きでも、そう早合点せずに長期的な観点に立ってみるべきであることが、サイエンスの側から指摘されているようだ。

■ポジティブシンキングがもたらす3つのメリット

 楽観主義の程度が高まるということは、それだけ気分的に前向きになれるということでもある。そしてこれは単に“気分の問題”にはとどまらないという。楽観主義は実際に心身の健康にも繋がっているということだ。ライターのジュリア・グェルラ氏がポジティブシンキングがもたらす3つのメリットを解説している。

●楽観主義は健康的な食生活を選択する
 かつてのJACC(Journal of the American College of Cardiology)の研究で、楽観主義者は一般的に健康的な食生活をキープしていることが報告されている。具体的には野菜と果物をより多く消費し、加工肉とスイーツをあまり摂取しない食生活である。そして健康な食生活はもちろん、心身の健康に寄与する。

「自分の考え方の傾向をよく調べ、前向きな考え方をすることを日々の習慣にすることで、化学的反応と感情的なデフォルトモードとしての幸福を生み出す能力が書き換えられます」と行動科学者で対人関係コーチのクラリッサ・シルバ氏は語る。

「これらのレベルを高めるための最善の方法は、意識的にポジティブな結果に焦点を合わせることを日々実践することです」(クラリッサ・シルバ氏)

●ポジティブシンキングは人を運動へと誘う
 米・ノースウェスタン大学フェインバーグ医学院のダーウィン・ラバース教授が率いる研究チームがかつてJACCで発表した研究によれば、楽観的な考え方は「運動習慣に関連している」と報告している。

 また相応のカロリーを消費する激しい運動でなくとも、たとえばヨガや太極拳のような運動でも肉体と精神の双方の健康に有益であることをレノックス・ヒル病院のロバート・グラッター助教授が指摘している。

「毎日の瞑想、ヨガ、太極拳は、血圧を下げ、不安がもたらす身体的症状を軽減することが示されていて、同様にうつ症状の軽減にも繋がっています。マインドフルネスを実践することは、健康を改善するための最も効果的な方法の1つです」(ロバート・グラッター助教授)

●楽観的な笑顔でストレスが低減する
 自分の力ではどうすることもできない外部の要因が影響し、結果が予想できないケースでは何かと不安になるが、それでも楽観的な笑顔でいることでストレスが軽減できるということだ。

 心理学博士で公認の臨床ソーシャルワーカーであるダニエル・フォーシー博士は物事が自分のコントロールを離れている場合でも、冷静沈着で落ち着きを保っていることで、望む結果を想像するのと同様の効果になるという。

「将来についての空想の形での前向きな思考は、うつ病の症状の減少と全体的なポジティブな幸福に関連することが研究によって示唆されています」とフォーシー博士は語る。

 つまりあまりうまく行きそうにない物事でも、楽観的に考えることでうまく行かなかった時のダメージを減らし、楽観視が習慣化することでストレスを寄せつけなくなるということである。心配したところで結果は変わらないのであれば、確かに前向きに考えて何も損することはないということだろうか。

■我々の80%は“楽観主義バイアス”を持っている

 いらぬ心配をするよりは楽観的でいたほうが良さそうであることが指摘されているのだが、そもそも我々の多くはたいていは楽観的であることが神経科学の知見から報告されている。

 英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの神経科学者であるターリ・シャーロット教授はいわゆる楽観主義バイアス(Optimism Bias)のエキスパートである。楽観主義バイアスとはポジティブな経験を過大評価する一方、ネガティブな可能性は過小評価する傾向(バイアス)のことだ。シャーロット教授によれば我々の実に80%が程度の差こそあれ基本的に楽観主義バイアスで自分の人生を評価しているという。我々の多くは楽観主義による心身へのメリットをすでに享受していたのである。

 一方で軽度のうつ病を持つ人々にはこうしたバイアスがなく、その時々で楽観的な側に立ったり悲観主義的な考え方をしているといわれ、重度のうつ病の人は将来良くないことが起き、事態は悪くなる一方であると考える“悲観主義バイアス”を持っているという。

 では楽観主義度を高める方法があるのだろうか。心理学者のマーティン・セリグマン氏らがうつ傾向のある人々を対象にした“楽観主義トレーニングプログラム”を開発して一定の効果が確かめられている。その鍵は物事の“解釈”を楽観パターンにする“癖”をつけることにある。

 こうして自分の人生上の体験に限定するならば楽観主義者になれる方策がないわけではないのだが、難しいのは我々の社会やコミュニティの将来に対する楽観である。ご存知のように今日の社会では気候変動やマイクロプラスチック汚染などの環境問題や、超高齢化や移民の流入などの社会問題が山積している現実がある。

 我々は個人的には楽観主義者でいることができるのだが、一転して自分たちが属する社会についてはなかなか楽観視することはできないという。

 シャーロット教授によれば、我々が社会の未来を楽観視できないのは社会に対して“コントロール感”が持てないからであるという。自分の人生は自分でコントロールできるという信念を抱きやすいが、一方で我々の多くは社会をコントロールできないと感じているのである。したがって国家や社会の将来に対してポジティブに考えられなくなっているのだ。

 社会に対する“コントロール感”を得るためには基本的には社会問題への関心と“政治参加”ということになりそうだが、多くにとってはなかなか高いハードルだろう。それでも少なくとも社会に対する関心を持ち続けることで、社会の未来に対する悲観主義をいくらかでも和らげられると言えるのだろうか。

参考:「SAGE Journals」、「Elite Daily」、「WPR」ほか

文=仲田しんじ

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