授業中にボンヤリと考え事をしていて先生に注意された経験があるだろうか。あるいはよく注意されている同級生がいなかっただろうか。通信簿に“注意散漫”と書き込まれてしまいそうなこうした“ボンヤリ癖”なのだが、最近は時と場所さえわきまえればボンヤリ癖は決して悪いものではないことがいくつもの研究で指摘されていて興味深い。
■“ボンヤリ癖”は知能とクリエイティビティの高さを示す!?
人間の脳は何もしていない時でも、言葉にならない思いをめぐらせ、数値化できない評価をしたりするなど、実は案外活発に動いているものだ。これはDMN(デフォルト・モード・ネットワーク)と呼ばれる脳の働きで、脳が“準備体操”をしている状態だと考えられている。DMNの状態からはスムーズに意識的な行動に移ったり、周囲の変化に対処することができるという。
米・ジョージア工科大学の研究チームは、112人の安静状態の脳のDMNの活動をfMRIでモニター・記録し、“ボンヤリ”時の脳の活動を分析している。
実験参加者は、1つの点を見つめた状態で5分間、脳の活動をモニターされ、その後日常生活の中でどれくらいの頻度でボンヤリしたり、現在の状況にまったく関係ないことに思いをめぐらせているのかなど、マインドワンダリング(mind wandering)関する詳細な質問に回答した。
脳活動のデータと調査の回答を分析したところ研究チームは、ボンヤリしがちな傾向と、知能・創造性の高さに関係性があることを突き止めたということだ。
ボンヤリ癖のある人は、脳のDMNの活動において脳の各領域の接続が密接で、さらに知能テストと創造力テストにおいて成績が高い傾向があることがわかった。つまりボンヤリ癖は知能の高さを示すものであったのだ。
研究はまだ初歩的段階であることは研究チームも認めているが、今後のさらなる研究で、知能の高い児童の理解など教育現場に新たな知見をもたらすことなどが期待できるということだ。ボンヤリ癖のあるお子さんをお持ちの親御さんは、それほど心配することはないのかもしれない。
■意図的なマインドワンダリングで創造的になれる
そしてこのボンヤリ癖=マインドワンダリングをもっと戦略的に活用できる可能性が指摘されている。
ドイツのマックス・プランク研究所と英・ヨーク大学の合同研究チームが2017年2月に発表した研究では、意思決定やアイディアの獲得において、ある種の人々はマインドワンダリングのテクニックを使って効果的に行なっているという。いったいどういうことなのか。
ボンヤリ癖のある人々の脳の前頭前野領域の皮質はより厚く、意識的にマインドワンダリングを行う人は、記憶にある情報に焦点を当ててアクティブになるDMNと、集中状態を安定させ無関係な情報の影響を阻む前頭頭頂ネットワーク(frontal-parietal network)の2つの主要な脳のネットワークが共鳴する動きを見せていることもわかったというとだ。
脳内のこの2つのネットワークが強く結びつくことで、我々の思考はより安定し、目標へ到るプロセスにより集中できるという。これは我々が故意にボンヤリしたとしても、メンタルのコントロールは損なわれていないことを示すものになる。そしてマインドワンダリングをある程度コントロールできればその効能を最大限に活用することができるのだ。
つまり意思決定や企画立案などに際して、いったんその案件から離れて思考を脳にまかせてみる(マインドワンダリングしてみる)ことで、脳のネットワークの結びつきが密接になり、より良い意思決定が下せたり、優れたアイディアが生み出せる可能性が高まることになる。
実は自覚するしないに関わらず、特にクリエイティブな仕事に携わっている人々の中にはこのメカニズムを活用している人は少なくないという。クリエイティブ活動にとどまらず、意思決定や問題解決の際にはこのマインドワンダリングの効能を意識してみてもよさそうだ。
■ドライブ中の70%は“ボンヤリ”している!?
“ボンヤリ”していることは、その見た目にからは意外なほど知的でクリエイティブな状態になっていることが指摘されているのだが、あまりボンヤリとしてはならない場所や状況ももちろん存在する。真っ先に挙げられるのは自動車の運転中だ。そしてマインドワンダリングが厄介なのは、スマホなどを身体から離していても――つまり電子機器などがまったくない状態でもできてしまう点である。
運輸省と道路交通安全局の関係者を含むアメリカの研究者チームは、運転中のマインドワンダリングを定量化するための実験を行なっている。もちろん実際の運転では危険なので、参加者には脳活動をモニターした状態でドライビングシミュレータを1回20分、1日2回を5日間にわたって運転してもらった。これはつまり車通勤での往復を想定したドライビングで、運転する道路は交通量が少なく高速道路を含む単調で退屈なルートである。5日も運転していればまさに実際の車通勤のように慣れ親しんだものになる。
運転中には参加者のスマホにランダムな間隔でブザーが鳴るようにプログラムされていて、画面から「今ボンヤリしていましたか?」という質問が投げかけられる。そして参加者はこれに正直にYesかNoかで答えるのだ。しかしながらどちらを答えたとしても、脳活動の状態から当人がマインドワンダリングの状態にあったかどうかは判別できる。
参加者の脳活動データを分析した結果、なんとシミュレータ運転中の時間の70%以上をマインドワンダリンクの状態で行なっていることがわかった。我々は車を運転している時間の7割、“ボンヤリ”してハンドルを握っているのだ。しかしながら脳がDMNの状態であるならば、周囲の変化に柔軟な対応ができるはずであり、必ずしも危険というわけではないだろう。ボンヤリしていても眠いわけではないからだ。
研究チームによれば、帰路にあたる2回目のドライブのほうがよりマインドワンダリングになる傾向があり、ボンヤリしていたという本人の自覚はマインドワンダリングの時間の65%に留まるということだ。
「マインドワンダリングは人間存在の不可欠な部分であり、避けられないものです。それは、オフィスで長い1日を過ごした後にメンタルを回復する方法かもしれません。私たちがまだ確かめられないでいることは、それが運転中にどれほど危険であるのかということです」とジョージ・メイソン大学のキャリル・ボールドウィン氏は語る。
特に長距離ドライブなどでは常に運転に集中しているというわけにもいかず、多くの時間をDMNの状態で運転することになるだろう。しかしながら運転中の70%でボンヤリしているのだとすれば、ドライブの安全性を確保する観点からはやはり自転運転のような自律輸送システムの開発と普及がますます説得力を持ちはじめる。もちろん事故の際の法的整備などはまだ整っていないが、こうしたことからも自動運転車の開発と運用は否応なく進められていきそうだ。
参考:「National Library of Medicine」、「ScienceDirect」、「Frontiers」ほか
文=仲田しんじ
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