ベジタリアンはSNSで料理写真を投稿しないほうがいいのか!?

サイコロジー

 ストレス解消の方法はいろいろあるが、一部にとって“わかっちゃいるけどやめられない”のが、ストレス解消が食べ物に向かってしまうことだろう。食べることでストレスを解消する行為の厄介なところは、一時の感情に支配されてあまり自覚のないままに行なってしまうケースがあることだ。そして我々のイメージよりもはるかに“ヤケ食い”が蔓延していることが最近の研究で報告されている。

■成人の38%がストレス解消のために“ジャンクフード”を口にしている

 心配事やストレスなどがある時に気を紛らすために食べることは感情的摂食行為(emotional eating)と呼ばれていて、つまり“ヤケ食い(stress eating)”に近い意味がある。もちろんストレスが解消できるのであればメンタルの健康にとって良いことではあるが、身体のほうが別の問題に直面することは火を見るより明らかだ。

 しかしこの感情的摂食行為は世に広く浸透していて、アメリカ心理学会の調べでは成人の38%がストレス解消のために何らかの“ジャンクフード”を口にしているという。そして2017年3月にオーストリア・ザルツブルク大学の研究チームが、気分と不健康な摂食習慣の関係を探った研究を発表している。

「空腹が原因ではない摂食行為に着目しました。感情的摂食行為はすぐに手が届く快適な食べ物(ジャンクフード)によって高められた食欲に関係があると考えています」と研究を主導したイェンス・ブレッヘルト氏は語る。

 女性は摂食障害の影響を受けやすいこともあり、研究では主に女性の摂食行為を分析している。実験室での実験と“食事日記アプリ”に記されたデータを用いて、女性の食生活と感情との関係が考察された。

 同大学が実施した以前のオンライン調査で、幸せな気分でいる人々が食べている量を基準にすると、恐怖あるいは怒りを感じている人は食事量が少ないことが分かっている。

 人は恐怖に襲われると闘争・逃走反応(fight-or-flight response)が引き起こされ、アドレナリンとコルチゾールが放出される。この時のコルチゾールによって身体がいつでも動けるようになることと引き換えに食欲を抑制していると考えられる。戦うか逃げるかする可能性があるときには、確かに食がすすむ筈もないだろう。

 その一方で、悲しみと失望(フラストレーション)に襲われている場合は食事量が増えることが今回の研究で突き止められ、過食症に繋がるものにもなることが示唆されることになった。

 過食症は特に10代後半から20代前半の女性に多いと言われていることから、この時期の女性の精神状態の理解が治療法の開発に繋がるものとして期待されているようだ。ヘコんでいたり悔やんでいる時に“ヤケ食い”したくなるのは人情というものかもしれない。しかしながら運動や入浴など、食べる行為以外でストレスを解消できる手段も身につけておきたいものだ。

■食習慣を変えるのは進化人類学的な難事業

 減量を決意し、一念発起して食生活を変えたことがある人は多いだろう。その結果、見事に目標の減量に成功してからは、変えた食生活をそのまま維持していくのかどうかが問われることになるが、実際はなかなか難しいようだ。我々は短期的に食習慣を変えることはできるものの、成人になってからベースとなる食習慣を変えるのはかなり困難であることが各種の研究から指摘されているのだ。それは各人の意思の強さの問題というよりも進化人類学的に難しいのである。

 各種のダイエットプログラムを提供している「Green Mountain at Fox Run」のエグゼクティブ・ディレクター、カリ・アンダーソン氏が、我々が食習慣を変えるのがいかに難しいのかを解説している。そのポイントは3つあるようだ。

1.サバイバルのため
 人間の脳の最も原始的な部分はいわゆる“爬虫類脳”といわれているが、この爬虫類脳が食べ物にきわめて強力に執着しているのである。爬虫類としてのサバイバルのためには食料がきわめて大きな割合を占めているからである。したがってそれまでの食習慣を変えるということは、生活の安心と安全を脅かすものになるのだ。

 例えば養子縁組で食料不足の国や地域から先進国へ来た子どもたちは、カバンや自分の部屋に食べ物を蓄える傾向があるということだ。食べ物に不安がない環境にあっても、かつて味わった食料不足という“恐怖”を引きずっているのである。

2.食事は社会的なものでもあるため
 文化的な生活の中にあっては、食事は単なる栄養補給以上の行為である。人々が一定時間以上集まった場では、たいていの場合は食事(場合によってはアルコールも)は必要不可欠であろう。食事は単に個人が腹を満たすという以上に、ソーシャルなものでもあるのだ。

 人間関係を深める手段としても、会食や宴会など飲食が有効に活用されているのは周知の事実であり、食べ物を咀嚼している最中の顔をお互いに見ることで神経科学的にも相互交流が深まると言われている。つまり食事はきわめて社交的な行為であるため、ダイエットとはいえ自分ひとりのためだけには食習慣を変え難いという側面もあるのだ。

3.ストレスと疲労のため
 先の話に繋がるものにはなるが、ストレスや疲労に襲われていると摂食行為に理性的な判断ができなくなり、衝動的な欲求を満足させるための感情的摂食行為に繋がりやすい。この感情的摂食行為は“爬虫類脳”の仕業ではなく、もう1段高次の“哺乳類脳”のなせる業であるということだ。

 いずれにしてもきわめて根深い事情により、我々の食習慣はなかなか変え難いということになる。しかしながらこうした不利な要因をよく理解することで、周囲から“浮く”ことなく食習慣を律することもできるのが“人間脳”であるはずなのだが……。

■健康的な食事のイメージが悪化している?

 根底から食生活を健康的なメニューに変えるためには、よく考えた長期的なプランが必要とされてきそうだが、前出の「食事は社会的な行為である」という側面もなかなか厄介だ。最近の研究では、「行き過ぎた健康志向」が昨今徐々に悪いイメージを抱かせるものになっていることを指摘している。つまり健康的な食習慣を維持している人物は、ネガティブな印象を抱かれやすいというのである。

 ファッション界で“痩せすぎモデル”の起用を規制しようとする動きなど、最近は世界的に「行き過ぎた健康志向」に対する認識を改めようとするトレンドが起っている。

 新たに定義された神経症的症状に、オルトレキシア・ネルボーザ(orthorexia nervosa)というのがある。省略してオルトレキシアと呼ばれることが多いのだが、むりやり日本語に意訳すれば、“正義の健康強迫神経症”とでも形容すべきもので、“これが正しい”と思い込んだ健康法や食事メニューに病的なまでに執着する症状である。“激ヤセ”したハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーもオルトレキシアではないかといわれている。

 その一方で、アメリカのベジタリアンやビーガンといった“意識高い系”の人々の間で少し前からトレンドになっているのが、オーガニック食材などの健康的なメニューの食習慣である“クリーンイーティング”だ。このクリーンイーティングの実践者はオルトレキシアではないはずなのだが、どういうわけか昨今、このクリーンイーティングに対するイメージが悪くなっているという。

 豪・ニューサウスウェールズ大学の研究チームが2017年8月に発表した研究では、実験参加者に人物を紹介した説明文を読んでもらい、それぞれの人物評価をしてもらった。

 最初の実験で紹介されたのは、クリーンイーティングの実践者と、特に食習慣について情報はない人物かあるいは拒食症の人物のどちらかの計2人であった。2番目の実験で紹介されたのは、オルトレキシアの人物、オルトレキシアではない摂食障害のある人物、そして特に食習慣の情報がない人物か拒食症の人物のどちらかの計3人であった。

 2つの課題において、紹介されたこれらの人物について参加者はありがちなキャラクターであるかどうか、その印象、その言動について評価してもらった。

 回答データを分析したところ、最初の実験では評価が高い順に、食生活の情報がない人物、クリーンイーティング実践者、拒食症患者であった。2番目の実験では同じく、食生活の情報がない人物が一番評価が高かったが、オルトレキシアの人物と拒食症患者は同じ程度にネガティブな印象を抱かれている結果となった。

“意識高い系”からしてみれば意外なのだが、健康を目的に食事メニューに制限を加えている人物が健康的であるとは見なされずに、摂食障害などの“病んでいる系”の人物としてネガティブなイメージを与えている傾向があるということになる。これはクリーンイーティング実践者やベジタリアン、ビーガンなどからすればかなり意外な結果だろう。

 もちろん何をどのように食べようが個人の自由であり、人目を気にすることはないことは間違いないのだが、SNSの普及も後押しして他人の食習慣がわかる機会も増えていることから、なかなか厄介な時代になっているのかもしれない。クリーンイーティング派はSNSにあまり食事の写真を投稿しないほうがいいのかもしれない!?

参考:「scilog」、「Psychology Today」、「Springer」ほか

文=仲田しんじ

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