いわゆる“フェイクニュース”が問題になっている一方で、笑いを誘う“風刺ニュース”にも根強い人気がある。思わすクスリと笑いがこみ上げるニュースの見出しはどのように作られているのか。その秘密のメカニズムが徐々に解き明かされているようだ。
■ユーモア溢れる風刺を作り出すメカニズムを解明
優れた風刺の“原材料”は何なのか? この問題に取り組んだ研究チームが2018年1月31日に開催されたアメリカ人工知能学会 (AAAI) が主催する国際人工知能会議で発表を行なっている。
スイス連邦工科大学ローザンヌ校のロバート・ウェスト氏とマイクロソフトのエリック・ホロビッツ氏は、ニュースの見出しなどで風刺の効いたフレーズをどのように作成できるのか、AI(人工知能)がそのメカニズムを解明したことを報告している。
研究チームはさまざまなニュースのヘッドラインを収集して比較検証し、ちょっとした言葉の入れ替えで真面目な見出しが風刺に変わったり、逆に興味を惹くフレーズが退屈な文言になったりするいくつかのパターンを発見した。
笑いを誘う見出しのほとんどは、研究チームが“誤った類推(false analogy)”と呼ぶ共通の論理構造を持っていた。例えば一文の中で大きな意味を持つ単語を別の言葉に入れ替えることで、風刺が利いたり、逆に退屈になったりするのである。
「BPが石油掘削(oil drilling)再開へ」
「BPが石油流失(oil spilling)再開へ」
BPはエネルギー会社のブリティッシュ・ペトロリアムのことで、「2010年メキシコ湾原油流出事故」を引き起こしている。石油掘削(oil drilling)を石油流失(oil spilling)に入れ替えることで、ブラックジョークが利いた一文になるのだ。入れ替える言葉はお互いになるべく相反する意味を持つ言葉のほうが効果的で、例えばモダンな言葉vs時代錯誤な言葉、人間にまつわる言葉vs動物にまつわる言葉、上品な言葉vs下品な言葉、などである。
この“誤った類推”のメカニズムを理解することで、高尚なフレーズを、“貧乏くさい”笑いを誘う一文に変えることもできるという。
「2018年のボルドーワインは近年稀に見るブドウ豊作の恵みを享受した」
「2018年のペプシコーラは近年稀に見るコーンシロップ豊作の恵みを享受した」
もちろんAIが独力でこうした風刺やユーモアの利いた一文を書けるようになるためにはまだまだ研究が必要だということだが、我々が風刺をひねり出すうえにおいても有益な研究であることは確かだ。気の利いた風刺に思わずほくそ笑む機会が増えて迷惑だと言う人は少ないのではないだうか。
■“フェイク笑い”は聞き分けられる
クスクスとほくそ笑む笑いはまさに腹の底からこみ上げてくる止めようにも抑えられな笑いであり、その意味では“純正”の笑いである。しかし社会生活の中では愛想笑いや作り笑いなどもよく見られるのはご存知の通り。またテレビのコメディ番組の収録などでは意図的に大笑いする観客が動員されていたりもする。
しかしながら我々はそうした“フェイク笑い”と、心からの本物の笑いを見分けられる能力を本来的に備えていることが最近の研究で明らかになったようだ。
米・カリフォルニア大学などをはじめとする国際的な合同研究チームが2018年9月に「Psychological Science」で発表した研究では、実験を通じて我々が他者の自発的な本物の笑いと、意図的な作り笑いを聞き分けられるのかどうかを探っている。
アメリカをはじめ21ヵ国から884人が参加した実験で、各人は録音された36種類の女性英語話者の笑い声を聞かされ、その笑いが本物か“フェイク”であるかをジャッジした。回答データを分析したところ、回答のおよそ3分の2が正答で、属する文化にあまり関係なく、おおむね我々は本物の笑いと作り笑いを聞き分けられる能力を備えていることが示されることになった。
ちなみに正答率が最も低かったのはサモア人の56%で、最も高かったのは日本人の69%であったことも興味深い。
研究チームによれば、笑い声などの根本的な感情表現は、言語の発達以前から存在するコミュニケーションの核となる要素であり、悲鳴や怒鳴り声などと同じく進化人類学的に我々は敏感にその意味を察することができるのだと説明している。作り笑いはおそらく人間が言語を使うようになってから生まれたものであるということだ。
我々には“フェイク笑い”を見破る優れた能力が備わっているとすれば、ひょっとすると愛想笑いや作り笑いが多い人物は周囲から徐々に信用されなくなるリスクもあるのかもしれない。
■職場でのちょっとしたユーモアと笑いの効能
空前の人手不足と言われている今日の労働環境だが、人員が足りていなければ当然のことながら1人当たりの業務量が増えて仕事に忙殺されることになる。そこで増えてくる可能性が高いのが、同僚や部下のちょっとしたミスや不手際を厳しく叱責したり罵倒したりする職場でのモラハラだ。
叱責された側は当然ながらメンタルの健康を損なう。そして職場でのこうしたモラハラが常態化するようになれば結果的に組織全体にもネガティブな影響を及ぼす。
そこで豪・オーストラリア国立大学の研究チームが提案しているのが、職場でのちょっとしたユーモアである。仕事中の笑いは職種や業種によっては不謹慎な印象を与えるかもしれないが、実のところ職場でのユーモアにはさまざまなメリットがあることが示されているのだ。
オーストラリア人の大学生205人が参加した実験では、シミュレーションで同僚に怒鳴りつけられる体験をしてから、2つのうちのどちらかのショートビデオを観賞した。ビデオのうちの1つはユーモア溢れる内容であった。
その後の参加者のメンタルの状態を計測したところ、ユーモラスなビデオを観賞した参加者のメンタルヘルスが回復していることが浮き彫りになった。心理学的な生活の満足度(well-being)が高まり自信を取り戻し、その結果、周囲も当人の話によく耳を傾けるようになったのだ。
<「職場で怒鳴られた時には、自分が低く見くびられ、弱い存在であると感じます。しかしユーモアは当人に力を与え、こうしたネガティブな影響に対抗することができます」と研究チームのデビッド・チェン博士は語る。/p>
また2015年の研究では休み時間にユーモラスなお笑い番組を見たグループはそうでないグループよりも長い時間、作業の質を落とさずに働き続けられることが報告されている。こうした職場でのユーモアの効能を、特にリーダーはよく理解することが求められているのだろう。
参考:「arXiv」、「SAGE Journals」、「Australian National University」ほか
文=仲田しんじ
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