ビーチを眺めながらのビールにいくら払える? 興味深いビールの話題

サイコロジー

 気の会う仲間との外飲みは楽しいものだ。日本の典型的な居酒屋だと若干話は違ってくるのだが、仲間と入ったショットバーやパブなどで、その都度選んだとっておきの1杯を、実はけっこうな確率で後悔しているはずであることが指摘されている。いったいどういうことなのか。

■ビールは紙に書いて注文したほうがいい?

「クチコミ」のメカニズムを探った研究などの興味深い著作を持つペンシルバニア大学ウォートン校のジョナ・ベルガー教授が新しい著書『Invisible Influence』を2016年6月に出版している。タイトルの“目に見えない影響力”の文字通り、見えない身の回りの出来事がその当人の行動に強い影響を及ぼしていることを検証した内容だ。この著書の中でベルガー教授は、2000年に発表された、ビールにまつわる研究を紹介している。

 消費行動心理学者のダン・アリエリー氏とジョナサン・レバブ氏が2000年に発表した研究では、ビール好きのパブの常連客を対象に行なった実験を解説している。その実験で明らかになったのは、ビールの注文という些細なことであっても、人間にはユニークさを主張する強い動機があることである。

 実験ではビール好きのパブの常連客を2つのグループに別けた。そして無料の試飲として4種類のビール(インディア・ペールエール、ラガー、アンバーエール、白ビール)からどれかを選んでもらい、飲んだ後にいくつか質問に答えてもらった。

 2つに別けたうちのAグループは、4種類のビールの中からどれを飲むのか、渡されたメモ紙片に記入してもらい、それをすぐに店員が回収した。一方でBグループは騒音の多い店内の中で店員に向かって大きな声で発言するかたちで注文してもらったのだ。

 この一連の試飲の後、両方のグループの人々からいろいろ話を聞いて分析したのだが、口頭で注文したBグループのほうが試飲の満足度が低い傾向がわかった。そしてBグループでは最初に注文したいと思ったビールとは違うものを選んだという者がAグループより3倍多いことも判明したのだ。AグループとBグループにあらわれたこの違いは何を意味しているのか?

 ベルガー教授によれば、店内で口頭で注文する行為では先に注文した者と同じものを注文したくない心理が働くというのだ。そのため、前の者と“かぶって”しまうことになる場合、あえて別のビールを注文するケースが増えてくるのだという。そして“不本意な1杯”を飲んでしまったことにより、BグループはAグループよりも満足できない者が多くなるということである。

 この心理のメカニズムは仲間内で飲んだ場合にも働き、その結果、1人で飲むよりも“不本意な1杯”が多くなり後悔も増えているはずだということだ。もちろんこれはビールの話だけにとどまらず、例えば買うことを決めたスマホの新機種などを身近な人間に先に買われてしまった場合など、たとえ同じ色を選ぶつもりだったとしてもあえて別の色を選びがちになるということである。身近な人と“かぶって”しまうことを避けたい心理は何かと根深いもののようである。

■風光明媚なビーチで注文するビールにいくら払える?

 楽しい酒宴にも場合によっては後悔がつきまとうようだが、そもそも“外飲み”というのは普通に考えれば何かと非合理的な行為である。料理人の腕を感じられる外食ならともかく、一般的な“外飲み”ではスーパーで買う酒と同じものを2~3倍程度の対価を払って飲むことになる。もちろんその高い対価の根拠となっているのが“場所代”だ。その“場所代”がどれほどの価値を持っているのかを検証した興味深い学術研究が発表されている。

 2015年に心理学系学術誌「Psychological Science」にアメリカの行動経済学者、エルダー・シャフィール博士らの研究チームが興味深い研究を発表しているのだが、その研究はお金や時間などの欠乏(scarcity)が人々の価値観にどのような影響を及ぼしているのかを探ったものだ。

 研究では2700人以上もの実験参加者を対象に消費行動に関する実験をいくつか行なっている。その中で興味深いのは、ビールを購入する場所についての価値観を探った調査だ。比較的年収の高い人々のグループは、瀟洒なリゾートホテルのプライベートビーチで注文するビールに、高額な対価を支払うことをまったくためらいがないことが浮き彫りになったのだ。まさに“場所代”である。場所などによる価値の変化は文脈要因(contextual factors)と呼ばれ、TPOによってモノの価値が変ることが織り込み済みの消費行動を説明するものになる。

 しかしながら世知辛い話にはなってしまうが、低所得者グループにおいてはこの文脈要因による価値観の変化が起り難いことも確かめられることになった。つまり近所のスーパーで売っている価格以上の対価をビールには支払いたくないということである。研究が明らかにしたのは、お金や時間が“欠乏”した状態にある人ほど、モノの価値を常に一定であると捉えているということだ。“1円でも高い”ところからは買わないという消費行動を説明するものにもなる。

 ということであれば、クーラーボックスにビールを詰めて風光明媚な海岸や大自然の中に繰り出すという考えはかなり優れたアイディアといえそうだ。春が恋しい季節になってきたが、桜の季節の日本の花見酒は実はきわめて合理的な酒宴であったということにもなりそうである。先進各国では公園での飲酒が禁じられているケースも多いのだが“外飲み”ならぬ“野外飲み”(!?)がいつまでも楽しめるようモラルにも気を配りたいものである。

参考:「The Psych Report」ほか

文=仲田しんじ

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