一般的に考えて食べ物の“苦味”は鮮度の劣化などを意味し、生物にとって危険であることを知らせるサインになっている。しかしその一方でブラックコーヒーやビールが好きな者が一定数存在するのはどういうわけなのか。
■ブラックコーヒーやビールなど苦味嗜好は味覚というより気分の問題
ノンアルコールビールを飲むくらいならソフトドリンクやウーロン茶でも構わないはずだと一部の人々は考えるだろう。しかしビール好きはせめてあの特有の苦味だけでも味わいたいという思いからノンアルコールビールを選んでいるのは自明のことだ。
しかしどうして一部の人々は苦味に魅かれるのか? 最近の研究では苦味への嗜好は味覚の問題というよりも、“気分”の問題であることが指摘されている。
米ノースウエスタン大学の研究チームが2019年5月に「Human Molecular Genetics」で発表した研究では、33万6000人もの人々の食事内容に関するアンケート調査と、遺伝子データベースを分析することで、飲料の味の好みと遺伝子情報の関係を探った。
データを分析して分かったことは、ブラックコーヒーやビールなどの苦味が好まれる飲み物は、味覚を司る遺伝子にはあまり関係していないということである。それよりもむしろ精神活性作用に関係する遺伝子と強い結びつきがあることが突き止められたのだ。つまり苦味を好む嗜好は、味覚に導かれているというよりも、精神的に好ましく感じられるからこそ選ばれていることになる。
「人々はコーヒーやアルコールによってもたらされる気分を好んでいて、それこそが彼らがそれらを飲む理由です。味が理由ではないのです」と研究チームのマリリン・コルネリス助教授は語る。
苦い飲み物を好むというのは、人間の直感や本能に反する嗜好ではあるのだが、苦味が意外にも良い気分にさせるものとして我々の一部は後天的に学んでいることになる。その意味ではコーヒーやお茶、ビールやワインなどの苦味を楽しむ飲み物はいかにも人間らしいドリンクと言えるのかもしれない。
■苦味に敏感だからこそ苦味を好む
苦味によって気分を良好にできる人々は、苦味に鈍感だからこそそのような“芸当”が可能なのだろうか。興味深いことに事実は正反対で、苦味を好む人々は苦味に敏感だからこそ苦いドリンクを常飲していることが最近の研究で報告されている。
豪クイーンズランド大学をはじめとする合同研究チームが2018年11月に「Scientific Reports」で発表した研究では、イギリスの健康情報データ「UK Biobank」の約44万人の登録データを対象に、苦味を感じる遺伝子構造と日常的な苦い飲み物への嗜好の関係を探っている。
これまでに“苦味”を感じるレセプターは複数あることが分かっているのだが、大まかな傾向として苦味に敏感な者ほど、それに該当する苦い飲料を常飲していることが突き止められたのだ。少し前の青汁のCMではないが「まずい! もう1杯!」とばかりにある種の人々は苦味を敏感に感じつつも苦い飲み物を愛好しているのである。
そしてひと口に“苦味”といってもさらに細かく分類できることも分かった。芽キャベツ(brussels sprouts)やトニックウォーターの苦味成分であるキニーネ(quinine)、プロピルチオウラシル(Propylthiouracil、PROP)を敏感に知覚する受容体を持つ者は、コーヒーよりも“紅茶党”になりやすいことが判明した。一方、カフェインの苦味に敏感な受容体を持つ者は“コーヒー党”になる傾向が強いのである。
コーヒー愛飲家もいる一方で、コーヒーをまったく受け付けない人々も存在するが、その背後にはこうした遺伝的な影響があることが示唆されることになった。研究チームのジュ・シェン・オン氏は、この研究は私たちが食べるものを決める上での味の役割を強調するものになると語る。それは研究者がより健康的な食品を設計し、カフェイン中毒のよりよい理解を助けることができるということだ。
今回の研究で“苦いドリンク”はコーヒーとお茶に限定されているが、プロピルチオウラシル受容体は赤ワインの消費を減らしていることもまた明らかになった。これは将来のアルコール依存の研究に活用できる可能性があるということだ。しかしながら苦味のあるアルコール飲料の消費量と苦味受容体の明確な関係性はまだよくわかってはいない。ともあれ、苦味に敏感で人一倍苦さを感じるからこそ、苦味を好むようになるというのは興味深い話題だといえるだろう。
■ビターチョコレートの8つの健康メリット
苦味が苦手でも、ビターチョコレートやダークチョコレートのほろ苦さはあまり苦にならないのではないだろうか。そしてこのダークチョコレートには8つもの健康へのメリットがあるという。
●心臓の健康を増進する
ダークチョコレートに含まれるフラバノールというポリフェノールが心臓の健康に良いことが数々の研究で報告されている。特にカカオの含有量が70%以上のダークチョコレートにその効果が顕著になる。
かつての研究で週に5回以上ダークチョコレートを食べる者は心臓疾患リスクが57%低下するということだ。
●がんと闘う
アメリカがん協会(American Cancer Society)によると、カカオのフラバノールは細胞へのダメージを緩和するのに役立ち、ダークチョコレートの主成分であるココアのこの特質は、潜在的にがんの予防策を提供する可能性があるという。
マウスを使った実験では、ダークチョコレートによって大腸がんのがん細胞の増殖と炎症反応を抑制することができたということだ。
●糖尿病の治療を支援する
フラバノールはインスリン抵抗性を改善し、酸化ストレス(oxidative stress)を低下させることで、2型糖尿病の治療において力強い味方になる可能性が指摘されている。
●脳機能を高める
5人の健康な被験者に対して行われた研究で、ダークチョコレートの摂取は脳の大脳皮質領域のガンマ周波数を増加させることがわかっている。脳のこの領域は感覚処理と記憶に関係している。
またダークチョコレートによって脳の血流の流れが良好になり、脳への酸素供給がスムーズになることも報告されている。
●減量に貢献する
ダークチョコレートは脂肪酸合成に関与する遺伝子の発現を減少させる可能性がある。この遺伝子の発現が減少すると脂肪や炭水化物の消化と吸収を抑制し、少量の食べ物でも満腹感が得られるようになり、結果的に減量を後押しする。
●視力を高める
ダークチョコレートは眼球の血管の血液の流れを良くし、酸素と栄養が眼球にスムーズに供給されることで目の健康と機能にポジティブな影響を及ぼすことが専門家から指摘されている。
●腸の健康を促進する
ダークチョコレートは腸内の微生物種に好ましい影響を及ぼし、腸の健康を促進する。腸内のビフィズス菌と乳酸菌はダークチョコレートを発酵させ、抗炎症化合物を作り出す。
●皮膚を守る
ダークチョコレートのフラバノールは、日焼けによるダメージから肌を守る。さらに皮膚の血液循環を向上させダメージからの回復を早めることもこれまでの研究で報告されている。
カカオの含有量が高いダークチョコレートのほろ苦さを健康に役立ててみてもよいのだろう。
参考:「Northwestern University」、「Nature」、「Stylecraze」ほか
文=仲田しんじ
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