腹話術の人形の声はもちろん人形の口から出ているわけではないが、しかし腹話術という設定上では人形がしゃべっていることになっている。そして実際に我々はその時、本当に人形がしゃべっていると感じていることが最新の研究で報告されている。
■ビジュアルが聞こえる音に影響を及ぼす
日々の生活でさまざまな光景が視界に入り、多様な音が耳に入ってくるが、我々はそのすべてを見聞きしているわけではない。受動的にインプットされる知覚情報の“洪水”の中から我々は、見たいものを見て、聞きたいものを聞いていることがこれまでの研究で確かめられている。
さらに最新の研究では、我々は聞きたい音を状況に相応しく“加工修正”して聞いている可能性も指摘されている。特にその時に見ていたり思い浮かべているビジュアルが、音の聞こえ方に影響を与えているということだ。
米・カロリンスカ研究所の研究チームが2018年4月に心理学系学術ジャーナル「Association for Psychological Science」で発表した研究では、頭に思い浮かべたビジュアルイメージが音の聞こえ方に影響を及ぼしていることを報告している。具体的にはビジュアルイメージが、音源の場所を誤解させてしまうということだ。
研究チームは6つの実験を行なっているのだが、そのひとつでは、実験参加者は頭の中のイメージの中で、スクリーン上の任意の場所に丸印を配置するよう求められた。そして丸印のイメージを思い浮かべた状態で、実際のスクリーンから発せられる音(ホワイトノイズ)を連続して聞かされて、その音がスクリーンのどこから発せられているかを次々に判断していくという課題が行なわれた。
それぞれの音は左右とセンターのいずれかからランダムに発せられていたのだが、個々の参加者が思い浮かべた丸印の位置がこの判断に影響を及ぼしていることが顕著に浮き彫りになった。つまり音源の位置が丸印の位置に近づく傾向があるのだ。
「音の発生地点を特定する知覚が、実際の視覚刺激に対するものと同様に、イメージ上の視覚刺激に対してもほとんど同じ影響を及ぼすことに驚きました。実際に見ているものと同じくイメージ上の視覚情報も、その直後の音声認識に影響を与える可能性があります」と研究チームのクリストファー・バーガー氏は語る。
つまり我々は見たいものを見て、聞きたいものを聞いているだけでなく、そこからさらに一歩進んで、聞きたいように“加工修正”して聞いていることになる。腹話術の人形がしゃべっているように感じられるのも、こうした認知のメカニズムによるものであったのだ。
■コーヒーが味覚を変えている?
視覚や聴覚など、我々の知覚が意外なほど主観的であることが指摘されているのだが、味覚についてもかなりケースバイケースで変化することが最近の研究で報告されている。コーヒーで味覚が変わるというのだ。
米・コーネル大の研究チームが2017年8月に「Journal of Food Science」で発表した研究では、カフェインが味覚に影響を及ぼしているかどうかを探る実験が行なわれている。
107人が参加した実験では、カフェインが入っていないコーヒー飲料と、200mgのカフェインが入ったコーヒー飲料が用意された。カフェインが入っていないほうの飲料はキニーネを加えて、カフェインが入った飲料と同じ程度の苦味になるよう調整され、なるべく味に違いが出ないような措置が取られた。
参加者は2グループに分けられ、成分は知らされずにどちらか一方のコーヒー飲料を飲んだ後に、甘いしょ糖溶液(sucrose solutions)を舐めてその甘さを評価した。また日を改めてそれぞれもう一方のコーヒー飲料を飲んでしょ糖溶液の甘さを評価したのだ。
収集した回答データを分析した結果、カフェイン入りの飲料を飲んだ後のほうが、しょ糖溶液の甘味が低く評価されていることが浮き彫りになった。これは甘さの味覚に関係しているといわれているアデノシン受容体がカフェインによってブロックされるためであると考えられるということだ。
「コーヒーを飲むことで食べ物の好みを変えるかもしれないという事実は、この研究の興味深い副産物であると思います」と研究チームのロビン・ダンドーは「Gizmodo」に話している。これはつまり、食事中にカフェイン飲料を飲むか飲まないかで、料理の好みが変わる可能性を指摘しているのである。
そしてもうひとつ浮き彫りになった興味深い点は、どちらのコーヒー飲料を飲んでも目が覚め、意識がはっきりしたことを参加者が報告していることだ。見た目と味がコーヒーであれば、カフェインが入っていなくても目が覚めていることになるのだ。これはコーヒーの固定観念からくる「プラセボ効果」であると説明できるという。視覚や聴覚だけでなく、味覚も、そして“目が覚めた感覚”も、多分に条件次第であることがわかる話題だ。
■加齢によって“年齢観”が変化する
年齢の話題になると「人生は40歳からはじまる」や「今の50歳は昔の30歳」といったフレーズが英語圏では事あるごとに口にされているが、これまでの調査では「中年」がはじまるのは30歳であるという統計的事実も報告されている。
しかしながら2018年2月に発表された研究では、年齢についてのイメージは当人の年齢によって大きく食い違ってくることが指摘されている。
スタンフォード大学、ミシガン州立大学、セント・トーマス大学の合同研究チームが学術ジャーナル「Frontiers in Psychology」で先ごろ発表した研究では、10歳から89歳の50万人以上のオンライン調査の回答を分析することで、各世代の年齢に対する感じ方を探っている。
収集したビッグデータを分析した結果、高齢者だと判断する年齢は、当人の加齢に伴い変化していることが明確に浮き彫りになった。
自分は何歳まで生きるかという質問に対しては、子どもとヤングアダルトの間では平均90歳と回答している。30代から40代のグループではいったん下がって平均88歳になるが、50代に突入するとこの数字は徐々に伸びはじめてきて、80代のグループでは平均93歳にまでになる。
「この研究の最も興味深い発見は、私たちの加齢に対する認識は定まったものではないということです。当人が変化することで年齢に対する見方もまた変わってきます。自身が歳を重ねていくことで高齢者のイメージが変わってくるのです」と研究チームのウィリアム・チョピック教授は語る。
そして一般的に加齢が好ましくない現象であり、できれば避けたいものであると考えられているのは事実なのだが、主観的な人生への満足度は若者よりも中年期以降の人々のほうが高い傾向があることも判明した。年齢に対する認識も生活の満足感もまたいかに主観的なものであるのかが示唆される話題だろう。人間の知覚や認識がこうにも幅広く変化するのだとすれば、我々はすでにある程度の“仮想現実”に生きているのかもしれない!?
参考:「Association for Psychological Science」、「Journal of Food Science」、「Frontiers」ほか
文=仲田しんじ
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