我々の脳内で分泌される神経伝達物質・ドーパミンの働きは仕事や勉強へのヤル気に関わる重要な化学物質だといわれている。特に精力的に日々の仕事に取り組むビジネスパーソンにとって、このドーパミンの働きを知っておくことはいろんなことに役立つに違いない。
■適正なドーパミン値の状態ではアルコールを欲しなくなる
人間の行動において重要な役割を果たしていると考えらているドーパミンだが、最新の研究ではドーパミンの持ついろいろな効能にスポットが当てられている。その中には、アルコール依存の治療にドーパミンが大きな鍵を握っているとする研究もある。
スウェーデン・ストックホルムのカロリンスカ研究所とヨーテボリ大学のサルグレンスカ・アカデミーの合同研究チームが先頃、「European Neuropsychopharmacology」に発表した研究論文によれば、通常量のドーパミンが分泌されている状態では酒が好きな者でもそれほどアルコールを欲しなくなるという結果が報告されている。これはアルコール依存症の効果的な治療法を探る上で画期的な発見になるということだ。
研究チームが行なった実験は、少なくとも週に一度は飲酒を嗜む実験参加者のうちの半数にドーパミンの分泌を適正値に保つ安定剤「OSU 6162」を服用させ、もう半数にはプラセボ(何の薬効もない偽薬)を飲んでもらいそれぞれ2週間禁酒してもらったという。もちろん実験参加者には薬に関する情報は伝えられず、どちらを服用するのかもわからない。
そして2週間が経過した“解禁日”に、参加者はそれぞれ自分の好みの一杯を飲むことを許されたのだ。その結果、偽薬を与えられて単純な禁酒状態だった者は久しぶりのお酒を大いに楽しんだが、2週間もの間OSU 6162を摂り続けてドーパミンの値を平常にさせられていた参加者は、あまりお酒を楽しんでいないことがわかったのだ。つまりOSU 6162を摂取していた者はお酒好きではなくなってしまったということになる。
一般にアルコールを飲むとその時はドーパミンが多く放出され愉快な気分になるといわれているが、アルコールに慣れてくるほどドーパミンの放出量も減り、その結果酒量が増えてアルコール依存症を招くといわれている。アルコール依存症者は素面の時のドーパミンの値が低くなってしまうのだ。そこでドーパミン安定剤であるOSU 6162でドーパミンの分泌を正常にまで戻すことができればお酒に対する欲求も低くなり、アルコール依存からの脱却に繋げることができる可能性が出てきたことになる。
1年間アルコールを与え続けた“酒好き”のマウスを使った実験も行なわれ、禁酒させてOSU6162を与え続けるとやはり素面の時のドーパミンの値が正常値に戻ったということだ。
「新薬の開発にはまだ長い道のりが続いていますが、今回の研究結果はとても望みが持てるものです」と研究チームのピア・スティースランド博士は「Tech Times」の取材に応えている。
現状ではアルコール依存症の治療薬は少なく、またその効果も限定的ということだが、ドーパミンに注目したこの研究によって新薬開発への新たな望みが生まれてきたことになる。それと共に、ドーパミンの値を正常に保つことの重要性があらためて確認されることになったのだ。
■ドーパミンは行動を監督して指示を出す“脳内コーチ”
将来有望な発見が続いているドーパミンに関する研究だが、つい先頃発表されたところによれば、ドーパミンの主な役割がわかってきたということだ。しかもこれは特にビジネスパーソンにとって注目すべき話題のようだ。
米・ミシガン大学の研究チームが先頃「Nature Neuroscience」で発表した論文によれば、ドーパミンの働きには仕事に対するヤル気を高める機能と、仕事をやり遂げた後の満足感をもたらす作用の2つがあるということだ。ドーパミンは現状が好ましく有意義である場合に報酬として継続的に発せられるシグナルであり、どれほどの情熱をもって仕事に取り組むべきかを決断させる判断材料になるという。ドーパミンは我々の仕事の取り組み方に深い関係のある化学物質なのである。
「(今回の研究で)我々はドーパミンが学習と動機づけに及ぼしている影響を説明する仮説を提供しました」と、研究チームのアリフ・ハミッド研究員は「MedicalXpress」の記事で語っている。
これまでドーパミンは、スッキリした気分や覚醒感、テキパキした敏速な行動などに重要な役割を果たしていると考えられ、ドーパミンの減少はパーキンソン病や認知症、うつ病などの疾患を招くことが強調されてきた。そしてまた、危険な薬物であるコカインやアンフェタミンなどがドーパミンの分泌を促進し、多幸感と確かな自己存在感、加えて鋭敏な意識と注意力をもたらすものであることも知られている。
また、目下の感情や行動に関わることばかりでなく、ドーパミンは我々のマインドを変化させその後長期間にわたって影響を及ぼすことも知られてきている。例えばある特定の食べ物を食べたときに放出されたドーパミンによって、その後ずっと好物になり、その食べ物の匂いやビジュアルだけドーパミンが出てくることは、有名な「パブロフの犬」を例に挙げるまでもなく誰にでも普通に起っていることだ。
今回の研究に先立つ有力な仮説として、同じくミシガン大学のケント・ブリッジ氏とテリー・ロビンソン氏が打ち出したのは、ドーパミンは望ましいゴールに向けての行動を駆り立てているとする考えだ。例えば、脳内のドーパミン値がゼロの実験マウスは、ほんの数センチ先にあるエサですら無視するようになるという。
そして今回の研究では、ドーパミンは行動を監督して指示を出す“脳内コーチ”であるという仮説が提案されたのだ。“脳内コーチ”はプレイヤーである我が身の行動の良し悪しを判断し、その後の報酬を獲得させようとするのだという。ドーパミンは単純に幸福感だけをもたらすものではなく、目標達成のための行動の指針にもなる複雑な“任務”を担当していることが徐々に分かりつつあるのだ。したがって、日々の仕事に取り組む上で、このドーパミンを味方につけることができれば大きなアドバンテージになりそうだ。
■ドーパミンの分泌を促す安全な方法の数々
ドーパミンの働きを良く理解し、意識的に放出をコントロールできるようになれば、仕事にも学業にも大きな助けになることは間違いないだろう。なにしろ“脳内コーチ”を一人雇うようなものだからだ。では、どうやったら身体に害を与えずにドーパミンの分泌量を高めることができるのか? メンタルヘルス情報サイト「Mental Health Daily」では、手軽にドーパミンの分泌を促す方法をいくつか紹介している。
●食品
やはり最も手っ取り早いのが、ドーパミンが良く出る食品を摂取することである。ドーパミン放出の鍵となる成分はチロシン(L-Tyrosine)というアミノ酸で、肉類(鶏肉を含む)、アーモンドなどのナッツ類、脂身の多い魚類などに多く含まれている。また果物ではリンゴ、バナナ、スイカ、アボガドに多く含まれ、葉物野菜や海藻類にも含まれているということだ。嗜好品ではチョコレートをはじめ、コーヒー、日本茶にも含まれている。もちろん摂り過ぎは厳禁だが、副作用がないため薬物を用いるよりも安全にドーパミンの放出を促すことができる。
●カロリー制限
食品の摂取とは逆に、意外にもカロリー制限もまたドーパミンの分泌量を高めることがマウスを使った実験などで証明されている。生命維持には不要なカロリーを制限することで、ドーパミン分泌に関わる神経細胞が活性化し、その結果ドーパミンが出やすい状態になるということだ。そしてこの継続的なカロリー制限は、寿命を延ばすことにも繋がると考えられていてその効能は計り知れない。
●睡眠
ドーパミンの分泌にとってもちろん睡眠は重要だが、むしろ睡眠不足を憂慮しなければならないようだ。睡眠不足によるドーパミンの欠乏は負のスパイラルに陥りやすいからである。長い睡眠時間と、質の高い睡眠によってドーパミンが出やすい状態を保つことができる。
●運動
もちろん運動は体調管理のためにも有効だが、ドーパミンを分泌させるためには短時間の運動ではあまり効果がなく、少なくとも30分以上の有酸素運動が必要とされる。ランニングやジョギングをする場合でも30分以上は費やさなければならないが、同時に脳細胞の発育や活性化をもたらしその効能は多岐に及ぶ。
●マッサージ
時間と予算さえあれば最も手軽にドーパミンの分泌を実感できるのがマッサージだ。マッサージではドーパミンのほかにも精神を安定させる神経伝達物質であるセロトニンの分泌も促されるということだ。
●日光浴
適度な日光浴はドーパミン、セロトニンの分泌を促進する。1日に30分から60分の日光浴が適切で、それ以上は皮膚への負担が増えることを留意しなくてはならない。また日光浴は体内でしか合成できないビタミンD3の獲得のためにも有効だ。
●瞑想
瞑想によって脳内のドーパミンが増加することが確認されているが、瞑想法をマスターしなければならないため一定の訓練が要求される。特に瞑想によって脳波のベータ波とガンマ波を発生させることができれば、ドーパミンの分泌が大きく促進されるという。瞑想法の習得についてはプログラムの良し悪しや相性などで個人差が生じるが、現在はスマホの“瞑想アプリ”もあり習得の手助けになっている。
●自分で設定した課題
仕事に関わるものとして興味深いのは、生活の中で自ら課題を設定してそれをクリアすることでドーパミンの分泌が促されるということだ。これは日常生活上のちょっとした“課題”でもよく、例えば休日などに「1時間掃除をする」と自ら決意して実行し、終了後の達成感と共にドーパミンが分泌されるということだ。そしてこのような小さな課題を繰り返し達成していくことで、“正のスパイラル”が形成され、より難しい課題に挑む意欲が湧き上がってくるという。これはビジネスパーソンにとって日々の仕事にも応用できる“ドーパミン活用法”だろう。例えば比較的簡単な職務で達成感を何度も味わっておきつつ、将来の大きなチャレンジを見据えておくということなどだ。
最後に確認しておきたいのは、アルコールや薬物の摂取などによって必要以上にドーパミンが分泌されることで過覚醒(かかくせい)や不眠症などのネガティブな症状が起り得ることである。したがってなるべくこれらの自然な方法でドーパミンの分泌を促して日々の活力ある生活のために役立てたいものだ。
参考:「Tech Times」、「MedicalXpress」、「Mental Health Daily」ほか
文=仲田しんじ
コメント