パレオダイエットで過ごす16日間の“狩猟採集生活”がもたらすメリットとは?

サイエンス

 チームスポーツの起源は狩猟採集時代にさかのぼることが最新の研究で指摘されている。狩猟採集時代の人々はチームプレイを楽しんでいたというのだ。

■狩猟採集民がスポーツを楽しんでいた

 いつから我々はチームスポーツを楽しむようになったのか。最新の研究ではそれは狩猟採集時代であることが示唆されている。この時代、スポーツは重要な教育であり身体トレーニングでもあったという。

 米・オレゴン大学の研究チームが2018年6月に学術ジャーナル「Human Nature」で発表した研究では、かつての有名な人類学者、ジョージ・ピーター・マードック氏によって編纂された世界各国の1200の文化から集めた100を越える民族誌データ『エスノロジカルアトラス』を資料として活用し、狩猟採集民族にチームスポーツを楽しんでいた痕跡が残されているかを分析している。

 進化人類学者のミッシェル・スカリーゼ・スギヤマ博士が主導する研究チームは、『エスノロジカルアトラス』から北米の47の狩猟採集民の民族誌、南米からは23、東ユーラシアから12、太平洋島しょから11、アフリカからは7の民族の民族誌を選り抜いてそれぞれ分析した。

 計100の民族誌のうち、46の民族の男性メンバーの間で広い意味での“チームスポーツ”を行う文化があることが分かった。しかしそれ以外の文化で“チームスポーツ”が楽しまれていなかったとするのは早合点であり、単純に記録に残されていないだけのケースもかなりの確率で考えられるということだ。

“チームスポーツ”で培われるフィジカルのスキルは、そのまま実際の狩りでも使われるものであるという。例えば走ったり、打撃を加えたり、身をかわしたり、取っ組み合いをしたり物を投げたりするといった動きを含む。

 また“模擬戦争”の文化も39%の民族誌から見つかり、子ども同士で行なう“模擬戦争”の習俗も26%から見出された。特に子どもや若年層にとっては“チームスポーツ”や“模擬戦争”は身体能力と運動神経の向上に欠かせないトレーニングとなり、またチームメイトと協力することや団結心を学ぶ重要な教育の場でもあったということだ。

 捕食動物の中には2つの個体で協力して獲物を仕留める種も珍しくないが、“2人プレイ”と“チームプレイ”は進化人類学的には区別されるべきものであるという。“2人プレイ”ではあまり相棒のことを考えなくてもよいのだが、“チームプレイ”では味方や敵の動きをよく把握して行動しなければならない。そしてこの“チームプレイ”を通じて人類は共同体を形成し、社会を築いてきたとも言えるのだ。我々がスポーツを楽しめるのは、遠く狩猟採集時代にさかのぼる進化人類学的な現象であったのだ。

■16日間の“狩猟採集生活”で常在菌が多様化

 狩猟採集生活は食の面からも注目されている。 旧石器時代の食事を再現する“パレオダイエット”も話題になったが、最近の研究では田舎の村への“サマーキャンプ”で子どもの腸内環境が大きく改善することが報告されている。

 米・ラトガース大学の研究チームが2018年8月にオンライン学術ジャーナル「mSphere」で発表した研究では、5人の都市生活者とその子どもの2人を16日間、ベネズエラ・ボリバル州のイエクアナ村で暮らしてもらい、身体の細菌環境の変化を追跡している。

 イエクアナ村にはスーパーマーケットも飲食店もない。ここで暮らす人々は地元で採れる野菜やフルーツ、捕獲した魚や鳥などの自然の食材を食べている。まさに現代に残る狩猟採集民なのである。参加者は地元の人々から提供された食事を1日に2回食べ、間食として地元で採れる根菜であるキャッサバやフルーツをふんだんに食べた。また入浴は自然の川に浸かるだけで、石鹸やシャンプーなどの使用が一切禁じられた。

 16日間の“狩猟採集生活”の効果はてきめんであった。参加者はここに来る前と16日が過ぎた時点で、腸内、鼻腔内、口内、顔の常在細菌をチェックされて比較検証されたのだが、“狩猟採集生活”を終えた後では常在細菌の種類が大幅に増えていたのである。特に4歳と7歳の2人の子どもは腸内細菌の多様性が向上していたのだ。一方で、大人たちは腸内細菌だけには変化が見られなかった。

 子どもでも3歳くらいで腸内細菌は大人に近づいてくるといわれているが、それでも子どもの腸内環境は変化に柔軟であることから、16日間の“田舎暮らし”でもじゅうぶんに効果があるということになる。逆に大人の腸内環境が変化するにはかなりの期間が必要なのだろう。

「もし地元の人々をニューヨークに連れて帰り、抗生物質を飲ませ毎日マクドナルドを食べさせたなら、彼らの常在細菌がすぐに多様性を失うことは驚くことではありません。しかしすでに腸内細菌の多様性を失っている都市住人として、あなたが多様性に恵まれた食事に移行しても、その微生物がもう存在しないので常在細菌を多様化することはできません」と研究を主導したマリア・ドミンゲス=ベロ博士は語る。大人になってからの腸内細菌の改善は実はかなり難しいことのようだ。

■狩猟採集民もパンを焼いていた?

 ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンやケンブリッジ大学の研究者らによる国際的な合同研究チームが2018年7月に「PNAS」に発表した研究では、イスラエル・ヨルダンの発掘現場において、1万4400年前の焼け焦げた無発酵パン(種無しパン)が発掘された。

 パンの原料になっているのが野生種の麦で、作る手間暇を考慮すれば、自分たちの食用というよりも、何らかの供え物や儀式のために作られたのではないかと考えられるということだ。オオムギやヒトツブコムギ、カラスムギなどのこの時代の野生種の麦を摘んできて集め、脱穀をして精製して製粉し、こね上げてから焼くというのは相当な手間のかかる作業であったはずである。

「これは農業が導入される前に生産されたものであり、特別な食物と見なされていたことを示唆しています。そしてこの特別な食物をさらに多く作りたいという欲望が、おそらく人類が農業をはじめる動機になっていたのかもしれません」と研究チームのドリアン・フラー教授は語る。

 この黒焦げのパンが発見されたイスラエル・ヨルダン北東部の黒砂漠(Black Desert)にある「Shubayqa1」という発掘現場は、狩猟採集から農耕への移行期にあったナトゥーフ文化(Natufians)圏であったといわれている。

「Shubayqa1」で発見された無発酵パンは、初期のパン製造の証拠であり、植物が栽培される前にパン作りが発明されたことを示している。論文主筆の植物考古学者であるアマリア・アランツ・オタエギ氏によれば、このパンの化石はヨーロッパとトルコのいくつかの新石器時代とローマ時代に発見された無発酵パンと非常によく似ているということだ。

「研究の次のステップは、パンの生産と消費が植物栽培と農業の出現に影響を及ぼしたかどうかを評価することです」(オタエギ氏)

 人類が農業をはじめたのは、実は食べる目的が第一でなかったとすればこれまでの歴史観に新たな光を当てるものになる。最近になっていろんな意味で狩猟採集の人々とその生活に注目が集まっているようだ。

参考:「Springer」、「Rutgers, The State University of New Jersey」、「University of Copenhagen」ほか

文=仲田しんじ

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