“音楽の力”は我々の日々の生活のいたる所でいかんなく発揮されているが、音楽はなんとチーズの味をも左右するという。ヒップホップを聴かせたチーズは味も香りも良くなるというのである。
■音楽を聴かせたチーズは味が向上する
良い音楽、好きな曲を聴けば気分がすぐれるが、決して“気分の問題”だけではないことがサイエンスの側から指摘されている。
空気の振動である音が生物に及ぼす影響を探る学問に生物音響学(bioacoustics)があるのだが、スイス・ベルン芸術大学の研究チームは、スイスの名産であるエメンタールチーズの熟成に各ジャンルの音楽が及ぼす影響を実験を通じて検証している。
実験では、10キロのエメンタールチーズを9個をそれぞれ木箱に入れ、そのうちの5つに異なるジャンルの曲を延々とループさせて24時間流しチーズに曲を聴かせた。
使われた楽曲は下記の通り。
●ロック:レッド・ツェッペリン「天国への階段」
●クラシック:モーツァルト「魔笛」
●テクノ:Vril「UV」
●アンビエント:Yello「Monolith」
●ヒップホップ:A Tribe Called Quest「We Got it From Here」
24時間の“音楽鑑賞”を体験したチーズは6ヵ月後に複数の専門家によって味、香り、風味などが入念に評価された。
“厳正なる審査”の結果、音楽を聴かせたチーズのほうがそうでないものより総じてマイルドな風味になることが明らかになったのだ。中でもヒップホップを聴いたチーズはフルーティーさ、香り、味が最も高い評価になったのである。
ヒップホップの曲のいったいどんな要素がチーズの風味を良くするのか具体的なメカニズムはよくわかっておらず、今後さらなる研究が続けられるということだ。またヒップホップの異なる曲を聴かせる実験も予定されているという。チーズが意外やヒップホップ好き(!?)だとは、チーズに対するイメージが変わる話題かもしれない。
■チーズを食べる習慣で長寿に
チーズにまつわる話題はまだまだあるようだ。最近の研究ではチーズが長寿に結びつくことが報告されている。その鍵を握っているのがスペルミジンと呼ばれる化学物質だ。
オーストリア・グラーツ大学をはじめとする研究チームが2016年11月に「Nature Medicine」で発表した研究では、マウスを使った実験を通じて、チーズに豊富に含まれるスペルミジン(spermidine)が循環器系の健康を改善し、寿命を伸ばすことを報告している。チーズの中でも特にブルーチーズにこのスペルミジンは多く含まれているという。
チーズを食べる習慣によって、心臓の健康が保たれるということになるのだが、チーズはほかにもカルシウムなどをはじめ、さまざまな健康に資する物質が含まれている。カルシウムはインスリンの作用が十分に発揮できないインスリン抵抗性を防止し糖尿病を予防する。
最近の研究では、糖尿病や心臓病に関連することが多いメタボリックシンドロームのリスクは、食事から十分な量のカルシウムを摂取している女性には低いことが確認されている。
健康に良いチーズだが、気をつけなければならないのは一度に食べ過ぎないことである。基本的に高カロリーのチーズは動脈を詰まらせるリスクのある飽和脂肪酸も多い。心臓に良いはずのチーズだが、食べ過ぎれば一転して心血管疾患のリスクを高めてしまうのだ。
そこでチーズの種類をよく知ることも重要になってくる。ソフトチーズはハードチーズよりも脂肪が少ないので、カッテージチーズやホワイトチーズ、カマンベール、モッツァレラ、リコッタなどを選んでみれば脂肪摂取を抑えることができる。ヤギの乳で作ったシェーブルチーズも脂肪が少なく愛好者が少なくない。脂肪摂取量にはじゅうぶん留意しながら日々の食生活でチーズを楽しみたいものだ。
■チーズでハッピーになれる
チーズが持つ優れた健康効果が指摘されているのだが、チーズを食べるとハッピーになれるというチーズ好きを喜ばせる研究も報告されている。
イギリスの農業園芸開発委員会(Agriculture and Horticulture Development Board、AHDB)と酪農乳業支持団体「Dairy UK」が合同で行なった研究では、チーズをはじめバター、クリームを食べ物に加えることで幸せな気分になり食事がより楽しくなることが報告されている。
30人が参加した実験では、脳活動を測定する帽子型の機器(EEG)を装着した状態で、各種の料理メニューを見せられた。見せられた料理は例えば、茹でたポテトにバターがかかっているものとかかっていないもの、ガーリックトーストにチーズがのったものとのっていないもの、焼きリンゴ(アップルクランブル)にクリームがかかったものとかかっていないもの、グラノーラ&フルーツにヨーグルトがかかっているものとかかっていないものといった、同一メニューで乳製品が使われているものと使われていないパターンが用意された。
研究チームは料理を見せられた参加者の挙動や声を観察すると共に、頭に装着したEEGで測定された脳波をモニターした。
分析の結果、チーズなどの乳製品が加わったメニューを見せられた時はそうではないメニューの時より、参加者の4分の3において脳波の“快楽レベル”が平均25%増加していることが判明したのだ。つまりチーズなどの乳製品の“トッピング”によってよりハッピーな食事体験になっているのである。
「実験を行なった4つのトライアルで、82%以上が乳製品がトッピングされたほうのメニューを好んでいました。チーズ、ヨーグルト、バター、またはクリームを加えることで食べ物がより味わい深くなり、風味が改善され、食感が増したと人々は報告しています」と研究チームのピーター・コレット博士は語る。
長寿に繋がるだけでなくチーズはメンタルヘルスにも好影響を及ぼすということになる。しかしくどいようだが、くれぐれも食べ過ぎには注意してチーズの恩恵にあずかりたいものだ。
参考:「IFLScience」、「NLM」、「Yahoo! Lifestyle」ほか
文=仲田しんじ
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