ハグすることで得られる7つの健康的メリット

サイエンス

 ゆっくりと本でも読もうと入ったカフェで、隣の席にいる2人組が何やら口論をしていたらあまりいい気分はしないだろう。耳栓をしたりイヤホンで音楽を聴いたりという対処法もあるが、我々はどの程度こうした周囲の予期せぬ他者の言動から影響を被るのかが最近の研究で掘り下げられている。

■口論を聞くと人に近づきたくなくなる?

 イギリスのアングリア・ラスキン大学とユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン、そしてスペインのマドリード・カルロス3世大学とイタリアのイタリア工科大学の合同研究チームが2018年3月に学術ジャーナル「PLOS ONE」で発表した研究では、実験を通じて対人空間(interpersonal space)が不測の事態でどのように変化するのかを検証している。

 実験は音声のみを使ったユニークなものであった。音声だけを用いたのは、ビジュアルがもたらすバイアスを排除するためである。

 実験参加者はまず、2人の人間の会話を録音した音声を聞かされた。そのすぐ後にこちらに向かって歩いてくる徐々に大きくなる足音を聞かされ、不快感を感じた時点で「ストップ!」と表明することを求められた。録音された会話は2種類あり一方は普通の声のトーンの会話と、もう一方は声を張り上げて口論している会話だ。つまり隣から聞こえる普通の会話と口喧嘩で、対人空間が変化するのかどうかが検証されたのである。

 実験で収集したデータを分析した結果、やはり口喧嘩を聞いたあとのほうが、近づいてくる足音を早い段階で止めるようになることが判明した。他者にあまり近づいてきてほしくないということであり、口喧嘩の音声によって程度の差はあれ警戒心が増していることになる。

 対人空間とは快適な状態をキープできる対人距離のことであり、今回の研究は必ずしも直接的な社会的交流でなくとも、声のトーンが対人空間に影響を及ぼしていることが初めて示される研究になったと研究チームは解説する。これまもちろん、自分にとっての安全地帯を確保しようとする意思と、口喧嘩をしている者たちとの関わりを避けようという気持ちが働くからであるということだ。

 カフェの隣のテーブルで口論がはじまったら、さっさと席を移動するか店を出たほうが良いのかもしれない。

■世界42ヵ国の対人空間

 何かというとハグをしたり同性同士でもキスをするようなお国柄の国民もいれば、我々日本人のように握手すらあまりしない人々もいる。したがってその地域のカルチャーによって、望ましい対人空間の距離が異なっていることになるのだが、2917年3月に「Journal of Cross-Cultural Psychology」に発表された研究では世界42ヵ国の対人空間の距離が公表されていて興味深い。研究によれば一番“近い”国民はアルゼンチン人で、一番“遠い”のはルーマニア人ということだ。

 これまでにも各国の対人空間を調査した研究はあるのだが、ポーランド・ヴロツワフ大学の研究チームは42ヵ国9000人というこれまでにない大規模なデータを用いて各国の対人空間を調査した。また一般的な対人関係での対人空間に加えて、知人と近親者の合計3つの対人空間を導き出している。ちなみに日本は調査対象に含まれてはいなかった。対人空間の“遠い”に順に並べた上下5位はそれぞれ下記の通り。

※上位5位(“遠い”国民)
 1位:ルーマニア(140センチ)
 2位:ハンガリー
 3位:サウジアラビア
 4位:トルコ
 5位:パキスタン

※下位5位(“近い”国民)
 38位:オーストリア
 39位:ウクライナ
 40位:ブルガリア
 41位:ペルー
 42位:アルゼンチン(76センチ)

 一般的な対人交流時よりも、友人や近親者との間の距離はさらに縮まると考えるのはある意味では当然で実際に多くのケースではそうなのだが、ノルウェー人はその差が顕著にあらわれることも分かった。ノルウェー人は親密さの度合いによって一気に距離を縮めているのである。一般的な人物とは140センチもの距離を置いて接するノルウェー人だが、親密な者との間の距離は40センチにまで縮まる。

 この現象はかつての研究でその地域の気温が関係していることが指摘されている。例えばノルウェーのような寒い地域では、あまり動かなくて済むように一般的な対人交流では距離を置くが、親密な間柄の者とは身体を暖めあう意味もあり距離が一気に近くなると考えられるのだという。

 そしてまた別の研究では温かい部屋では同じ部屋の人々の親近感が増す傾向があることが確認されており、アルゼンチンなどの暖かい地域おいては見知らぬ者同士の間でも対人空間が近くなることに何か関係があるのではないかと考えられているようだ。暑ければあまり人に近づきたくないようにも思えるが、適度な温かさは心理的にも物理的にも人々の距離を縮めるものであるとすれば興味深い限りだ。

■ハグすることで得られる7つの健康的メリット

 対人空間が“0センチ”である状態がハグ、つまり抱き合うことだ。ハグする相手がいるのかどうかという問題はさておき(!?)、ハグをすることは心身の健康に大きなメリットがあるという。健康情報メディア「Healthline」の記事では、ハグすることで得られる7つの健康的メリットを解説している。

1.ストレスの緩和
 悲劇に見舞われた人物をその場で強力にサポートする行為がハグだ。そしてハグされることで実際にストレスが和らげられることがいくつかの研究で確認されている。

 2012年のカリフォルニア大学の研究では、不快な電気ショックを受けている女性は、パートナーとハグすることでストレスに関連する脳活動が低下していることが報告されている。これはパートナーの側が受難を被る女性をハグしていたわることで、実際に痛みが緩和していること示唆している。

2.各種の疾病の予防
 2014年の米・カーネギーメロン大学の研究では、400人の実験参加者の協力でハグすることでさまざまな疾病リスクを低減できることが指摘されている。具体的には日常的にハグをする相手に恵まれている者は病気に罹る可能性が低いということだ。また仮に疾病に罹患しても、ハグする相手がいる者は回復が早いという。

3.心臓の健康に資する
 2003年の米・ノースカロライナ大学チャペルヒル校の研究では、カップルを2つに分けて、それぞれ次のことをしてもらってから血圧と心拍数を測定した。

●Aグループ:10分間お互いに手を握り、その後10秒間ハグをする。
●Bグループ:10分20秒の間、向かい合って静かに座る。

 実験の結果はAグループのカップルはこの行為を行なった後に血圧が下がり心拍数が減ったということだ。したがって研究チームはハグが心臓の健康に良いと結論づけている。

4.幸せな気分になる
 別名“幸せホルモン”と呼ばれているオキシトシンが、ハグをすることで分泌が促進されることが報告されている。

 特に女性への効果が著しく、ハグによるオキシトシンの分泌でストレスが低減し、ストレスに関連しているホルモンであるノルエピネフリンが抑制されるという。また母親の場合はパートナーとのハグのほかにも、我が子を抱くことでもオキシトシンの分泌が促されるということだ。

5.不安を和らげる
 これまでの複数の研究によって、親しい人物との身体接触が自信が弱い人物の不安と孤独感を緩和することが報告されている。もちろん誰かにハグされることが望ましいが、例えばテディベアのようなぬいぐるみをハグしてもこれに準じる効果があるということだ。

6.痛みを和らげる
 1番目の解説と少し重なるものにはなるが、米・ドレクセル大学保健学部のドネリー・グロリア博士によれば、全身の骨格筋に激しい痛みやこわばりが生じる線維筋痛症(Fibromyalgia)が、皮膚への接触を伴う6種類のセラピーで実際に痛みが和らぐということだ。

7.コミュニケーションを助ける
 通常のコミュニケーションは言葉を介して行なわれるが、親しい仲であれば身体接触によってより豊かな感情をコミュケーションできる。そしてハグによって感情だけでなく“元気”の受け渡しもできるのだ。

 家族療法の専門家であるバージニア・サティア氏によれば、我々は生きるために1日4回のハグを必要とし、健康を保つためには8回、そして成長を促すためには12回のハグが必要であると話している。4回どころか1日1回もハグをしないという向きも少なくないと思われるが(!?)、ハグが心身の健康に及ぼす好影響にもっと注目してみてもいいのかもしれない。

参考:「PLOS ONE」、「ResearchGate」、「Healthline」ほか

文=仲田しんじ

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