ネット通販全盛のなかにあって、リアル店舗で買い物をする機会が減ったという向きも少なくないと思うが、それでも実際に目で見て手に触れてから商品を買いたいというニーズがなくなることはないだろう。折に触れて訪れる実店舗だが、気づくと気づかざるとにかかわらず、店の中にはいろんな“秘密”があるようだ。
■IKEAの不思議な商品名には秘密があった
日本でも人気の家具メーカー「IKEA」だが、スウェーデンの会社ということもあり日本人にはあまり気ならないところではあるが、同店で販売されている商品の名前は英語圏からしてみるとなかなか異様なものである。例えばオフィス向けPC用デスクのシリーズの「BEKANT」やデスク用LEDランプの「HARALIDEN」、そしてチョコレート風味のスイーツ「GODIS JULKOLA」など、つかみどころがない(!?)名前がつけられている。
そもそも、社名の「IKEA」からして不思議な語感があるだろう。実はIKEAのスペルは、創業者のイングヴァル・カンプラード(Ingvar Kamprad)のイニシャルと、彼の家族の農場の名前「Elmtaryd(エルムタリュード)」、彼が育った村の名前「Agunnaryd(アグナリッド)」の頭文字を取って繋いだものであるということだ。
そして、奇異な感じを受けるIKEAの数々の商品名の理由は、意外なことというべきか、カンプラード氏が難読症(ディスレクシア)であることに起因するという。難読症によって数字の組み合わせや単語のスペルがなかなか記憶できないために、商品ジャンルによってある身近なカテゴリーを対応させたネーミングが行なわれているのだ。その命名の“法則”が以下の通りだ。
●バスルーム用品=スウェーデンの湖や河川域の名前。
●ベッド用品(シーツなど)=花、植物の名前。
●ベッド、衣装ダンス、家具=ノルウェーの地名。
●本棚=職業名、スカンジナビアの男の子の名前。
●ボウル、花瓶、キャンドル、キャンドルホルダー=スウェーデンの地名、形容詞、香辛料、ハーブ、果物、ベリー類の名前。
●箱、壁飾り、絵画と額縁、時計=スウェーデンのスラング表現、スウェーデンの地名。
●子ども向け用品=哺乳類、鳥類、形容詞。
●デスク、椅子、オフィス用回転椅子=スカンジナビアの男の子の名前。
●生地製品、カーテン=スカンジナビアの女の子の名前。
●庭用設備=スカンジナビアの島の名前。
●キッチン用品=魚類、マッシュルーム類、形容詞。
●照明器具=(度量衡)単位名、季節名、月、日、運輸・海運用語、スウェーデンの地名。
●カーペット(ラグ)=デンマークの地名。
●ソファ、アームチェア、チェア、ダイニングテーブル=スウェーデンの地名。
いくつか重複している要素もあるが、社内にはネーミングを専門で行なう部署があり、新製品の命名には基本的に外部の意見は受け入れずに部署内で厳密に決められるという。商品を言葉や数字ではなく、イメージで関連付けているのだ。難読症の理解の糸口になると共に、IKEAに行く機会には会話のコネタになる話題ではないだろうか。
■ファッション衣料品店の“秘密作戦”
このように何気なく訪れる各ショップにもその成り立ちの過程に意外なストーリーがあったりするのだが、数ある店舗の中でも、特に意外な“秘密作戦”に満ちているのがファッション衣料品店であるという。衣料品店では商品選びを行なう来店客の消費者心理を徹底的に分析して販売に活用している。その秘密の一端が下記である。
●棚の中ほどの仕切りにある商品が手に取ってチェックされる確率が高い。
●例えば1980円など末尾が8や9の値づけに客は価格以上の安さを感じている。
●同種の商品について色やデザインなどの選択肢はあまり多くない。
●高級店の場合、店員はあまりフレンドリーではない。
●同じ商品を買おうとしているほかの客を目撃してその人のほうが似合っていると感じた場合、その商品の購入を諦める客が多い。
●工夫された照明によって店内を実際よりも広く見せている。
●高級店の場合、クールな感じのする青基調のインテリアが多い。夏は冷房がよく効いている。
●売れ筋の商品は高いところなど手が届きにくい場所にある。
●店内に流れている音楽はいずれも購入へのモチベーションを高める楽曲である。ある研究によれば、ポピュラーミュージックは衝動買いへ導く効果があり、あまり聴きなれない環境音楽は商品選びに集中させる働きがあるということだ。
このほかにも実店舗にはさまざまな“仕掛け”が施されているということで、たまに後悔するような買い物をしたとしても無理はないということにもなりそうだ。
■なぜ990円や1980円という値づけをするのか?
確かに2000円よりも1980円のほうがお買い得であるし、1000円よりも990円のほうが手が伸びやすくなるだろう。しかし得するといっても10円や20円というレベルの話であり、実際に意味のある金銭的な利益ではない。店舗は我々をからかっているのだろうか? いくら商品選びで頭の中が熱気を帯びていたとしても、そんなに子どもだましに乗るはずもないだろう。
ではなぜこのような末尾に9や8が来るような値づけが相も変わらずに行なわれているのだろうか。実はこれはとてもシンプルなことであるという。購入を考えている人が、自分自身を納得させるためであるというのだ。いったいどういうことなのか。
そもそも2000円のモノがそのまま店頭で2000円で売られていた場合、我々の多くはどうしても必要な状況ではない限り購入しないだろう。特に食品以外のモノについてはシビアになる。
しかしながら将来的に必要になってくることがわかっているモノというのも確かにある。つまり、必ずしも今買わなくてもいいのだが、将来のどこかの時点では購入することになる商品もなんとなく頭の中には入っているのだ。ということは逆に言えば、将来を見越して今買っておいてもよいということにもなる。そこで少し迷ったときに背中を押してくれるのがこの値づけなのだ。
「The Middle Finger Project」のコラムではこのメカニズムがこう説明されている。
「199ドルという値札がなぜ存在するのか考えたことがあるのだろうか。決して店は我々をからかっているのではない。それは我々が自分自身を欺くために存在しているのだ」
頭の中で購入候補に上がっているものを店頭で見た場合、その値札は単なる金額をあらわす数字ではなくなる。そうした状況下にあって、たとえたった10円でも安ければ購入へと背中を押す強力なモチベーションになる。つまりこの値札は今この商品を買うことに対する自分への“言い訳”になるのだ。そう考えると確かに、ある意味で購入者本人の気持ちを“欺く”ための値札なのだろう。
決してムダ遣いはしたくないものだが、ある程度の衝動買いというのは、消費社会に暮らしている限りは仕方がない側面もあるということにもなる。タンスの肥やしになっている服がいくつかあったにしても、あまり自分を責めなくてもよさそうだ。
参考:「Mental Floss」、「The Atlantic」、「Life Hacker」ほか
文=仲田しんじ
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