ITの発達で良くも悪くも1人でいろんなことができるようになっている。一昔前の海外旅行では添乗員同行ツアーが少なくなかったが、今はネットを活用することで個人旅行が簡単にできるようになった。そしてこうした個人主義的な傾向は実際に世界中で高まっているという。
■“個人主義”が世界的に増えている
個人主義(Individualism)は西洋文化が生み出したイデオロギーであることから、欧米で尊重されて広く普及していくのはある意味では自然なことである。そういう難しい“イズム”の話は置いておくとしても、欧米以外でも世界的に個人主義的な考えと行動を持つ人が増えていることが最新の研究で指摘されている。
カナダ・ウォータールー大学をはじめとする心理学研究チームが2017年7月に「Psychological Science」で発表した研究では、世界的に個人主義が普及していることが報告されている。個人主義的な考えと行動が増えてくることは、その社会の社会経済的な発達と深く関係しているということだ。
研究チームは世界78カ国の51年分に及ぶ各種の国勢調査記録を分析し、それぞれの社会の個人主義的特徴を探った。具体的には家族の規模、離婚率、一人暮らし世帯の割合などだ。
その結果、わずかな例外はあるものの、世界的に個人主義化の波が劇的に広がっていることがわかったのだ。人々は自分自身で決断して自律的に行動し、文化的な価値において独立と個性に主眼を置く個人主義的な価値観が、それぞれの地域の文化的背景に関わらずグローバルに浸透してきているという。数値化した分析では、1960年代に比べて“個人主義”は世界平均で12%増加したということである。
しかし例外もある。社会における個人主義的な行動において、カメルーン、マラウイ、マレーシア、マリの4カ国ではかなりの低下が見られるという。個人主義的価値観においては、アメリカ、中国、クロアチア、ウクライナ、ウルグアイの5カ国ではかなり失われているということだ。“個人主義”の象徴とも言える自由の国・アメリカで個人主義的価値観が低下しているというのは皮肉な話である。
社会を個人主義に向かわせる要因にはその地域の自然災害の頻度や、感染症の流行頻度、過酷な気候などいくつかのファックターがあるが、最も強い関連があるのは社会経済的な発達レベルであるという。つまり豊かな社会であるほど個人主義が普及するということになる。具体的には専門知識労働の割合の高さや高い教育レベル、高い世帯収入などである。
中国は他の国にはない複雑な社会経済面の歴史を持っているため、社会は豊かになっているのに個人主義的価値観が低下しているという唯一の例外的なケースになっており、中国については細部に及ぶ調査研究がさらに必要であるということだ。そしてこの世界的な“個人主義”の高まりは今後の世界にどにような影響を及ぼすのかについても今後の研究が待たれている。
■孤独な時間が重要である4つの理由
スマホの普及で個人でできることが増えたが、一方で孤独の様相が大きく変わってしまったといわれている。物理的に1人でいる状態であっても、オンライン状態であればもはや孤独ではないからだ。
インターネットとスマホによってまさに孤独の“撲滅作戦”が鋭意進行中とも言えそうだが、これは我々にとってよいことなのだろうか。
2014年にハーヴァード大学とヴァージニア大学の研究チームが行なった実験では参加者にスマホはもちろん読み物も何もない部屋で15分間の手持ち無沙汰な時間が与えられた。その間、男性の67%、女性の25%が指先にピリッと不快な電気ショックが流れる装置のスイッチを入れたことが報告されている。つまり何もせずにジッとしているくらいだったら、たとえ不快なものであっても刺激を求める傾向を持つ人がかなりいるということだ。
この実験は何もしないで1人でいることに多くの人は耐えられないということをあらわしている。そしてたとえ1人でも刺激的な時間を過ごしたいと望んでいることにもなる。つまり“刺激的な孤独”が求められているのだ。
作家で起業家のベル・ベス・クーパー氏は、ネット全盛の時代であるからこそ、クリエイターをはじめ多くの人々が孤独の重要性を痛感しているということだ。どうして今、孤独が求められているのか、クーパー氏はサイエンスに裏打ちされた4つの理由を解説している。
1.能力開発が求められているから
新たな技術が絶え間なく生まれ仕事環境が刻々と変わっている現在、スキルの陳腐化がますます早まっている。そこで新たなスキルや職能の開発・習得のためにも孤独な時間がいつにも増して必要とされているのだ。
2.知的資源の有効活用のため
ネット社会では物事がエンドレスに続く状況が少なくない。また意識する“他人の目”も無数に存在する。こうした気を散らすものが数え切れないほど存在するネット環境にあって、知的資源を有効活用するためにはやはり孤独が求められる。
3.ブレインストーミングのため
ブレインストーミングといえば会議のように複数人でアイディアを出し合うものだというイメージもあるが、クーパー氏によればブレインストーミングは1人で行なうのがベストだという。したがって何もない環境で1人になった場合、実はブレインストーミングには絶好の機会と言える。
4.自己変革のため
将来どんな人物になってどのような状況にありたいのか? これをよく理解するには、現在の人間関係からいったん離れて熟考する時間が必要である。周囲の人々の決まり切った期待に応え続けている場合はなおさらに孤独な時間を確保しなければならない。
心理学者のクリストファー・ロングとジェームズ・アヴェリルは論文の中で、孤独によって人々の空想が現実へ反映できるという事実は、孤独が自己変革に関係している証拠であると指摘している。つまり“孤独”は自分の変化と成長に欠かすことができないものであるということだ。変化の激しい世の中にあって、知的な成長のためにも孤独がますます重要視されている。
■孤独は癒しの時間でもある
自分の成長のために必要不可欠な孤独だが、今日にあってはメンタルヘルスのためにも孤独は“癒し”になることが指摘されている。
カリフォルニア・ポリテクニック州立大学の心理学者であるジャック・フォン氏は、特に個人の人生の転機において孤独が重要な役割を果たすことを示唆している。
「人生に危機が訪れている時、それはあなただけで完結した問題ではありません。あなたがどのように社会に関わっているかという問題なのです。孤独は自分が何者なのかという問題に直面させてくれるばかりでなく、周囲にあるネガティブな要素を気づかせて取り除く方策を教えてくれるものにもなります」(ジャック・フォン氏)
上下関係や利害関係、相互依存関係など、現実の社会生活ではさまざまな“文脈”が張りめぐらされた中での言動を余儀なくされているともいえるが、孤独はこうした社会的コンテキストをいったんリセットしてくれる。そのため“実像”が見えやすくなり問題の発見に繋がり、対策案を検討することも可能になるのだ。
米ニューヨーク州・メダイールカレッジの研究員であるマシュー・ボウカー氏は“生産的孤独”を指摘している。孤独とは単に1人でいることではなく、メンタルの“深い内部処理”であると説明している。
「孤独が楽しい経験に変わる前には、ちょっとした作業を要するかもしれません。しかし、いったんその作業が終われば、孤独はあなたと最も重要な関係を築くかもしれません」(マシュー・ボウカー氏)
今日の高度にネットワーク化された社会では、いつでも他者と繋がったり暇つぶしができるので孤独を感じ難く、またいつでも孤独から逃れられる状況にある。しかしボウカー氏によれば真の孤独とは刺激を排除することではないとういことだ。
「個人が内的な孤独を見つけることができるかどうかにかかっています。一部の人々は散歩や音楽鑑賞で、自分自身により深く関わっていると実感しますが、他の人には感じられません」(マシュー・ボウカー氏)
自分を癒す孤独のヒントはマインドフルネスや瞑想にもあるようだ。前出のジャック・フォン氏は15分の瞑想を毎日行い、月に1度は単独のキャンプを敢行しており「孤独は決まった形がない無定形なものです」と語る。さまざまな孤独のかたちがあるということで、自分の成長にも癒しにも繋がる孤独な時間の重要性をこの機会に再確認してみてもよさそうだ。
参考:「Association for Psychological Science」、「Inc.」、「The Atlantic」ほか
文=仲田しんじ
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