日々の生活を気分良く送っていきたいものだが、一筋縄ではいかないのが人生だ。時には気分を害することもあれば、悲しい気分にさせられることもあるだろう。しかしながらある種の人々にとってはこうしたネガティブな気分にもメリットがあるという。
■ネガティブな気分の時は生産性が向上する
オフィスで不機嫌な様子を見せている人物にはあまり近づきたくないものだが、ひょっとすると当人は仕事で冴えわたるパフォーマンスを発揮しているのかもしれない!? カナダ・ウォータールー大学の研究チームは、高反応気質(high-reactive temperament)の人は、不機嫌な状態のもとで集中力が高まり、時間の管理や取り組む課題の優先順位づけに優れてくることを報告している。
高反応気質の人は例えば怒りなどの感情が激しく、しかも長く続く特性を備えている。こうした人は、不機嫌になっている時により高いパフォーマンスを発揮できるのだ。
95人が参加した実験で参加者は記憶力や素早い意思決定、細部への注意力などを測る異なる9つの課題に挑むと共に、性格特性と現在の気分を明らかにする心理テストを受けた。
収集したデータを分析した結果、高反応気質の人においては、気分を害している状態と高いパフォーマンスに高い関係性が見られた。逆に気分がすぐれた状態は、高反応気質と低反応気質のいずれの人々にも認知機能を高める効果はなかった。
今回の研究結果は、悪い気分によって実際に日常生活にとって重要な思考スキルを研ぎ澄ましている人々がいることを示唆していると研究チームは説明する。
なぜこのようなことが起るのか、そのメカニズムを解明するのは今回の研究の範囲外であるのだが、研究チームは高反応気質の人々がネガティブな感情を感じることに慣れていて、うまく対処することができるのだと説明している。
試合中にかなり不機嫌な様子を見せるテニス選手が一部にいるが、ひょっとすると実はその時に最大限の集中力を発揮しているのかもしれない。
しかしながらパフォーマンスを上げるために自ら不機嫌になることはお勧めできないということだ。低反応気質であった場合はそもそもその効果がなく、そうでなくともメンタルヘルスに悪影響を及ぼす可能性がある。そして今回の研究は初歩的なものであり、今後さらに幅広い層の参加者が加わった研究が進めらるという。自分が高反応気質なのか低反応気質なのか、少し気にしてみてもいいのかもしれない。
■不機嫌によってもたらされる3つのアドバンテージ
テレビCMを見れば商品やサービスを享楽する人々の笑顔で溢れ、SNSを覗けばピースサインの自撮り写真に満ち満ちていて、まるで今の社会が常に幸福であらねばならない強迫観念に陥っているかのようにも感じられてくる。
しかしもちろん我々は常に幸福を感じているわけでもなければ、時にはネガティブな気分になることも多々ある。幸せが感じられないのはむしろまったく普通の状態である。
豪・ニューサウスウェールズ大学の心理学者であるジョセフ・ポール・フォーガス教授によれば、ネガティブな気分に陥ることは我々の学習プロセスにとって欠かせない一部分であり、不機嫌がもたらす3つのアドバンテージを解説している。
●記憶力の向上
前出の話題と重なるが、不機嫌な状態にある高反応気質の人々は記憶力テストで高いパフォーマンスを発揮することが実験で確かめられている。
我々の思考スキルの中には、不機嫌から恩恵を受けているものがある可能性があることが示唆されており、このスキルはより分析的な考え方を採用し、細部に細心の注意を払うよう促すという。
同様のことを指摘するほかの研究もあるのだが、今後はこの認知のメカニズムをMRIなどを用いた研究で解明することが期待されている。
●クリエイティビティの向上
これまでの研究で、偉大な創造的芸術作品は、芸術家の“生みの苦しみ”や、ネガティブな感情から創り出されていることに科学的にも疑いの余地はないとされている。
イギリスのロック・バンド、フリートウッド・マックの大ヒットアルバム『Rumours(噂)』からカニエ・ウェストの『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』まで、最も批評家たちから絶賛されたアルバムの一部は、それぞれのアーティストが精神的な混乱を経験していた時期に作られている。
強烈なネガティブ感情は、強力な自己反映性と忍耐力を生み出し、創造性を高める可能性があるという。したがって気分が落ち込んだ場合には、文章や絵画などの創造的な行為を行なう良いチャンスととらえることもできるのだ。
●公正な判断
脳内現象としては、ネガティブな気分は脅威の存在への恐れとリンクしている。その結果、覚醒度が高まり、ボディランゲージなどのソーシャルなメッセージにより注意深くなり、周囲の様子に敏感になるのだ。
この状態は、誰かがアナタを欺こうとしているかどうかを見極め、その意図や行動を判断するのに適しているのだ。つまりネガティブな気分は冷静な意思決定に通じるのである。
さらに過去の研究では、わずかにネガティブな気分の時(あるいは人)は、他者を杓子定規で見ない傾向があるという、驚くべき発見を報告している。ということは逆に気分がすぐれている人は他者をステレオタイプ化して見ているということになり、これは“ヒューリスティック処理”と呼ばれる簡略化した判断手法を採用していることで起きるという。つまり気分が良いときはあまり細部にまで及んで物事を深く考えないのである。
一方でネガティブな気分では浮き足立つことのない、冷静で細部までをも検討したクールな判断ができるようだ。
■涙を流して泣くことの5つのメリット
ネガティブな気分の時にはクールで冷静になれるということが指摘されているのだが、悔しい時や悲しい時には状況が許せば思い切って泣いてしまってもいいのかもしれない。涙を流して思う存分泣くことで、心身の健康に資することが報告されている。
「涙を流して泣くことは、悲しみや欲求不満に対する人間的反応というだけでなく、健康的なものでもあります」と神経科学者のウィリアム・H・フレイ2世氏は語り、涙を流して泣くことの5つのメリットを解説している。
1.ストレスの低減
慢性的なストレスは心臓発作のリスクを高め、脳の特定の領域に損傷を与え、消化器官の潰瘍、緊張性頭痛、偏頭痛などの疾病に繋がる。
「人類の泣く能力はサバイバルにおいて真価を発揮します」とフレイ氏は強調する。そして泣くことは訪問介護ほどには効果的ではないものの、現状でも家族介護者の多くは泣くことで少しばかりストレスを解消しているということだ。我々の一部は実際に泣くことのメリットを活用しているのである。
2.血圧の低下
みんなで泣きわめく“泣き叫びセラピー”の直後に、参加者の血圧と脈拍数が低下していることが確認されている。高血圧を放置しておくことは心臓や血管に損傷を与え、脳卒中、心不全、さらには認知症の原因となる。
3.デトックス効果
フレイ氏は加えて、涙を流して泣くことで体内の毒素を排出できることを指摘している。特に、別名“ストレスホルモン”と呼ばれ、心身の健康に悪影響を及ぼすコルチゾールを涙を流すことで取り除くことができるのだ。
涙を流して泣くことでフィジカル面でもメンタル面でもストレスが解消でき、再び白紙の状態から再スタートが切れるのである。
4.マンガンの低減
体内のマンガンのレベルは気分に影響を与えていると見なされているのだが、涙には血清よりもはるかに多量のマンガンが含まれており、涙を流すことで体内のマンガンを減らすことができる。マンガンのレベルが上昇すると不安、怒りっぽさ、攻撃性と関連し得るのだ。
5.人々との親密な交流
すべての哺乳類の動物の目は涙で湿らされ保護されているが、人間だけが感情的ストレスに反応して涙を流す。泣くことはその当人が経験している感情を、感情移入した周囲の者が認めて協力し、サバイバルに最も適したサポーターとして働くように促す。その意味では実際、人前で泣くことはソーシャルな機能を有しているのだ。泣くことで人間関係の強い結びつきと本質を伝え、共感を引き出し、人々の親密な交流に役立つのである。
心身へのメリットに加えて、ある研究では若干の涙を流した後、女性の85%と男性の73%が悲しみと怒りが収まり、気分が“リセット”されたことが示されている。ネガティブな気分に襲われた時、思い切って泣いてしまうのは、一種の“サバイバル本能”であるとも言えそうだ。
参考:「ScienceDirect」、「SAGE Jurnals」、「Aging Care」ほか
文=仲田しんじ
コメント