ディスカウントしたのに売れない!?「安いと困る」心理のメカニズムとは

サイコロジー

「消費の二極化」が進んでいる。要求水準以上のモノを安く提供すれば売れるのは当然だが、高級ブランド品など実用性を考慮すれば贅沢品でしかないモノにも一定の需要があることも事実だ。ではなぜ時に消費者はあえて高い買い物をするのだろうか。

■アート作品の品定めには評価者の帰属意識の強さがあらわれる

 特に現代芸術など、アート作品の価値は素人にはなかなかうかがい知れない一面がある。もちろん、自分が気に入った作品を自分なりに自由に楽しむといったスタイルもあるとは思うが、専門家の評価や美術史に立脚した視点もまた、アートへの造詣をより深めるものになるだろう。

 オーストリア・ウィーン大学の研究チームが2016年12月に発表した研究は、アート作品の楽しみ方に社交性と経済状況がどのような影響を及ぼしているのかを探っている。

 実験に参加した大学生たちに一連のアート作品の数々を評価してもらったのだが、その前に芸術の専門家の解説を聞きどの作品が高く評価されているのかを教えられ、すでに評価を行なった3つグループの評価内容も知らされた。3つのグループはそれぞれ、別の大学生のグループ、美術専門家のグループ、同じ年頃の大学を中退し無職で生活生活保護費を受給している者のグループである。そして一方でこれらの事前の情報をまったく伝えられず主観的に一連のアート作品を評価したグループ(コントロールグループ)の評価内容との比較分析を行なった。

「専門家や別の大学生グループが高く評価しているアート作品を同じように高く評価している結果になりました。そして大学中退者のグループが低く評価している作品を、逆に高く評価している傾向もわかりました」(研究論文概要より)

 2つめの実験では、一連のアート作品の価格(ランダムに値付けしたウソの価格)を知らせたうえで、アート作品を評価してもらった。するとやはり高価なアート作品ほど高い評価を下す傾向も浮き彫りになった。つまりウソの価格であったにしても、高額の値をつけることでその作品の評価が上がるのだ。

 この現象はフランスの社会学者である故ピエール・ブルデュー氏が提唱した「社会的区別理論(social distinction theory)」で説明できるということだ。アート作品の評価には、評価者のソーシャルな帰属意識の強さや忠誠心があらわれているという。その社会への参加意識や遵法精神が高い者ほど、すでに高評価を受けているアート作品などをより尊重するのだ。そしてこの態度は、別の価値観を持つ望ましくないグループからの決別を意味するものでもある。

 購入することで高い帰属意識や忠誠心を示すことができる物品であれば、高額な出費を厭わない人々も存在するのだ。それなりに高価であることに意味があるのだから、必然的に大枚をはたくことになるのである。

■ポルシェに乗る理由とは

 高級車は社会的ステイタスの象徴であることは疑いようがない。もちろんふんだんに高機能な装備が施されてはいるが、その価格からすれば足りないくらいである。マニア的なこだわりから高級車を選ぶ向きもいるとは思うが、オーナーはあえて高い出費をして高級車を選んで乗ることで、周囲に強力なメッセージを発していることは明らだ。

 高級車の中でもスポーツカーは、オーナーが男性の場合は女性に対するロマンチックなアピールが意図されているといわれている。また特に予算面や用途面でシビアな条件がない場合、男性はスポーツタイプの車(例えばコルベット)を選び、女性は安全性の高い車(例えばフォルクスワーゲン)を選ぶ傾向があることが2012年の調査で報告されている。車選びの際、男性は女性よりも異性の目を考慮しているということだろうか。乗用車としての機能面ではプリウスやフィットでも何の問題もないのは言うまでもないが、もし予算に問題がなければ、多くの人は高級車を選ぶようである。

 少なくない割合の男性にあるスポーツカー志向だが、先にも述べたようにこれまでの研究では女性の目を意識した選択であることが指摘されている。しかし2016年に発表された研究では、高価なスポーツカーを選んで乗る男性は、女性の目ばかりでなく男性の目もじゅうぶんに意識しているものであることが示唆されている。

 ドイツ・ヴュルツブルク大学の研究チームが進化心理学系学術誌「Evolutionary Psychology」に発表した研究では、男性のカネに糸目をつけない「誇示的消費」は女性の歓心を惹くと同時に、ほかの男性をライバル視して牽制する目的を秘めているということだ。

 オンラインで実験参加者に各種調査を行なった結果、高級車を選ぶ男性は高い社会的ステイタスを感じるために選択している傾向が浮き彫りになった。そして同性間の競争において“武器”として、あるいは“鎧”のアイテムとして高級車に乗っているということだ。高級車や高級ファッションブランドなどのアイテムは、まずは“女性ウケ”を狙ってのことであるのは明らかだが、それに勝るとも劣らず同性の目も意識しているのである。

■セクシャルな刺激で男性の財布の紐がゆるむ?

 そして男性の哀しい性(さが)として(!?)、購入行為に女性のセクシュアルな要素が加味されると、案の定、カネに糸目をつけなくなることがサイエンスの面からも確認されている。

 先月に中国の研究チームが発表した研究では、282人の中国人男性(異性愛者)を対象にして消費行動にまつわる3つの実験を行なっている。

 異性愛者の男性にとって、セクシーで魅力的な女性に対面するなどセクシャルな刺激を受けると、その女性と“一緒になりたい”という欲望が生じてくる。この心身の状態は消費行動において実に都合が悪いことが今回の研究で確認されることになった。

 セクシャルな欲望をかきたてられた状態の男性は消費行動において、女性の前で見栄を張るというニュアンスもあるのだろうが、割引価格で提供されているブランド品を避ける傾向がはっきりとあらわれるということだ。つまりお買い得であるディスカウント品ではなく、正規の価格で売られているほうの品を購入するのである。

 研究によればセクシャルな欲望をかきたてられた状態の男性は、消費行動が自分の社会的地位に結びついていることを強く実感しているという。そのため、ディスカウントされた商品を購入することは自分の社会経済的地位を貶める行為になるため、正規の価格で売られているほうの物品を選ぶということだ。いわば安くてお得な買い物をすることを自分で禁じているのである。この場合も「安くては困る」のだ。

 社会的な存在である我々は、このように時にはむしろ率先して高額な出費をすることがある。ビジネスのヒントとして格好の話題かもしれない。

参考:「APA PsycNet」、「SAGE Journals」、「Ingenta」ほか

文=仲田しんじ

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