ハンズフリー通話の普及もあって、街中で“独り言”をつぶやいても以前に比べれば奇妙に思われなくなっている。そうであればこの際、もっと自分自身と声を出して会話してみてもよさそうだ。
■自問自答する“セルフ会話”の6つの効能
“独り言”、あるいは自分自身との会話に実にさまざまな効能があることが指摘されている。メンタルだけでなくフィジカルの健康も向上させるという“セルフ会話”の6つの効能を、ライターのマット・デュクゼミンスキ氏が開設している。
1.脳が効率的に働く
かつて発表された研究では、スーパーマーケットで目的の商品の名前を口ずさみながら探すと、無言で探すよりも早く発見できることが確認されている。
単語を声を出して繰り返すことで、その現物の記憶を呼び覚まされてより具体的に感じられ、その存在に敏感になれるので早く発見できると説明されている。
2.子どものように学べる
子どもは常に口を動かしているものだが、それは言語表現を全身全霊で学習していることのあらわれである。大人になっても口に出してつぶやくことで学びたい対象を効果的に学習することができる。また課題に取り組んだり問題を解決する際には手順を順番に口にすることで効率的に実行できる。
3.考えを整理できる
高度にネットワークが発達した今日の社会で我々は情報の洪水に日々晒されている。際限なく情報を取り込んでいれば手に負えなくなるのは明らかだ。そこで考えを声に出して整理することで、情報や案件に優先順位をつけることができる。
4.目標達成をサポートする
作業手順や設定したゴールのリストを作るだけでなく、実際に声に出して口にすることでその内容がより具体的なものに感じられ、達成の手応えを得られる。心理学者のリンダ・サパディン氏によれば、目標を口に出すことで注意力が高まり、誓いを強化し、怠けたい気持ちをコントロールし、気を紛らわすものをふるい落とす効果があるということだ。
5.ストレスを緩和する
“セルフ会話”は考えを整理し、優先順位を明確にするのだが、その結果迷いや葛藤が少なくなり、課題に対してリラックスし流れに乗って取り組むことができる。
また自分の口から出てくる言葉を聞くことで、行動に弾みをつき、勇気と自信を持って厳しい状況に対処することができるということだ。
6.自分への信頼感を養う
問題に直面した時、上司や同僚などの助けを乞うことも時には必要だが、声に出して自分自身に相談してみてもよい。“セルフ会話”を通じて問題がより詳しく分析できて独力で解決に導くことが可能になる。そしてその体験は大きな自信になり自分への信頼感が高まる。
また自分の“内なる声”を聞くことでこの経験を通じて自分が何を求めているのかを自覚することができる。簡単に言えば“セルフ会話”をする時間の長い人ほど自分自身を最もよく知っているのだ。
往々にして“奇行”として受け止められがちな独り言だが、あまり人目のつかないところではむしろ積極的に“セルフ会話”をしてみてもよさそうだ。
■“自分で自分を応援”してパフォーマンスが向上
そして実際に“セルフ会話”で各種のパフォーマンスが向上することが2016年の大規模な実験で確かめられている。「自分ならできる!」と自分に言い聞かせることで、課題に挑むパフォーマンスが高まっているのだ。
イギリス国営放送BBCが提供している大規模オンライン調査機関「BBC Lab UK」で2916年に4万4000人が参加する大規模な実験が行なわれている。それは各種の“動機づけテクニック”が実際に効果を発揮しているのかどうかを検証する実験だ。
参加者はオンラインゲームのプレイ前に、指示された各種の“動機づけテクニック”を行なってからゲームをプレイし、研究チームは“動機づけテクニック”を行なわなかったグループとの間のスコアの違いを検証した。
“動機づけテクニック”は大きく3種類に区分され、自分を勇気づける“セルフ会話”、プレイの流れを予め想像すること、こうなったらこうするという戦術を確認することである。
たとえば“セルフ会話”ではプレイを前にして「自分ならできる!」と自分に言い聞かせるのだが、分析の結果この手法が最もゲームの成績を向上させることがわかったのだ。
ほかにも自分に言い聞かせて効果が高い言葉が次の通りだ。
「自己ベストを更新できる!」
「今度は素早く反応できる!」
というものだ。ここ一番の勝負で自分自身に向かって声に出して発奮激励することで実際にパフォーマンスが向上しているのである。この科学的知見を活用しない手はないといえるだろう。
この実験では別の発見もあり、動機を高めるために作られた短いビデオは実際に効果があるということだ。このビデオを監修したのは他ならぬオリンピックの陸上短距離で4個の金メダルを獲得したマイケル・ジョンソン氏だ。
このビデオは「こうなったらこうする」という戦術を確認するテクニック(If-then planning)に分類できるのだが、自分の頭の中で思い描くよりも、実際に映像で見たほうが効果が高いということになる。
こうした映像コンテンツを使った“イメージトレーニング”に加えて、自分で自分をポジティブに発奮させる“声かけ”は考えている以上に効果的であることが示唆されることになった。普段からもっと“自分で自分を応援”してみてもよいのかもしれない。
■テニスプレイヤーはなぜ独り言が多いのか
ほかのスポーツに比べて“独り言”が目立つのが一部のテニスプレイヤーではないだろうか。バドミントンや卓球も個人競技だが、テニスの場合はコートが広いだけにプレーの間に時間的間隔があり、そのぶん独り言を口にしやすい環境にあるともいえる。そしてテニスの場合、選手はいったんコートに出るとコーチから助言を受けることもできず“話相手”がいないことも独り言が多い要因のひとつかもしれない。
もちろん大半のテニスプレイヤーは品格を保った節度ある言動でプレイを行なっているが、中には悪態をついたり大げさに嘆いたり、あるいは怒りをあらわにしてラケットを破壊するシーンがあったりもするのはご存知の通りだ。
テニスプレイヤーの独り言ももちろん自分への叱咤激励であり、集中力とパフォーマンスを高めようという動機に基づく自然発生的な言動である。しかしほかの競技に比べるとどうしてもあまり褒められないネガティブな言動が目につくのも一部のテニスプレイヤーの特徴だろう。
実際に1994年にアメリカのジュニアの大会で選手の言動を調査したところ、選手の独り言の大半はポイントを失った時に発せられていたことが判明している。こうしたネガティブな独り言は選手本人にどんな影響を与えているのか。オーストラリアの心理学者であるメリッサ・ウェインバーグ氏は、プレイ中のネガティブな独り言もパフォーマンスの向上に一役買っていると説明している。
ポイントを取ったときに出る“勝利の雄叫び”が一種の条件反射的なものであるのに対し、ポイントを失った時や劣勢の局面でつぶやかれるネガティブな独り言は、脳が失敗の原因を突き止めようとしている探究心のあらわれであるという。そして現在の自分の身体の動きにより意識的になり、選手の中で問題解決に向けた取り組みが行なわれるのだ。
強力なサーブやスマッシュ、ネットプレーなど派手なプレーが観客を沸かせるが、一方でテニスは「ミスをしない」という戦術でもじゅうぶんに戦える競技だ。そこでほかの競技よりも自虐的でネガティブな独り言が多くなる側面もあるのかもしれない。いかにテニスがメンタルなスポーツであるかを物語る話題だろう。
参考:「Lifehack」、「Frontiers」、「The New Daily」ほか
文=仲田しんじ
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