タイピングの速度低下に“自覚できないストレス”のリスク

サイエンス

 電話口であってもその人物の声や話し方からいろんなことがわかるが、なんとキーボードのタイピングでもその当人についてさまざまなことがわかるというから興味深い。

■AIがタイピングを見るだけでユーザーの性別を判断

 指紋認証や顔認識など、最新のテクノロジーではさまざま方法で個人を特定しているが、キーボードのタイピングでもその本人がどのような人物であるのかを浮き彫りにできるというから興味深い限りだ。

 ギリシャ・トラキ大学の研究チームが2018年2月に学術ジャーナル「Digital Investigation」で発表した研究では、キーボードのタイピンクの特徴を分析するソフトウェアによって、なんと95.6%の確率でタイプをしている人物の性別が判別できることが報告されている。

 実験では75人(男性36人、女性39人)の参加者に10ヵ月間、特別に開発されたタイピンクのキーストロークを記録するソフトをインストールしたパソコンを使い続けてもらった。

 収集したデータを「ISqueezeU」と名づけられた専用に開発されたソフトウェアに読み込ませてその特徴を分析すると、タイプしている人物が男性であるのか女性であるのかを特徴づけるいくつかのパターンが浮かび上がってきたのだ。例えば“N”から“O”を押すまでの平均時間、同じく“M”から“O”を押すまでの平均時間などが性別を判別する良い手がかりになるということだ。

 そしてこれらのデータを5つのプログラムに機械学習させたところ男女の判別が、低いプログラムでも78%、最も高いプログラムで95%以上もの精度で判別できたのである。

 研究チームはこの技術を用いることで、コストも負担もかけない方法でオンラインストーカーや“なりすまし”などのネット犯罪への対策に活用できると主張している。そして今後さらに多くのボランティアからデータを収集をし、例えば利き手や教育レベルなどのほかの要素も判別できるかどうかを試し、より精度を向上させる計画であるということだ。

 こうした技術は行動バイオメトリクス(Behavioral Biometrics)と呼ばれ、1970年代から主に犯罪科学の分野で研究が進められてきた。今回のタイピングのほかにも、その個人の歩き方、声、手書き署名、マウスの操作などからも本人の属性を判別する技術の開発が進んでいるという。ネットのアクセス先で利用者がどんな人間であるのがすぐにわかってしまう時代の到来が近づいているようだ。

■タイピングの速い人ほどミスが少ない

 タイピングが速いと何かにつけて便利なものだが、ビッグデータを扱った最近の研究では、タイピングが速い人ほどミスが少ないことを報告している。

 フィンランド・アールト大学と英・ケンブリッジ大学の合同研究チームは200ヵ国から16万8000人もの参加者を募りオンライン上のタイピングテストに挑んでもらい、1億3600万回ものキーストロークのデータを収集して分析している。

 タイピングテストで参加者はランダムに表示された文章をなるべく速く正確にタイピングしたのだが、タイピングが速い人々ほどミスが少ない傾向がはっきりと浮き彫りになった。そしてタイピングが速い人は、直前のキーを指から完全に離す前に次のキーを打つ“ロールオーバー”と呼ばれる技術を駆使していることも分かった。

 その昔のタイプライターの時代、タイプミスと言えば一字余分に打ったり逆に打ち損じているケースが多かったのだが、今日のパソコンの時代ではタイプミスはスペルの中での文字の打ち間違えが多いということだ。

 ほかにもパソコン時代のタイピンクの特徴としては指を多く使っていることがあげられるという。タイプライターの時代は左右の人差し指だけを使った“1本打ち”も多かったが、パソコン時代では使う指が各段に増えているのだ。

 参加者に平均のタイピング速度は1分あたり52語で、これは1970年代、80年代に存在した“キーパンチャー”の1分あたり60語~90語よりも遅い。しかしながら今は極端に速い人もいて、トップクラスの人々は毎分120語にも達するという。

 昔はタイピングを習うという人も少なくなかったが、おそらく現代ではほとんどが“自己流”であると考えられ、したがってさまざまな“癖”やタイプがある。

 速くて正確な人もいれば、指の動きはきわめて速いもののミスが多いというタイプの人もいる。ともあれ現在こうしてユーザーのタイピングを追跡して分類することが可能になったことで、効率的なタイピング法やトレーニング法の開発にも繋がるものになるだろう。

■タイピングの速度低下でパーキンソン病リスク

 高齢化社会を迎え“健康寿命”を延ばすことがますます重要視されてきているが、それを阻むのが認知症やパーキンソン病などの疾病だ。

 手の震えはタイピングの速度を遅くする主たる要因のひとつだが、パーキンソン病の患者の多くが診断を下される6年ほど前から手の震えがはじまっていたことを報告している。つまりタイピング速度が遅くなることは、その後のパーキンソン病の発症の前兆となるのだ。

 パーキンソン病は早期発見が鍵とされていて、軽度であれば適切な服薬によって進行を食い止められるといわれている。したがってその兆候をいかに早く発見できるのかがきわめて重要なのだ。

 豪・チャールズスタート大学の研究チームは実験参加者76人(内27人が治療の必要がないごく軽度のパーキンソン病)に対して、自宅のパソコンにタイピングの様子をモニターできるソフトウェアをインストールして9ヵ月間、パソコンを使用してもらった。ちなみに参加者の内15人が手の震えの症状があった。

 こうして収集したデータを分析したところ、軽度のパーキンソン病の人々は、そのタイピングのデータから80%の確率で判別できることが明らかになったのだ。

「この研究の最終的な目的は、かかりつけ医と個人の両方に対して広く利用可能なパーキンソン病のスクリーニングテストを開発することです」と研究を主導したワーウィック・アダムズ氏は語る。ちなみにアダム氏自身もパーキンソン病の患者である。

 2018年に発表された研究では200万人以上を対象に調査が行なわれ、仕事のストレスがパーキンソン病のリスクを高めていることが報告されている。しかしこれは男性のみに当てはまるという。男性の場合、周囲からの仕事面での要求がストレスに繋がるのだ。

 一方で女性の場合は、本人が仕事面で充実していることでパーキンソン病のリスクが高まることが、スウェーデン・カロリンスカ研究所から報告されている。

 どういうことかといえば、仕事に充実感を抱いている女性はストレスの原因となる時間外労働をしたり、仕事を家に持ち帰ったりする可能性が高いからであるということだ。本人の自覚がないかたちでストレスを溜め込んでいるのである。

 パーキンソン病の発症は、別名“ストレスホルモン”といわれるコルチゾールのレベルが高いことが以前の研究で報告されている。キーボードのタイピングが以前のようにうまくいかないケースがあった場合、“自覚できないストレス”を疑ってみてもよさそうだ。

参考:「ScienceDirect」、「Phys.org」、「Daily Mail」ほか

文=仲田しんじ

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