仏の道を歩み日々修行と研鑽に励むタイの仏教僧たちの間で今深刻な問題が浮上している。それはなんと信者たちから献上された“ジャンクフード”による肥満だ。
■タイの仏教僧の間で“メタボ問題”が浮上
実に国民の95%が仏教徒とも言われているタイでは、敬虔な信者たちは日常的に仏教僧に食べ物を施している。出家した仏教僧に食べ物を分け与えることは、信者たちにとって自分たちの先祖に供物を捧げる行為と同じであると信じられており、時には故人の好物だった高級料理などを気前良く施すということだ。
褒められこそすれ非難される覚えはない信者たちのこうした日課だが、しかし今日の我々を取り巻く食の環境がこの慣習に大きな問題を及ぼしているようだ。信者たちが施す食べ物や料理に、具材たっぷりのカレーや砂糖がふんだんに使われたスイーツ、あるいは甘い炭酸飲料や塩味が効いたスナック類などの“ジャンクフード”が増えてきているのだ。先祖が愛煙家だったという理由で仏教僧にタバコを与える信者さえいるという。
仏教の教えでは、仏教僧は信者たちから施された食べ物は全部受け取らなければならず、基本的はすべて食べることが求められている。しかし毎日こうした食事をしていてはいくら修行に励む仏教僧とはいえ、健康に支障をきたすのは火を見るより明らかだ。
タイ・バンコクの仏教僧であるピピット・サラキトウィノン氏はこうした食生活で一時期体重が180キロにまで増え、100メートル歩いただけで息があがっていたという。病院で検査をしたところ2型糖尿病、高血圧、膝関節の悪化が指摘されることになった。
2016年にチュラーロンコーン大学の研究チームが調査したところ仏教僧の48%が肥満であり、42%が高血圧であることが明らかになった。
タイの仏教界もこれを深刻な問題と受け止めて2017年12月にガイドラインを発行し、食生活を見直すと共に仏教僧全員に定期的な健康診断を課し、運動が奨励されることになった。
サラキトウィノン氏もこれに従い朝に運動する習慣をつけて、施された食べ物が“ジャンクフード”だった場合はほんのひと口食べるだけに留めるようになったという。また提供された食べ物をすべて受け取るのではなく選んで受け取るようにもなったという。そして1年間で30キロもの減量に成功したのである。
日々ストイックに仏の道を追求するはずの仏教僧たちの“メタボ問題”はまさに飽食の時代を物語っているのだろう。
■ジャンクフードを止めると薬物と同じ“禁断症状”
前出の仏教僧のように順調に減量が進めばそれに越したことはないが、そうはいっても一度ついてしまった食習慣を変えるのはなかなか難しい。特に“ジャンクフード”はアルコールやニコチン、薬物などと同じように依存性が高くなることが最近の研究で指摘されている。ジャンクフードを止めると“禁断症状”もあらわれてくるのだ。
糖質と脂肪が多いことがジャンクフードを定義づけるものになるが、加えてもうひとつ、加工が多い食品であることもジャンクフードの特徴である。そしてこうした高い度合いで加工された食品は脳の報酬系に変化をもたらし依存性を招くものになるようだ。
米・ミシガン大学の研究チームが2018年9月に学術ジャーナル「Appetite」で発表した研究では、ジャンクフード好きな231人の成人男女にジャンクフードの摂取をかなり控えるか完全に止めてもらい、その日からの毎日の精神状態を記録してもらう調査を行なった。
この調査は薬物の“禁断症状”を調べる手法に準じるかたちで実施されたのだが、その症状もまた薬物の禁断症状にきわめて似通っていた。
参加者たちの報告を分析した結果、ジャンクフードを控えた2日目から5日目までの間に、悲しみ、疲労感、(ジャンクフードへの)渇望、いらいらが高まっていることが浮き彫りになった。程度こそ違えど薬物の“禁断症状”と同じである。そして5日目から数日を過ぎると、この症状は徐々に消えていくこともわかった。
研究チームはこうした高い程度で加工された食品は薬物やアルコール、ニコチンと同じような依存性をもたらす性質を持っていると結論づけている。したがってジャンクフード習慣を止めるのはそう簡単ではないのだ。
厄介なのは“ジャンクフード中毒”は本人に自覚がなかったり、認めたくない心理が働き無視していたりするケースがあることだ。まずは“ジャンクフード中毒”を自覚することができれば対策もとれるのだろう。
ジャンクフードは何かをしながら自覚がないまま食べているケースもけっこうあることから、1週間で食べる量と回数を決めて単純に記録しておくだけで全体的なジャンクフード消費量を減らすことができる。
そして1週間、決めた量を守れた場合には脳の報酬系が
■ジャンクフードとうまくつき合う3つのポイント
一般的に“ジャンクフード”と呼ばれているフードアイテムでも適量を適切に楽しむぶんにはもちろん何の問題もない。減量や健康のためにはじめから一切ジャンクフードをやめようと考えるのではなく、ジャンクフードとうまくつき合っていくことができれば自然にジャンクフードを欲しなくなることを栄養学者が指摘している。
米・シモンズカレッジの栄養学者であるテレサ・ファン教授はジャンクフードへの対策は長期的な観点が必要であることを指摘している。食べて後悔した翌日から“ジャンクフード断ち”をしてもあまり良い結果を招くことはないということだ。そしてジャンクフードとうまくつき合っていく3つのポイントを解説している。
1.一週間単位で食べる量を決める
主食以外のハンバーガーやピザ、デザート、スナック類などの量を一週間単位であらかじめ決めておくことで食べ過ぎを防ぐことができる。
働き快感が得られることで、さらにジャンクフードの量を減らすモチベーションも湧いてくるのである。
2.ゆっくりよく噛んで食べる
まさに“ファストフード”の名の通り、多くのジャンクフードは短時間で“貪り食う”イメージがあり、実際にそうして食べている向きも少なくない。しかしファン教授はジャンクフードこそゆっくり時間をかけてよく噛んで食べるべきであると訴えている。
2015年に英米仏の合同研究チームが発表した研究ではメタ分析によって、咀嚼の回数と時間が食事の満足感と満腹感に大きな影響を及ぼしていることが報告されている。咀嚼の回数が多く時間が長いと早く満足感を感じるばかりでなく、食欲も減退してくるということだ。したがって食べる量が少なくなるのである。
最も戒めなければならないのは、テレビやネットに夢中になった状態で食べ物を口に運ぶことだ。こういう食事はたいていの場合あまり咀嚼せずに飲み込んでしまい結果的に食事量が多くなってしまうのだ。
3.空腹の時はジャンクフードを食べてはならない
ジャンクフードを食べたいがために一食抜くという案が浮かんでくるかもしれないが、ファン教授は一食抜いて空腹の状態でジャンクフードを食べれば結果的に食べ過ぎてしまうことを忠告している。
空腹の状態は脳は理性を保ち難く、気分も優れなくなる。したがって空腹の時にジャンクフードを食べるといつも以上に食べ過ぎてしまうということだ。
空腹の場合は最初にしっかり食事を摂ってからデザートなどを食べるべきで、食事を摂ることで食欲を促進するホルモンであるグレリンのレベルが低下し、食後にデザートを食べてもあまり量を欲しなくなるのである。
またデザートを食べたいなら朝にまとめて食べるのも有効であるようだ。朝は夜よりも糖質(炭水化物)の燃焼が盛んであるため、朝に食べたデザートは比較的すぐにエネルギーに変換されて脂肪として蓄積されにくいということである。
糖質と脂肪がたっぷりのフードメニューとうまくつき合い、少しずつジャンクフードから“縁遠く”なっていくことが推奨されているようだ。
参考:「South China Morning Post」、「ScienceDirect」、「Popular Science」ほか
文=仲田しんじ
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