日々の生活の中で我々は好むと好まざるとに関わらずいくつもの選択と判断を行なっている。ショップのセール情報や飲食店のサービスタイムを利用するなど明らかに得をする選択もあれば、得なのか損なのかよくわかららない判断を迫られることもある。最近の研究でこうした不十分な情報の中での意思決定において活発な動きを見せる脳の部位が特定された。
■億劫がらずに行動に移る時の脳活動を分析
原則的に我々は肉体的労苦などの犠牲よりも得られる利益が大きいと認めた時に行動を起していて、その判断の際には脳の前帯状皮質背側部(dorsal anterior cingulate cortex)、島皮質(anterior insula)、前頭前野腹内側部(ventromedial prefrontal cortex)が活発に働いていることがこれまでの研究でわかっている。
しかし現実の生活においては、情報が不足していて利益が得られるのかどうか分からないケースで意思決定を迫られる場合も少なくない。そしてこうした情報不足の中での意思決定は脳のどの部分が担っているのかもよくわかっていなかった。
米・エモリー大学の研究チームが2018年5月に発表した研究では、実験参加者の脳活動をfMRIでモニターしながら意思決定に関わる脳の部位をさぐっている。
何もしないで1ドルもらえるのと、利き手ではないほうの小指でなるべく早くボタンを連打して、その連打の早さによっては5ドル73セントまでの報酬が支払われるとしたら、アナタならどちらを選ぶだろううか。
こうしたケースに直面した参加者の脳活動を分析した結果、研究チームは脳の前頭前皮質腹内側部(ventromedial prefrontal cortex)が、こうした情報不足の中での意思決定に重要な役割を果たしていることを突き止めたのだ。
以前の研究では指摘されていなかった脳の前頭前皮質腹内側部の活動が、労苦を伴う意思決定の鍵を握っており、この活動によって意思決定における主観的な期待が形成されるのだ研究チームは説明する。
とりあえずボタンを連打する課題に一度挑んでもらい、参加者がそれぞれの成績に基づく報酬を受け取る体験をしてからの意思決定、つまり十分な情報を得たうえでの意思決定では、以前の研究に準じた脳活動が確認された。
意思決定の際に脳が通常どのように働いているのかを理解することは、うつ病や統合失調症などのモチベーションが低下する障害で起こっていることの理解に繋がると研究チームは指摘する。
今回の研究はうつや統合失調症の治療法の開発に繋がるということだが、情報が不足した中での意思決定では何かと期待が膨らんでしまうことも指摘されることにもなった。一部の人々がギャンブルをやめられないのも、情報不足で予測が不可能な状態での期待感にあるのかもしれない。
■“ロッキー”のテーマ曲はパフォーマンスの向上には繋がらない
どうにもヤル気が出ないときや、朝ベッドからなかなか出られない時に効果的なのが、気分を盛り上げてくれる楽曲の数々だ。ベタな例としてはプロレスの入場曲や“ロッキー”のテーマ曲などがあげられる。ランニングやジムでの運動の最中にはiPhoneや携帯プレーヤーなどでお気に入りの曲を聴いているという向きも少なくないだろう。
気分を盛り上げ、ヤル気にさせてくれるこの種の楽曲だが、その“効能”はいかほどのものなのか。独マックス・プランク研究所の研究チームは音楽が運動競技のパフォーマンスに及ぼす影響をさぐるために、参加者にバスケットボールのフリースローに挑んでもらう実験を行なっている。
150人の参加者は3グループに分けられ、それぞれ参加者が自由に選んだ楽曲、実験主催者が選んだ楽曲(モチベーションを高める曲)、音楽なし、の3つのシチュエーションでフリースローの課題に挑んでもらった。課題の後に参加者はそれぞれ、現在のメンタルの状態を問う一連の質問に回答した。
収集したデータを分析した結果、音楽はフリースローのパフォーマンスには一切影響を及ぼしていないことが判明した。音楽を聴いていても聴いていなくても、またそれがどんな音楽であっても競技のパフォーマンスには無関係であったのだ。
やや拍子抜けしかねない研究結果といえるのかもしれないが、一方でメンタルの充実には音楽の効果はテキメンであることも浮き彫りになった。課題の最中に楽曲を聴くことで自信と自己評価が高まり、不安が取り除かれ、よりリスクを取った行動ができるようになるということだ。音楽を聴くことで大胆になってリスクが取れるようになるのは、より男性に顕著にあらわれるという。
実験ではフリースローを行なう地点を遠ざけて成功すれば金銭的報酬を伴う設定も用意したのだが、音楽を流している時のほうがより遠くの地点からスローして高額の報酬を狙う者が増える傾向も浮き彫りになった。
メンタルにはきわめてボジィティブに作用する音楽だが、しかしながら“実力”のほうは変わりないわけであり、これがまた別の問題をはらんでくるかもしれない。たとえば実力に見合わない無茶なプレーが多くなったり、過度に攻撃的になったりすることなどだ。音楽の力を過信しないようにしたい。
■ジム通いを続けるための6つの科学的助言
意を決してジムに入会し、はじめの頃は足繁く通うものの、そのうちに億劫になってしまい、休会から退会という道を辿る人も少なくないだろう。そして数年してまたこれを繰り返したりもするかもしれない。
どうしたらジム通いが長続きするのか? 著作を多く手がける社会心理学者でミシガン州立大学の特任教授でもあるデボラ・フェルツ氏が、サイエンスに裏打ちされた「ジムに通う動機づけ」を6つ紹介している。
1.“鉄の掟”は捨て去る
トレーニング計画を立案するときには、「最低限これだけはやる」という“鉄の掟”を作りがちになる。月曜日には必ずジムに行くとか、トレッドミルで最低30分は走るなどだ。
しかしこうした“鉄の掟”はそれを満たすこと自体が目的化してしまいがちになる。そして“鉄の掟”を守れないことが続けば、自分で自分を責め、勝手に“自滅”してしまうのだ。したがってスケジュールは常に流動的に考え、月曜日にジムに行けなくても、時間がなくてトレッドミルが10分しか走れなくてもよいのだと予め考えに織り込んでおくべきである。
2.ちょっとした競争をする
同じようなトレーニングをしている人々とちょっとした競争をしてみるのもよい。相手には伝えなくとも、例えばトレッドミルで隣り合わせた人物よりも少し速く走ってみてもよい。
競争するのが好きな性質ではなくとも、自分よりもほんの僅かに優れている人物やグループを見つけ出しておくことで刺激が得られジムに通う理由のひとつになるということだ。またリレーや駅伝などのように、チーム全員でゴールを目指すタスクである結合型課題(conjunctive task)に参加することも有意義である。
3.ジム内に仲間をつくる
ジムに通うような人物は単独で運動スケジュールをこなすのが好きなタイプも多いが、義務感がモチベーションになりがちである。もしジム内に気の置けない仲間を作ることができれば、義務感からはやや解放された気持ちでジム通いができるようになる。
義務感からジムに通うのではなく、ジムで会えるであろう仲間を1人にさせておけないという理由からもジム通いができるようになるのだ。
4.ボディビルやシェイプアップを目的にしない
身体の外見の向上を目的にした運動は、一定期間内にその期待に遠く及ばないと理解した時にギブアップに繋がるということだ。逆に外見の向上を目指さなくなった時から運動継続のモチベーションが高まるということである。
6パックの腹筋を手に入れるなどの大きな目標を立てるのではなく、体重を5%落とすなどの短期間で実現可能な小さな目標を掲げて運動を続けることが結果的に大きな成果をもたらすのだ。
5.運動していることをSNSで公表する
ジム通いをして運動を続けていることをSNSで公表することで、当人のモチベーションになるばかりでなく、同志のユーザーからのアドバイスや応援を受けることもあり得る。2005年のペンシルバニア大学の研究では、SNSで運動仲間を得ることで運動量が増えることが報告されている。
6.“運動できなかった貯金”をする
予定通りにジムに行って運動できなかった日は、決して自分を責めるのではなくて例えば500円玉を貯金箱に入れるのだ。
“運動できなかった貯金”することでモチベーションが失われることなく“担保”される。そして3キロ減量などの小さなゴールを達成した時に、その貯金を手できることにすれば達成感とさらなるモチベーションを同時に獲得できることにもなる。
せっかく入会したジムなのだから初心を忘れずに長く通い続けたいものだが、あまり“義務感”に駆り立てられずに楽しみながら通い続けられる手筈を整えることがポイントのようだ。
参考:「PNAS」、「Frontiers in Psychology」、「NBC」ほか
文=仲田しんじ
コメント