ヒットソング、流行歌は世相を反映すると言われているが、昔に比べて昨今のヒット曲は“怒り”と“悲しみ”に満ちていることが最新の研究で報告されている。
■昨今のヒット曲は“怒り”と“悲しみ”に満ちている?
気分を高揚させたい時に聴きたくなる曲もあれば、心に染みるような泣ける曲を聴きたい夜もあるだろう。その時々のヒットソングを聞けば、その時代の人々がどんな気持ちになることが多かったのかが多少は分かるかもしれない。
米ミシガン州にあるローレンス・テクノロジカル大学の研究チームは1951年から2016年にかけての毎年の全米「ビルボードホット100」にチャート入りした6150曲の歌詞をすべて検分して歌詞にどのような感情表現が含まれているのかを探っている。その結果、現在に近づくほど歌詞は“怒り”と“悲しみ”が多くなっていることが明らかになった。
研究チームはコンピュータを用いた「automatic quantitative sentiment」という手法で歌詞を分析したのだが、1950年代の曲には最も低かった“怒り”の感情表現がその後少しずつ増え、1990年半ばから顕著に増えはじめて2015年にピークに達していたことが示された。しかし例外的に1982年と1984年の間だけは“怒り”は減っていたということだ。
また“悲しみ”と“憤り”、そして“恐れ”の表現も“怒り”ほど顕著ではないものの現在に近づくほどに徐々に増えていることも確認された。
1950年代の楽曲では“喜び”が多く表現されていたのだが、現在に近づくほどに減っていき、その表現方法もマイルドになっているという。しかしこれにも例外的な時期があり、1970年中盤に“喜び”が急に増えた一時期があるということだ。
今回の調査は、ポピュラー音楽の表現は月日の経過とともに変化し、その変化はいくつかの例外を除いて緩やかな一貫性があることを示すものになった。楽曲のバリエーションは変わらないものの、消費者の好みは時代によって変わるということになる。
現在に近づくほどに“喜び”よりも“怒り”や“悲しみ”に共感を受ける人が多くなっているとすれば、今の我々は60年前よりもかなり過激で“ドラマチック”になっているのだろうか。
■大ヒットするのは“踊れる曲”
歌詞の中に“怒り”や“悲しみ”というネガティブな感情表現が増えていることが指摘されているのだが、ではどのような曲調のポップソングがヒットしやすいのだろうか。50万曲にも及ぶデータを分析したところ、大ヒットするのは“ハッピー”で“踊れる曲”であるということだ。ネガティブな歌詞が増えていてもやはり大ヒットするのはみんなで歌って踊れる曲なのだ。
確かに昨今にリリースされる新曲の歌詞はより自己中心的な傾向が高まっていて、“私”や“オレ”が使われることが増え、また反社会的な表現や“ヘイト(嫌悪)”や“キル(殺す)”などという物騒な言葉が使われることも少なくない。こうしたネガティブな曲が増えると、男性歌手のヒット曲が少なくなるという現象も起こっているという。
このトレンドは今も続いているのだが、しかし大ヒットする曲は現在でも“ハッピー”な曲調の明るくて“踊れる”楽曲であるという。例えばファレル・ウィリアムスの「ハッピー(Happy)」などだ。
米・カリフォルニア大学アーバイン校の研究チームが2018年5月に「Royal Society Open Science」で発表した研究では、1985年から2015年の間にイギリス国内でリリースされた50万曲もの楽曲を分析して、“ヒット曲”の特徴を探っている。
リリースされる新曲のうちの4%がその年の“トップ100”にチャート入りするというが、100位入りしたヒット曲の傾向として、“女性ボーカル”、“リラックス”、“踊れる”、という“ハッピー”な特徴が浮かび上がってきたのである。
研究チームは“ハッピー”な曲の例として、1985年から86年にかけてヨーロッパで大ヒットしていたオーパス(Opus)の「Live is life」や、ワム! (Wham!) の「Freedom」、ブルース・スプリングスティーンの「Glory Days」などであるということだ。
もちろん売れる曲=良い曲であるということではないのだが、もし売れる曲を手がけたいのであれ、こうした傾向をじゅうぶんに理解して曲作りに取り組むことを研究チームは推奨しているようだ。しかしどんな曲がヒットするのか、そこにはまだデータ化できない要素もあり、こうした特徴以外にも成功を左右する要素があることにも触れている。
メロディーや歌詞のメッセージ性も楽曲の評価を左右する要素だが、ソーシャルな部分では我々の多くはやはりみんなで一緒に盛り上がれる“ハッピー”で踊れる曲が好きなようである。
■サイエンス的に最もハッピーになれる楽曲は?
どんなにネガティブな歌詞の曲が増えても、大ヒットするのは“ハッピー”で踊れる曲であることが示されているのだが、では最も“ハッピー”にさせてくれる曲はどの曲なのか? サイエンスの側から人を最も幸せにする曲は、クイーンの「ドント・ストップ・ミー・ナウ(Don’t Stop Me Now)」であるという。
2013年の米・ミズーリ大学の研究ではアップビートの曲調の楽曲を聴くことで気分が盛り上がり“ハッピー”になれることが報告されている。ハッピーソングが実際に人を幸せにしているのである。
オランダの神経科学者であるヤコブ・ヨリン氏はそこからさらに研究を深め、世界で最もハッピーになれる楽曲がどれなのかを割り出すことに取り組んでいる。
ヨリン氏は独自に編み出した“幸せ方程式”によって過去50年間のポップソングの中からきわめてハッピーになれる楽曲を126曲選出。2000人を越えるイギリス人から投票を募ったところ、ハッピーになれる曲として3分2というブッチぎりの支持を得たのがクイーンの「ドント・ストップ・ミー・ナウ」だったのだ。したがって「ドント・ストップ・ミー・ナウ」が世界で最もハッピーになれる楽曲ということになったのだ。
「良い気分になれる曲は平均的なポップソングに比べてかなりテンポが速いです。平均的なポップソングが118BPM(ビート/分)であるのに対し、良い気分になれる曲は140BPMから150BPMあります」(ヤコブ・ヨリン氏)
「ドント・ストップ・ミー・ナウ」のテンポはこれに当てはまり、歌詞の内容とテーマもポジティブであり世界で最もハッピーになれる楽曲に相応しいという。
映画『ボヘミアン・ラプソディ』の大ヒットもあり、再び脚光を浴びているクイーンの楽曲の数々だが、ハッピーになれる楽曲が多いのだとすればますます注目を集めることになりそうだ。
参考:「University of California Press」、「The Royal Society」、「University of Missouri」ほか
文=仲田しんじ
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