集中力が続かないまま仕事を続けるのはきわめて効率が悪い。そこで注目されているのが短時間の仮眠だろう。仮眠は気分をリフレッシュさせるだけでなく、いろんいろな点で“脳によい”ことが報告されている。
■“寝る子”は言葉を覚えるのが早い
「寝る子は育つ」というだけでなく、寝る子は“学ぶ”ということわざも加えたほうがよいのかもしれない。幼児の言葉の学習と昼寝に大きな関係があるという研究が報告されている。
オーストラリア国立大学の研究チームは、幼児が親しみのある環境の中で、これまで聞いたことのない言葉を聞き、見たことのないモノを見たとき、認知機能にどんなことが起こっているのかを研究した。
実験では生後30ヵ月の幼児たちが研究の対象となった。幼児の視線の先を視線追跡技術(アイトラッカー)で追いながら、これまで聞いたことがない単語を聞かせ、その単語が何を意味しているのか、PCディスプレイ上に現れたいくつかのモノの中から指をさして選んでもらうという一連の作業が行なわれた。
初めて聞く単語が耳に入ったとき、子どもたちはすでに知っているモノは見ずに、初めて見るモノを選ぶ傾向が明らかになったということだ。当然といえば当然なのだが、すでに知っているモノの名前を思い出して確認したりすることなく、新たな音声と新たなモノを結びつけているのだ。
この学習作業のあと、参加した子どもたちの半数に昼寝をさせ、残る半数は起きた状態で4時間過ごしてもらった。4時間後に新しく学習した言葉をどれくらい記憶しているのかを測るテストを行なったのだが、昼寝をした子どもたちのほうが総じてテストの成績が良いことが明らかになった。
「初めての出来事、初めて見るモノ、初めて知る言葉など、子どもたちは常に洪水のように新しい体験に晒されています。定期的な居眠りは今さっき学んだ物事の暗記を手助けしているのです」と、オーストラリア国立大学のエマ・アレクソン博士は語る。つまり終始フル回転の子どもたちの脳には、こまめに頭を休ませる時間が求められているということだろう。パソコンのCPUがフル回転してオーバーヒートするような、まさに“知恵熱”を発症させないためにも、2、3歳の幼児は特に昼寝やうたた寝が必要とされているのだ。
日々大量の知識を吸収している幼児の発育に昼寝や仮眠は欠かせないということになるが、この記憶のメカニズムは我々大人にとっても多少は当てはまるものになる。脳機能の維持のためにも、状況が許す限りにおいて短時間の仮眠の機会を多く持ちたいものだ。
■授業後に昼寝をしたグループが最も良い成績を収める
学生時代のテストではもっぱら一夜漬けばかりだったという向きも少なくないとは思うが、テストが無事に終わるや憶えたことをキレイさっぱりと忘れてしまっていた体験はないだろうか。それもそのはず、やはりちゃんと眠っていないと効果的な学習ができないことが指摘されている。
シンガポール国立大学医学部の研究では、72人のボランティア実験参加者に80分間の授業を受けてもらった。授業の内容はアリとカニのいくつかの種類をとり上げてその特徴などを解説するものだ。
80分間の授業のあと、実験参加者が3つのグループに分けられそれぞれ別々の行動でその後の1時間を過ごした。Aグループは映画観賞し、Bグループは昼寝をし、Cグループは授業の復習をしたのである。
3通りの1時間を過ごした後、実験参加者全員で2コマ目の授業を同じく80分間受けた。もちろん最初の授業とは全く異なる内容だ。そしてこの2コマ目の授業が終わった後、1コマ目の授業についてどれくらい憶えているかテストを行なったのだ。アリとカニの種類の名称、生息地域や生態の特徴など360問が出題された。
テスト結果は1コマ目が終わって1時間昼寝をしていたBグループの成績が最も良かった。2番目に成績が良かったのが復習をしたCグループで、Cグループにかなりの差をつけられて最下位だったのが映画鑑賞をしたAグループであった。
さらに1週間後に再び同じテストを実験参加者に受けさせたのだが、ここでもやはりトップの成績を収めたのはBグループであった。そして興味深いのは、最初のテストではかなり成績に差があったCグループとAグループだったが、この1週間後のテストではほとんど差がなくなっていたということだ。つまりAグループが授業直後に行なった1時間の復習は1週間でその学習効果をなくしてしまったことになる。一夜漬けの勉強がテスト後には頭に残っていないのも尤もなことであったのだ。
しかしながら、復習という“努力”を行なったグループが昼寝をしていたグループよりも成績が劣るというのは、なかなか納得がいかないかもしれない。この記憶のメカニズムについてはまだ完全に科学的に解明されてはいないのだが、睡眠と記憶の強化には深い関係があることはこれまでにも各種の研究で指摘されている。今回の実験では、授業後に映画を見たグループがほかに比べてかなり成績が悪かったのだが、別の研究では学習の直後に激しい運動することでも記憶の定着が妨げられるという研究も報告されている。
ということは、集中して学習をした後しばらくの間はエンタテインメント体験や運動などの強い刺激は避けたほうよいということになりそうだ。可能であれば短時間の仮眠をとるのがベストということになる。授業の合間の休憩時間には机に突っ伏して頭を休ませるのが最も有効な時間の過ごし方なのかもしれない。
■生産性が向上する“20分仮眠”
実際に生産の現場でも決して少なくない企業が従業員に仮眠の時間を与えているようだ。決して福利厚生サービスというわけではなく、仮眠時間を与えたほうが実際に生産性が上がるからにほかならない。
米・ニューヨークの内科医で睡眠の専門家であるジャネット・ケネディ医師は、午後3時前に20分の仮眠をとることで、睡眠障害の解消に繋がることを指摘している。仮眠によって短時間で疲労を回復することができるだけでなく、日中のカフェイン摂取量を減らすことができることもまた睡眠障害の改善を促すものになるということだ。
また、NASAが1990年に発表した研究によれば、米軍の航空機パイロットと宇宙飛行士を対象にした検証で40分の仮眠で作業パフォーマンスが34%向上し、注意力は100%に回復することが示されている。
さらに健康面への好影響も報告されており、カリフォルニア大学バークレー校の研究によれば、90分の昼寝が神経回路を安定させ、認知機能の向上、記憶の強化、クリエイティビティの向上、感情の安定などに寄与し、前向きな精神状態へ導くという。欧州心臓学会(ESC)の昨年の報告では、昼寝を習慣づけることで血圧の低下や心臓発作リスクの低減が見込まれるということだ。
前出のケネディ医師によれば、午後の仮眠は20~30分か、あるいは90分のどちらかにすべきであるという。睡眠リズムの関係で1時間前後の仮眠や、90分以上の昼寝は夜の睡眠に悪影響を及ぼすということである。忙しいビジネスパーソンにしてみれば、自ずから20分の仮眠が最も現実的な選択となるだろう。
眠気を覚え、集中力が欠けてきたと感じた場合、コーヒーに手を出す前に20分間目を閉じて脳を休ませることができるのかどうか検討してみても良さそうだ。
参考:「Canberra Times」、「New Scientist」、「Your Story」ほか
文=仲田しんじ
コメント