日本でも時折、寿司ネタの呼び名が適切であるのかどうかが話題になるが、今日のグローバル化された食品流通では個人の想像力を超えた食材が食卓に乗っている可能性もある。健康被害がない限りはあまりセンシティブになっても仕方のないことだが、時には目の前の料理の食材がどこから来たものなのか、少し気にしてみてもいいのかもしれない。
■海産物の5分の1が“食品偽装”
実際のところ、海産物の“食品偽装”は今や世界的現象となっていて、海産物の食品・料理の5分の1が誤った表記で提供されているというショッキングなデータが2015年に公表されている。
海洋保護NPOの「Oceana」が世界中の海産物商品を調査したところ2万5000件以上の誤表記を確認した。調査サンプルの5つに1つは食品偽装だったのだ。
前出のアジア産ナマズが世界で最も偽装されて流通しており、鯛などの白身魚としてアメリカ、カナダ、ヨーロッパ、ブラジル、インドで広く販売されているという。調査では141件が確認され、事例によって18種類の魚種の名前に変えられて流通しているということだ。
フィッシュ&チップスの本家イギリスでは、安価なコダラやホワイティング(ヨーロッパ産の小型のタラ)がより高級なタラとして販売されている例が消費者団体の調査で暴かれている。
こうした海産物の食品偽装で健康へのリスクをもたらすケースもある。南アフリカ沿岸のサワラ(king mackerel)は水銀汚染が酷く市場では敬遠されているのだが、バラクーダやカマスと名前を変えて普通に流通しているという。またやはり水銀汚染が深刻で食用魚のリストから外されているblueline tilefish(アマダイの一種)がニューヨークのスーパーでマダイやオヒョウとして売られていたという。
さらに乱獲や種の絶滅に関わる偽装も問題になっており、ブラジルでは絶滅が危惧されているノコギリエイ(largetooth sawfish)がサメとして売られていることが確認された。南カリフォルニア・サンタモニカの寿司レストランではクジラをマグロの大トロと偽って提供していたことが発覚して料理人が逮捕されている。
世界中にはびこっている海産物の食品偽装だが、その主要な動機はやはり業者による利益の追求だ。もちろん最大の被害者は消費者だが、各地域の健全な地元漁業にも大きなダメージを与えている。刺身やフライ用などとして切り身になってしまえば消費者にはもはや判別できないだけに、各国政府や国境を越えたNPOなどが協力してガイドラインを設け、チェックを怠らないことが求められるのだろう。
■産地特定のカギを握るクラゲ
産地と流通の追跡可能性(トレーサビリティ)が求められているグローバルな海産物市場だが、偽装を意図的かつ巧妙に行なおうする勢力に対しては調査の力もなかなか及ばないだろう。
海産物をDNA鑑定することでこれまでいくつもの偽装が暴かれてきたのだが、DNA鑑定をもってしても産地の特定は難しく、科学的手法による追跡可能性の確保は難しいと言われきた。しかしそこへ一筋の光明が見えてきたという。そのカギを握るのはクラゲだ。
イギリス・サウサンプトン大学の研究チームは、北海のクラゲを調べることで“化学物質マップ”を作り、北海で水揚げされた海産物の漁獲地が特定できることを指摘している。
現代の海洋には残念なことではあるが各種の化学物質が流れ込んでいる。そして海水に含まれる化学物資のパターンは各エリアで異なる。つまり地域性があるのだ。この地域性を良く反映しているのが、あまり移動せずに浮いているクラゲなのである。
北海の各エリアで採取したクラゲの体内を調べることで、そのエリアの化学物質のパターンを把握できる。これをマップにすることで各エリアの地域性が浮き彫りになる。
研究では、北海で獲れたホタテガイとニシンの体内の化学物質を調べ、その情報だけで漁獲地を特定することができた。今後はテストする魚種を増やしてさらに検証を行い、将来的には世界中の海洋でクラゲによる“化学物質マップ”の作成を目指すことになる。まったくお手上げだった漁獲地の追跡に大きな希望が見えてきたのは消費者にとって喜ばしい限りだ。今後も安心して海の幸を賞味したいものである。
文=仲田しんじ
コメント