体調を良好に保つ食事法として一部で支持を集めているグルテンフリーダイエットだが、政治的ポリシーとグルテンフリーの関係を探った興味深い研究が報告されている。
■グルテンフリーダイエット支持はリベラルに多い?
プロテニスプレイヤーのノバク・ジョコビッチ選手が患っていたことで広く知られることになったセリアック病(coeliac disease)は、小麦などに含まれるタンパク質「グルテン」に対する免疫反応が引き金になって起こる自己免疫疾患で、人口の1%ほどがこの症状を持つと考えられている。
この疾患に対処するには、グルテンを食事から排除したグルテンフリーダイエットを心掛けなければならないのだが、セリアック病と診断されていない人々の間でもこのグルテンフリーダイエットは健康を保つ食事法として一部から強い支持を受けている。
グルテンフリーダイエットの認知度の高まりを受けてのことか、アメリカでは少し前から社会的正義(ポリティカル・コレクトネス)として、このグルテンフリーダイエットを選択できる権利が一部で主張されている。
2016年に大統領選に出馬した共和党のテッド・クルーズは、軍隊の給食においてグルテンフリーダイエットの選択を禁止する公約を掲げたことでも話題を呼んだ。グルテンフリーダイエットの権利主張はリベラルに利用されていると批判したのである。
本当にグルテンフリーダイエット支持者には政治的リベラルが多いのか? 米・ミシガン州立大学とオクラホマ州立大学の合同研究チームが2019年6月に「Agriculture and Human Values」で発表した研究では、人々の政治的立場とグルテンフリーダイエット支持についての関係を実験を通じて検証している。
1000人のアメリカ人を対象にした調査で、回答者の約29%がグルテンフリーダイエットを支持している実態が明らかになった。しかしながら政治的に保守であれリベラルであれ、グルテンフリーダイエットの支持率はほぼ同程度であったのだ。したがってテッド・クルーズの見解はサイエンス的には否定されたことになる。
しかしながら興味深いことに、政治的リベラルにセリアック病の確率が若干高いことも示されることにもなった。とはいえサンプルの絶対数が少ないためにさらなる検証が必要とされている。ひとまずはグルテンフリーダイエット支持に政治的立場はほとんど関係がないという理解でよいのだろう。
■グルテンフリーは一般人にも健康メリットがあるのか?
セリアック病と診断されればグルテンフリーダイエットを余儀なくされるが、グルテンフリーダイエット支持者の大半はセリアック病ではない。
それでも実践者はグルテンフリーダイエットで体調が良好に保てると“自己申告”して自発的に続けている。しかし本当に一般人のグルテンフリーダイエットにメリットはあるのかろうか。
英・シェフィールド大学をはじめとする合同研究チームが2019年5月に「Gastroenterology」で発表した研究では、実験を通じてセリアック病ではない人々がグルテンフリーダイエットを続けることで実際に健康メリットが得られるのかどうかを探っている。
健康な28人が参加した実験では2週間のグルテンフリーダイエットを行うことが求められのだが、無作為に分けられた半分の参加者は本人には知らされずグルテンが含まれる食事が提供された。
実験の前後に健康状態と体調が詳しく測定されたのだが、2つのグループの間に健康状態や体調の変化に差が出るということはなかった。つまり健康な人間にとって、グルテンの有無は健康に影響を及ぼさないということになる。
これまでの別の研究では、グルテン摂取量が少ない人ほど2型糖尿病を発症するリスクが高いという報告もあり、このケースでは健康な者のグルテンフリーダイエットには逆に健康リスクがあることにもなる。
セリアック病でなくとも、グルテンを摂取すると明らかに胃腸の調子が悪くなるという「グルテン過敏症」の症状もあるが、そのどちらでもない健康な人々は必要以上にグルテンを気にしなくてもよさそうだ。
■グルテンフリーメニューの32%からグルテンを検出
アメリカではグルテンフリーダイエットは我々が考えている以上に認知されていて、グルテンフリーの小麦粉やパスタなどが販売されているほかにも、レストランのメニューにグルテンフリーの表示があるケースも少なくない。
しかしながらさまざまな食材や調味料が使われるレストランメニューのグルテンフリー表示は本当に信頼できるのか? 米・コロンビア大学の研究チームが2019年5月に「The American Journal of Gastroenterology」で発表した研究では残念な実態が示されることになっている。レストランのグルテンフリー表示はかなり信頼できないものであったのだ。
研究チームは18カ月間にわたってアメリカ各地のレストランのグルテンフリーメニュー5624品を、804人が携帯型グルテン検知機器で検査して収集したデータを分析した。
分析の結果、グルテンフリーの表示のあるメニューの32%からグルテンが検出された。朝食メニューでは27.2%、夕食メニューでは34.0%であった。
メニュー別にはピザとパスタがグルテンが検出される可能性が最も高く、ピザの53.2%とパスタの50.8%でグルテンが検出された。
地域差もあり、グルテンフリー表示メニュ―のグルテン検出率は北東部よりも西部のほうが低くなった。またカジュアルレストランのほうがファストフードレストランよりもグルテン検出率は低くなった。
セリアック病とグルテン過敏症の方々は端的にレストランのグルテンフリーメニューをそのまま鵜呑みにはできないことを示す研究結果となった。もちろん調理する側はグルテンフリーを提供するつもりなのだろうが、調味料や脇役の食材などで料理をアレンジする過程でグルテンが混入してしまうケースもあるのだろう。セリアック病の症状を持つ方々にとっては知っておかなくてはならない話題である。
参考:「Springer」、「ScienceDirect」、「NLM」ほか
文=仲田しんじ
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