芸術家や作家の多くは孤独に活動しているものだが、職種によってはクリエイティブであることを求められる組織もあるだろう。しかしながら組織の中の従業員に対してもっとクリエイティブであれ、と求めることは時にリスクをはらんでいることが最近の研究で指摘されている。往々にして人物の好き嫌いの問題に繋がるというのだ。
■創造的アイデアは“自分語り”?
職務において正確性を求められたり、早さを求められるたりするケースは多いと思うが、仕事の内容によっては創造性を求められるケースもあるかも知れない。
企画会議などでアイディアを出し合う「ブレインストーミング」は多くの企業で行われているが、これが組織においては少なからぬ危険をはらむものであることが報告されている。
米・イリノイ大学アーバナシャンペーン校の研究チームが2019年9月に「Personality and Social Psychology Bulletin」で発表した研究では、クリエイティビティの発露は結局のところは“自分語り”であることを実験を通じて示している。
合計600人が参加した3つの実験で研究チームは、合理的なアイデアと比較して、創造的なアイデアを生み出すように求められた人々は、それらのアイデアが自己表現であると信じる可能性が高いことを突き止めた。つまりクリエイティブなアイデアを求められると、人は往々にして自分の意見が求められているのだと受け止めてしまうのである。
そして実際にブレインストーミングで新しいクリエイティブなアイデアを表明した者は、“自分語り”をしたのだと深く感じていることもまた別の実験で明らかになったのだ。
組織においてこれが何を意味するのかといえば、あくまでもアイデア出しの会議であったとしても、それを口にした人物の好き嫌いの問題に繋がりやすいということである。クリエイティブなアイデア出しでは自分がより強く出されるため、人物評価に直結しやすいのだ。そしてもちろん、組織内で人物の好き嫌いが先鋭化してもあまりいいことはなさそうだ。
もちろん優れた創造的なアイデアが組織においても求められることもあるのだろうが、話がクリエイティビティに及ぶ場合、こうしたリスクをよく理解しておくことも必要なのだろう。
■クリエイティブな人は“遠く”のことを考える?
そもそもクリエイティブな人は考え方にどのような特徴があるのか。その指標の1つになるものが、遠い先の未来を想像できる能力にあることが最近の研究で報告されている。クリエイティブな人が100年先のことを考えると、脳の「背内側核(はいないそくかく)系デフォルトモードネットワーク」のスイッチが“オン”になるというのだ。
米・ダートマス大学やプリンストン大学をはじめとする合同研究チームが2019年2月に「Journal of Personality and Social Psychology」で発表した研究では、実験を通じてクリエイティブな人々の思考の特徴を探っている。
まず2つの行動研究により、創造性の低い個人と比較して、クリエイティブな専門家は例えば100年先や500年先の未来についてのシミュレーションを詳細かつ鮮明に行えることが確かめられた。つまりクリエイティブな者は、遠い未来のことをある程度のリアリティを抱きつつ想像できることになる。
続く実験では、近い将来と遠い未来を想像することで脳活動が違ってくるのかを検証するために、合計27人のクリエイティブな専門家たちとコントロールグループの脳活動をfMRIでモニターした状態で、喫緊の問題と、遠い先の未来について想像する課題に取り組んだ。
収集したデータを分析したところ、例えば明日の朝食に何を食べるかや、自分が住む近所の様子などの近しい問題を想像した時には、専門家と一般人の脳活動に違いはあまり見られなかった。
しかし100年先の問題など、遠い未来のことを想像したとき、両者の脳活動に大きな違いが見られたのだ。遠い先の未来に思いを巡らせる専門家の脳では「背内側核系デフォルトモードネットワーク」のスイッチが“オン”になって活発に活動していたのである。
したがってクリエイティブな発想を得たいと思った時には、今いる自分の位置から時間的あるいは距離的に遠い状況を考えてみると何かヒントが浮かぶのかもしれない。
■普段の脳波でクリエイティブかどうかがわかる
クリエイティブな発想には“ひらめき”があるとよくいわれている。そして“ひらめき”が多い人の脳活動に特徴があることが最近の研究で報告されている。このような人の脳は特に意識的にものを考えていない普段の状態でもクリエイティブであるというのだ。
米・ドレクセル大学の研究チームが2019年2月に「Neuropsychologia」で発表した研究では、安静時の脳活動を診断することで、その人物の“認知スタイル”を予測できることを報告している。
42人が参加した実験では、キャップ型の脳活動測定機器(EEG)を使い安静時の脳活動をモニターした。その後、当人の“認知スタイル”を浮き彫りにするためのワードパズルの課題に取り組んでもらい、分析的思考(analytical thinking)なのか、それとも洞察的な創造的思考(creative thinking)なのか、タイプ分けされたのだ。
収集したデータを分析したところ、安静時の脳活動でその当人の認知スタイルを高い確率で予測できることが明らかになったのだ。分析的思考者は安静時の前頭葉でより高いレベルの活動を示し、創造的思考者は後部脳領域、特に側頭葉と頭頂葉でより多くの活動を示すことが判明した。
実験が設定された7週間の間、この傾向は一貫して見られたことから、当人の認知スタイルはかなりの程度決定的な特徴ということになる。
もちろん状況によっては分析的思考者が創造性を発揮したり、創造的思考者が冷静な分析を行う場合もあり得るが、認知スタイルは基本的には変わらないと考えられるという。時間をかけて意識的に認知スタイルを変えることができるのかどうかはまた別の研究分野になるが、分析的なのか創造的なのか、自分の認知スタイルを自覚してみてもよいのだろう。
参考:「SAGE Journals」、「APA PsycNet」、「ScienceDirect」ほか
文=仲田しんじ
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