その人物がどんな人なのか、その“本性”を知ってみたいなら、判断を急かしてみることでその人の基本的な性質がわかるのかもしれない。2秒以内に判断してもらうことで、その人物が利己的なのか奉仕的なのかが分かることが最近の研究で報告されている。
■時間的プレッシャーで“本性”が明らかになる?
社交的、慈善家的にふるまっている人物が本当に利他的な性質を持っているのか? それを見極める良い方法があるという。「独裁者ゲーム」で2秒以内に手を判断してもらうのだ。
中国・浙江大学(Zhejiang University)と米・オハイオ州立大学の合同研究チームがこの9月に「Nature Communications」で発表した研究では、素早い判断を求められた際には利己的な人物はより利己的な判断を下し、奉仕的(pro-social)な人物はより奉仕的な意思決定を行なうことを示している。そして判断に際してたっぷり時間が与えられた場合は、利己的な人物は逆に奉仕的になり、奉仕的な人は利己的になるというから興味深い。
ドイツとアメリカの大学生102人(男子46人、女子56人)が参加した実験では、学生たちに行動科学系の実験でよく使われている「独裁者ゲーム(dictator game)」を200回にわたってプレイしてもらった。
独裁者ゲームとはお金を与えられた親(独裁者)が、顔の見えないパートナーに対してその中からいくらのお金を分け与えるかをその都度決めてもらうシンプルなゲームである。与える金額はまったく自由で“0円”でも全額でもよいのだが、これまでの研究で例えば1万円与えられた独裁者は平均で2千円を見知らぬパートナーへ分け与えることが浮き彫りになっている。
平均以上の金額を分け与える者は奉仕的人物と見なされ、平均以下しか与えない人物は利己的人物と定義されるわけだが、今回の実験では金額を決める時間において2秒以内、10秒以内、無制限という3つの条件が用意されてランダムに割り振られた。
収集したプレイデータを分析したところ、2秒以内の判断において利己的な人物は分け与える金額をより渋るようになり、奉仕的な人物はより気前がよくなっている傾向が突き止められたのだ。
そして興味深いことに時間無制限の判断においては、利己的な人物は普段よりも奉仕的になり、奉仕的な人物は珍しく利己的な意思決定を行なっていることも明らかになった。
ともあれ、時間的プレッシャーがある状況下での判断にはその人物の“本性”がよくあらわれるということになる。こうした機会に明らかになるその人物の意外な本音に驚かされることがあるかもしれない。
■オーガニック食品の購入で利己的に?
“食の安全”がこれまで以上に求められている中、値段は張るが健康に良く環境にも優しいオーガニック食品を選ぶのは“意識高い”消費行動であり賞賛されてしかるべきだろう。
しかし興味深いことにオーガニック食品を購入することで当人がより利己的な人物になることが報告されている。“意識高い”はずのオーガニック食品がユーザーを自己中心的な鼻持ちならない人間にしてしまうとすれば驚くばかりだ。
米・ブラウン大学とボストンカレッジに籍を置く神経科学者のレイチェル・ハーツ氏が2017年に出版した著書『Why You Eat What You Eat』では興味深い実験が紹介されている。
実験参加者は2グループに分けられ、Aグループにはオーガニック認定ラベルが貼られたリンゴの写真が見せられ、Bグループには家庭でも作るようなチョコレートケーキの写真が見せられた。
その後、両グループ共にややグレーゾーンでの判断が求められる数々のモラルの問題について評価を下してもらった。問題は例えば関係が遠い親族メンバーとの合意のセックスや、仕事欲しさに救急病院(ER)でうろうろしている弁護士をどう思うかなどの“グレー”な質問である。
回答データを分析したところ、オーガニックのリンゴを見たAグループのほうがBグループよりも他者のモラルについて厳しい目で見ることが明らかになった。さらに参加者に対して自由になる時間にボランティア活動をするように要請すると、Aグループが申告したボランティアの時間はBグループの半分に留まったのだ。つまりAグループは“人に厳しく自分に甘い”ということになる。
ハーツ氏によれば、オーガニック食品の購入はある種の“特権意識”を芽生えさせ、自分が優れているという思いを強くするという。したがって(自分より劣った)他者の言動には厳しい目が向けられ、特権を有する自分が負う責任には甘くなると説明できるのである。
もちろんオーガニック食品を購入する人全員が利己的になるわけではないが、こうした落し穴が確実にあることがサイエンスの側から指摘されているようだ。“食の安全”を追求するあまり、知らず知らずのうちに利己的で付き合いにくい人間になっていないかどうか“意識高い”系の人々には時折自己診断が求められているのかもしれない。
■利己的な意思決定が全体の利益に繋がる
利己的であること、自己中心的であることのネガティブな側面が話題になっているのだが、自分を最優先する“自分ファースト”は我侭で悪いことなのか? 実はそんなこともなく、適度な利己主義は結果的に組織全体の利益に資することが最近の研究で指摘されている。
米・オハイオ州立大学、ラトガース大学、ニューヨーク大学の合同研究チームが2018年5月に学術ジャーナル「Organizational Behavior and Human Decision Processes」で発表した研究では、自己中心的な意思決定が組織全体の利益に繋がっていることが報告されている。
職場の同僚のパソコンの具合が悪くなりヘルプを求められたのだが、わりと重要な仕事の最中なので断ったとすれば自分勝手な人間だと見られてしまうかもしれない。しかしよく考えてみれば、同僚のパソコンを診断して修復する作業よりも、重要な仕事をするほうが会社にとって利益のある行いである。つまり目の前の現実の状況にとらわれない高いレベルの行動が非情であったとしても全体のためになっているのだ。
研究チームは106人の学生に健康を増進するにはどうすればよいかを考えてもらった。半分の学生には例えば長寿というような人生全体を考える“ビッグピクチャー”を思い描いてもらい、残る半分には運動をするなどの今何をしたら良いのかを考えてもらった。
その後、学生たちに5人ずつで行なう「経済ゲーム」をプレイしてもらった。経済ゲームは5人の中でお金をシェアし合うゲームなのだが、“ビッグピクチャー”を思い描いたグループのほうが、全体の利益を最大化するようにプレイしていることが浮き彫りになった。“ビッグピクチャー”を思い描くことは喫緊の要求を時には軽視することにもなり、自分勝手にも映るのかもしれないが、長い目でみれば全体の利益に貢献することにも繋がるのである。
“ビッグピクチャー”を思い描くということは、その意思決定から心理的な距離を置くということである。空腹の時には止むに止まれず物を食べる行為に出るが、そこで一歩心理的に距離を取ってより広い観点から今の自分を把握できれば、より賢明な食事ができそうだ。
何かとスピードが求められる昨今の世の中だか、慌しい日々の社会生活に忙殺されることなく、心の片隅にはぜひとも“自分ファースト”の大きな展望を持ちたいものである。
参考:「The Ohio State University」、「Yahoo! Life」、「The Ohio State University」ほか
文=仲田しんじ
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