ウィンウィンな“互恵関係”を築けるのは人間だけだった

サイエンス

 経済においてなぜ“バブル”が発生し“バブル崩壊”という最悪の結果に誘われるのか。そこには生物学的な要因が潜んでいるかもしれないというから驚きだ。男性トレーダーの“マッチョな取引”がバブルを引き起こし、バブルを崩壊させているという。

■“マッチョな取引”でバブルの発生、崩壊へ?

 国際的なリサーチ会社であるINFORMS(Institute for Operations Research and the Management Sciences)がが発行する学術ジャーナル「Management Science」で2017年9月に発表された研究では、代表的な男性ホルモンのひとつであるテストステロンが、金融市場の取引行動に影響を及ぼしている可能性を示唆している。男性ホルモンの分泌が盛んな男性トレーダーによる“マッチョな取引”が金融市場を不規則かつ不安定にしている要因のひとつであるというのだ。

 実験では140人の若年男性にテストステロンの錠剤かあるいは偽薬(プラセボ)を服用してもらい(もちろん本人はどちらを服用したかわからない)、架空の金融市場ではあるものの実際に現金を使って金融商品や資産の売買を行なってもらった。

 彼らの取引行動を分析した結果、偽薬を服用したグループと比較して、テストステロンを投与されたグループの取引は金額と量が大きくなる傾向があり、バブルを発生させやすいことがわかったのだ。偽薬を服用したグループは「安く買って高く売る」という原則を守っているのに対し、テストステロンを服用したグループは「高く買ってより高く売る」という取引行動になる傾向があるということだ。

「今回の研究ではこうした“生物学的要因”が金融市場での取引リスクを悪化させる可能性があり、プロのトレーダーにおける意思決定に男性ホルモンの影響を考慮する必要があることを示唆しています」とカナダ・ウェスタン大学アイビービジネススクールのエイモス・ナドラー氏は語る。

 男らしい男性トレーダーによる“マッチョな取引”にはじゅうぶんに警戒すべきだということになる。組織にとっての対策としては、男性トレーダーの取引を任意に中止させて、偏見のある売買の意思決定がないかどうかをチェックすることであるという。つまり“頭を冷やす”時間をランダムに与えるのだ。そして実際に若い男性トレーターの数を減らす方策も当然あり得る。

「これはテストステロンが株式市場での取引に影響を及ぼしていることを示した最初の研究であり、テストステロンの神経学的影響を妨げない限り、最適ではない意思決定を下すリスクを払拭できません」(エイモス・ナドラー氏)

 頼もしい外見でいかにも仕事が出来そうな“マッチョ男性”だが、金融と投資の世界ではやや分が悪くなっているのかもしれない!?

■“互恵関係”を築けるのは人間だけ?

「金持ち喧嘩せず」という言葉もあるように、富をめぐる競争において長期的な観点から利益を考えた場合には富を独占しようとせずに、競争相手と分け合って安定した状態に持ち込むという選択もじゅうぶんにあり得るだろう。そしてこうした“互恵関係”を結ぶ能力は人間のみの特権であることが最新の研究で指摘されている。

 アメリカ・ジョージア州立大学の研究チームが2017年10月に行動科学系ジャーナル「Journal of Economic Behavior & Organization」で発表した研究では、シンプルな対戦ゲームにおいて人間とサルの意思決定の違いを探る実験が行なわれている。

 簡単な対戦ゲームはサルにも可能である。実験では2人(匹)が対面し「戦う」か「屈する」かを選ぶゲームを人間と2種類のサル(アカゲザル、オマキザル)にプレイしてもらいその意思決定の特徴を分析している。

 ゲームは富を相手と取り合う設定だ。もし「戦う」を選んで相手が「屈する」場合、その富は独占できる。しかしお互いに「戦う」を選んだ場合、富は保留されてどちらも何も得られない。そしてお互いに「屈する」を選んだ場合、わずかな富を双方が等しく受け取ることができる。そしてこのゲームはお互いに相手の選択がすぐにわかる設定と、すぐにはお互いの手がわからない設定の2パターンで行なわれた。

 相手の手がすぐにわかってもわからなくても、人間同士でこのゲームを何度か行なうと、ある意味では当然だがお互いに「屈する」選択をして相手と富をシェアする状態か、2人が特に敵対的関係でない場合(親子や上司部下の関係など)では手を繰りあいながら一方が富を独占する(「戦う」と「屈する」の組み合わせ)のどちらかになってそれが続くことになる。相争って1円にもならない文字通りの“不毛の争い”をしても仕方がないことに気づくからだ。これはゲーム理論における「ナッシュ均衡」と呼ばれている。

 研究チームはまさかサル(特にオマキザル)がこのナッシュ均衡に到達すると考えてはいなかったのだが、お互いの手が見えるパターンにおいて何度かゲームをプレイしたサルたちはその後、「戦う」と「屈する」の組み合わせで手が固定することがわかったのだ。

 残念ながら(!?)お互いの手が見えないパターンでは2匹のサルの選択が固定することはなく、また手が見えるパターンであってもお互いにわずかな富を分け合う選択(お互いが「屈する」選択)は偶然以外では起らなかった。裏を返せば相手と“互恵関係”を築ける能力は人間にしかないと言えることにもなる。

「この研究結果は人間は同じ社会集団中で協力する方法を模索していることを示唆しています。資源をめぐる競争の中で人類は競争を越えた解決策を見出して適応したことは、私たちの種の進化の過程で克服したユニークなチャレンジだったのかもしれません」と論文主筆のサラ・ブロスナン氏は語る。

 我々には資源をめぐる争いを解決する能力がすでにあるのだとすれば、人類の未来にとって大きな希望になるだろう。一方で“談合”や“インサイダー取引”など、“互恵関係”を結ぶ能力がネガティブに発揮されてしまうという困った側面もありそうだ。

■組織内の表彰は非金銭的なほうが良い

 集団の中で“互恵関係”を構築できる能力はある意味で人間の持つ特権であることが指摘されているのだが、企業などの組織において人物の功績を讃える場合の褒賞は、組織内のある種の“互恵関係”のためにも金銭的なものではないほうが良いという見解もあるようだ。

 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの最近の研究によれば、組織における人物の業績を称揚する場合、金銭的な褒賞を与えることは組織全体にネガティブな影響を及ぼすという。したがって金銭的ではない“名誉”に重きを置いた表彰をすべきであるということだ。そして金銭を伴わない“表彰”が良い5つの理由を解説している。

1.表彰は組織の結束を強化する
 金銭を伴わない表彰はきわめてパブリックな行為である。組織内の人物は表彰されることで同僚の間での地位が高まる。

 一方で金銭的褒賞は突き詰めればプライベートな利益になる。同一組織内で個々の従業員の賃金や賞与の違いが浮き彫りになるのはいろんな意味でトラブルの種であることから組織内で人物を讃える場合には金銭的なものにしないほうがよい。

2.扱いに困る
 これまでの仕事上の業績が金銭的対価として報われることはその瞬間においては確かに誇らしいことになるが、組織の一員としてその業績は短期的な金銭的報酬を目的にしたものではないだろう。組織に所属するビジネスパーソンはプロスポーツ選手でもなけばギャンブラーでもないからだ。そしてこうした想定外の報酬を何らかの用途に有効に使った場合、組織に対する“負い目”も生じかねない。つまり心理的に組織に縛られることになるのだ。

 一方で金銭を伴わない表彰では、当該の人物は決して組織に首輪をはめられることなく、その栄誉をストレートに誇ることができる。組織に“借り”ができていないからである。

3.期待がより高まる
 金銭を伴わない表彰は、賃金やボーナスのようにその時々で“決済”されてしまう報酬以上の期待を引き起こすものになる。昇進や昇給など将来的な展望における期待が高まるのだ。非金銭的な表彰は、贈り物として認識される可能性が高く金銭的報酬以上の重要な意味を持つものになる。

4.組織で働く意味を与える
 意味のある働きをすることは組織の一員にとってきわめて重要である。臨時の現金報酬は組織で働く意味をもたらすものにはならない。最大限に働いてもそれより半分の仕事ぶりでも同じボーナスが支給されるのであれば、仕事の現場は緊張を欠いたものになるだろう。一方で非金銭的な表彰は単なる報酬を越えて組織の一員であることの意味を付与するものになる。

5.表彰はきわめて人間的である
 組織で働く人の多くは自身の評価が単純な仕事量や売り上げ金額だけで判断されることを望んでいない。社会に貢献する企業活動の一員であることを望んでいるのだ。したがって無報酬の表彰は企業の文化を変え、メンバーはお互いの行いを見るようになる。そして自発的に社会に参加して貢献する新しい方法を模索するようになるのである。

 いずれにしても短期的な金銭的報酬を越えた評価や表彰が組織に求められているということだろうか。ビジネスパーソンにとって組織で働くことの意味と互恵関係はお金には換えがたいものだと言えそうだ。

参考:「INFORMS」、「Georgia State University」、「Linkedin」ほか

文=仲田しんじ

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