大昔の狩猟採取社会においては主に男性が狩りに出て、主に女性が子育てや家事を行なっていたと考えられ、性別による役割分担(ジェンダーロール)があった。その後の農耕社会から近代に到る過程で性の役割分担は徐々に少なくなってきたが、この現代においてもまだわずかに残っているといわれている。そしてこれが現代の女性の考え方や好みに今なお影響を及ぼしていることが指摘されているようだ。
■女性ビジネスパーソンは競争が少ない小さな職場を好む
内閣府による「男女共同参画社会」実現への取り組みが進められている中、これまで以上に女性の社会進出が期待されている。しかしその一方で、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という固定的な性別による役割分担意識がまだまだ根強く残っていることが各種の調査で明らかになっている。
そしてビジネスの現場においも古典的ジェンダー観の影響が残っており、その結果として女性はより競争が少なくて規模が小さい職場や業界を選んでいる傾向が2016年の研究で示唆されている。
米・ミシガン大学の心理学研究チームが2016年に発表した研究によれば、現在にあっても根強く残っているステレオタイプのジェンダー観が、職場における男女不平等の潜在的な要因になっていることを指摘している。これは女性が求職する際に、競争が少なく小規模の職場環境を選びがちであることにあらわれているということだ。
女性が勤務先として競争の激しい大きな組織を選ばないのは、まだまだ女性自身の側にも古典的でステレオタイプのジェンダー観があり、それに従って行動していることを意味していると研究は結んでいる。もちろんこの研究は、女性が自らを貶めていることを指摘する意図はなく、現代社会にあっても男女の不平等性が半ばシステマチックに発動されていることを問題視している。
女性のこの傾向は、競争の激しい大組織では反動となってあらわれ、多くの場合、ビジネスの第一線で社を代表して働く女性のビジネスパーソンは男性よりも積極果敢であると見られている反面、ビジネス上の暗黙の了解が分かっていないと評価されがちであるということだ。
この研究を紹介、解説したカナダ・サイモンフレーザー大学のウェブサイトの記事では、こうした職場にも残る男女不平等性は、女性にとって不利益なばかりでなくビジネス全体にとって大きな損失になっていることを指摘している。ステレオタイプのジェンダー観を取り除くことで、企業組織のダイバーシティが促進され収益が上がることを示した研究が決して少なくないことも主張されている。根強く残るステレオタイプのジェンダー観だが、たとえ長い時間がかかろうとも念入りに取り除く不断の努力が今後も求められている。
■インスタグラム投稿は歴史的に女性の仕事だった?
かようにも、こびりついて取れない汚れのように社会と文化に固着しているステレオタイプのジェンダー観なのだが、意識するとしないとに関わらず、現代の女性もまた歴史的に女性に任され、女性が得意としてきた“女の仕事”を自発的に手がけているという。
初期のインターネットユーザーは大多数が男性であったが、スマホ時代になってFacebookやTwitter、LINEや インスタグラムなどのSNSが普及したことで急激に女性ユーザーが増えたのはご存知の通りだ。特に写真投稿SNSのインスタグラムは、いち早く女性ユーザーが過半数以上を占めるメディアとなった。アメリカのインターネット視聴率の測定及びデジタル市場分析を行う会社「コムスコア」が2016年に行なった調査では、インスタグラムのアクティブなユーザーは女性58%、男性42%ということだ。
なぜこうも女性はインスタグラムをまるで日常のルーティーンワークのようにして利用しているのか? それは日常のスナップショットを撮影して身近な人々に見せるのは歴史的に“女の仕事”だったからであるという学説が登場している。
社会学者のカトリン・ティッデンバーグ氏は、歴史的に多くの文化圏で家族の写真を撮ってアルバムに収め、ことあるごとに親類縁者などへ見せるのは母親の仕事であったことを指摘している。ティッデンバーグ氏によれば19世紀の上流階級の女性は家族や友人の写真を撮るカメラマン役を率先して行い、絵画や挿絵や切抜き細工を施した凝ったアルバムに写真を収めていたということだ。
まさにインスタグラムなどのような写真が主体のSNSは女性にとって歴史的にお家芸の仕事であり、この“女の仕事”がインスタグラムでよみがえり、その活躍ぶりがネットの世界で存在感を増していることになる。
まるで水を得た魚のように、女性がハマり込むインスタグラムだが、一部では行き過ぎた現象も起きている。それが「インスタグラムハズバンド」だ。パートナーの男性が、インスタグラムにハマっている彼女や奥さんの“専属カメラマン”と化して、いつ何時でもリクエストに応じて撮影をしているカップルが2015年の終盤から見られるようになってきたということだ。
こうしたカップルを紹介したYouTube動画「Instagram Husband」では、カフェに入ったカップルの彼氏の方が、職人芸のカフェラテアートの写真を撮る前にカップに口を着けてしまったことで彼女から手ひどく叱責された出来事を紹介している。“ソーシャル”な筈のインスタグラムが原因でくれぐれも仲違いをしたくないものである。
■女性は中性的でニュートラルな顔が好き
歴史的な“女の仕事”が今の時代にもよみがえるということは、まだまだ女性の側にもジェンダー的な役割が少なからず受け継がれているということになる。そしてこの女性のジェンダーロールは、女性のビジュアル面での好みにも大きな影響を及ぼしているということだ。
女性が好む男性アイドルや少女マンガの登場人物は、例外はあるもののおおむね中性っぽい外見であるのが特徴だ。女性の中性顔好みは男性にとってかなり意外な感じがするのだが、これには女性が育児などの“女の仕事”を自覚しているからにほからならないということが最新の研究で指摘されている。
中国・西南大学の研究者らの合同研究チームが2017年10月に学術誌「Personality and Individual Differences」で発表した研究では、女子大生(出産経験無し)に成人と乳幼児の3種類の表情(ニュートラル、笑顔、怒り顔)を見せて、視線の動きをアイトラッキング技術で追って収集したデータを分析した。
出産経験が無い女性は総じて乳幼児の顔を好むものであるが、特に普通にしている時のニュートラルな表情を好んでいることが分析の結果わかった。これは女性が子育てという“女の仕事”を自覚していることをあらわしているという。おそらく、養育者の立場から見ると、赤ちゃんの笑顔や怒り顔よりも落ち着いたニュートラルな顔のほうが安心できるために好ましいものに感じられるのではないかと考えられる。つまり“手がかからない”状態で見ている側にとって都合が良いのだ。
そして一方、それが整った精悍な顔であったにせよ、男らしい顔に女性は不安や脅威を感じていることもわかった。これはもちろん、父親以外の男らしい男性の顔は子育て中の母にとって危険や脅威を感じるからだろう。これらのことから、大雑把ではあるが女性が中性っぽい外見の男性を好むことが説明できることになる。さらにこの現代にあっても、女性がステレオタイプではあるものの子育てという“女の仕事”を意識していることも明らかになったのだ。いずれにせよ文明が進んだ今日にあっても、性別による役割分担意識はかなり根深いものであることをあらためて認識させられる話題だ。
参考:「Simon Fraser University」、「The Atlantic」、「Science Direct」ほか
文=仲田しんじ
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